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宮澤崇史「小さな成功体験を増やし続ける」

Posted on: 2019.08.14
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やってみたいという気持ち

この気持ちが生まれた瞬間、未来への時間が始まる

その願望は、とにかく端からやり始めることでたまたま小さな成功を得る瞬間がある

僕は自転車に未来を見たわけだがその中で小さな成功はたくさん たくさんあったものの本当に小さな成功体験しかない

高校生の時は、ロードレースで全国大会でも30位程度が限界

そしてシクロクロスというクロスカントリーのレースでたまたま出場選手が少なかったから世界選手権に日本代表で選ばれた

ただ、最低限の力は持っていた

当時、世界選手権には完走できる程度の選手しか連れて行かない

そんな条件の中でなんとか完走できる程度の力があり出場の機会を得た

結果1位から2分半遅れの22位だったが過去最高位でゴールをした

この小さな成功体験が僕の将来への大いなる勘違いを産んだのだ

なんとかなるんじゃないか!!と

そして世界との差は2分半

これが宮澤崇史の世界との差

宮澤崇史の、自転車の世界での順位だった

この時初めて、世界で自分は何番なの?ということを意識し

それ以外の評価は無意味だということに気がついた

僕の戦うべき場所は世界なのだとはっきり自覚した瞬間だった

25才まで給料はアルバイト以下の収入しかなかった

ただ、ヨーロッパで走ることでお金には代えられない経験を手に入れることができる

何よりも自分の将来像に近づける

何にも代えられない何かが手に入ると確信していた

僕が若い人たちに話をするとき、具体的な話はしない。

必ず訊かれるのは、何をしたらいいですか?

という言葉だ

何をしたらいいかわかったら 世の中の殆どの人が成功している

世の中には多くの情報があるのでちょっとググったらいくらでもトレーニング理論は出てくる

ただ一つ言えることは

自分が強くなるためのパターンを自分自身で作れない選手は絶対に成功しないだろう

だからこそ、選手ひとりひとりが小さな成功を自分自身で作り出し

それが次の成功体験に繋がるためには何が必要なんだろうと考え

それまでの失敗体験を盛り込まないように成功の上塗りをする

そんな小さな小さな体験の積み重ねが未来へと繋がっていく

僕が体験した大きなターニングポイントは、強くなるか、それとも身体が壊れるかの限界に挑戦してみようと思いついた時だった

25才の時だった

年齢がとても重要でこれを10代の時にやっては本当に身体が壊れてしまう

25才だったからこそできたことでもある

今思い出してみると22〜24才の時に感じていたらまた違っただろうなと思う

逆に20才の時に挑戦していたら身体が悲鳴をあげて選手として壊れていただろう

どんなスポーツも先人がいて、そんな人にヒントを求める選手たちは絶えない

しかし、自分の形を作った選手たちだけが、そして、小さな成功体験を増やし続けた選手だけが未来へと繋げていける

これからの選手たちもそんな小さな成功体験を今後もどんどん増やしていって未来へとつなげていってほしい

それは、誰もが経験できるわけではない

その人ならではの成功体験だから

AUTHOR PROFILE

宮澤 崇史 みやざわ たかし/1978年生まれ。イタリア在住自転車プロロードレーサー。高校生でシクロクロス世界選手権に出場、卒業後イタリアのチームに所属。しかし2001年、母に肝臓の一部を生体移植で提供し手術のハンディもあり戦力外通告を受ける。再びアマチュア選手としてフランスで活動し実績を重ね 2007年アジアチャンピオン、2008年北京オリンピック出場、2010年全日本チャンピオンになる。2012・2013年はカテゴリの最も高いUCIプロチームに所属。2014年のジャパンカップで現役を引退。 筆者の公式ブログはこちら

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