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宮澤崇史「なぜ武器を揃えるか」

Posted on: 2020.06.20
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選手の中に、スプリントなら誰にも負けない自信のある人がいます。

本当に強いのです。
 
「最悪逃げに乗れなくても、集団でゴール前までいけたら絶対に勝てるのにな〜」
 
と冗談を言っているのですが、こういうのは大きな武器になります。

そして、やるべき事が明確に見えてきます。

しかし、中には何も武器を持っていない人もいます。

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<A選手の場合>
①タイムトライアルは日本で10番以内、世界選手権に行くと後ろの方

②ヨーロッパに行くとアタック合戦で足がなくなってしまう

③ヨーロッパのレースではゴールまで集団で残れない

④上りは得意ではない

⑤位置取りができない

⑥スプリントは勝ったことがある

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このような状態ででツール・ド・フランスを目指していているが、今ある現状を打破できない。

という話をよく耳にするし、相談されます。

そうして、ヨーロッパへ行くと、世の中はとてもわかりやすいので、当然苦戦します。
 
「これは誰にも負けない」
 
という武器を一つも持っていない選手はどう活躍して良いかわからないので、成功体験が少なくなります。

一つしかない選手は、できるだけ誰にも負けない武器をたくさん持つことが生き残る術だということを考えてみてください。

上記のA選手にとっての武器は、①と⑥でしょう。

例えば…
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①ガチガチのスプリンターには負けるけど、彼らが居なくなった集団では必ず表彰台に立てる

②3人〜5人で逃げ切れたら勝つことができる

③ゴール前勾配がキツかったら勝てる
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①は長すぎない上りなら集団についていける能力+スプリント力

②はサバイバル力+スプリント力

③はサバイバル力+登坂力
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タイムトライアル力、登坂力、スプリント力を全てを兼ね備えた選手は世界中見渡しても希少で、スーパースターと言われる選手はふと思いつく選手もいるでしょう。

ここで考えたいことは、「希少性」です。

①を例にあげてみると、

5kmくらいの上りなら世界でもトップ100位、スプリント力はトップ150位

と、中途半端でもその能力をかけ算をすることで希少性が生まれます。

A選手はこの中だと、②で結果を出せそうです。

懸念材料があるとしたら、アタックに乗れるか?と、アタックに乗った後に足を残してゴールまで行けるか?がキーポイントになってくることは想像できるでしょう。

日本では誰にも負けないという自負があったけど、世界に出たら結構後ろの方だな。

そんな中でも自分の武器を増やし磨き上げることは、その希少性を高めることになるのです。

何の武器にも同じことが言えるとすると、集団内での位置取りが共通点にあげられます。

上りの入り口、石畳の入り口、スプリント前の位置取り。
 
なので、プロを目指す上では

「これは誰にも負けない!!」

と思えるような武器を、ひとつひとつ揃えるよう、その力を磨く事が大切であると私は感じています。

それは中途半端な武器だとあまり役に立ちませんので、誰にも負けない武器であることがとても大切です。 

そして、武器を揃えるスタート時期はできる限り早いほうがいいですが、やろうと思った日がスタート地点です。

先ずは自分が周りの選手の中で〇〇がちょっと得意そうだな、〇〇は苦手だな、〇〇はこういうシチュエーションなら得意の部類に入ってくるな。といったように分けて見ましょう。
 
大切なのは、「誰にも負けない武器をできるだけ多く持つ」ように努力することです。

そして誰にも負けない武器を増やすためには、こんなシチュエーションなら負けない武器になりそうだ。

という発想をしてみましょう。

そして、その武器を常にブラッシュアップさせながら強化することも大切です。

そうすることで、生存競争が厳しい世の中で生き残ることができると思います。
  
武器を揃えよう!

武器を磨こう!

レースを想像しながらどう武器として使えるか考えよう!

それが、結果への近道になってくれる事を祈っています。

一人で考える事が苦手な選手は自分よりも強い人とトレーニングする事をお勧めします。

自分がやろうとしている事をすでにできている人のトレーニングには、多くのヒントがあります。

パワーメーターと睨めっこも必要ですが、経験はメーターからは読み取る事ができませんので。

少しでも前向きになれるよう、今日も頑張っていきましょう。

AUTHOR PROFILE

宮澤 崇史 みやざわ たかし/1978年生まれ。イタリア在住自転車プロロードレーサー。高校生でシクロクロス世界選手権に出場、卒業後イタリアのチームに所属。しかし2001年、母に肝臓の一部を生体移植で提供し手術のハンディもあり戦力外通告を受ける。再びアマチュア選手としてフランスで活動し実績を重ね 2007年アジアチャンピオン、2008年北京オリンピック出場、2010年全日本チャンピオンになる。2012・2013年はカテゴリの最も高いUCIプロチームに所属。2014年のジャパンカップで現役を引退。 筆者の公式ブログはこちら

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