佐藤一朗「トレーニングの目的別分類」

Posted on: 2022.09.30

トレーナーズハウスが普段行っているトレーニングの目的は大きく分けると2つになります。

1つは選手の筋力やエネルギー代謝と言ったフィジカルの向上を目的としたトレーニング。そしてもう1つは自転車を操作する技術や戦術的な技術の向上目的としたトレーニングです。

今回お話しするのは1つ目のフィジカルの向上を目指す上でより効果的な刺激を入れるため運動生理学的見地からトレーニングメニューを分類して行こうというものです。

👉トレーナーズハウス的3つの分類
トレーナーズハウスがトラックトレーニング指導の依頼を受けフィジカルの向上を目的としてトレーニングプログラムを作成する際には、筋肉に与える刺激の強さ、トレーニングの持続時間、エネルギ代謝の負荷などを基に大きく分けて以下の3つの要素に分けて分類しています。

①トルクアップ系メニュー
筋肉に与える刺激が最も強く筋肥大や神経系(出力)の発達を目的として行う。

低速域からのダッシュや高負荷をかけたスプリント(もがき)など、通常使用するギア(トレーニングギア/レースギア)よりも高めのギア(オーバーギア)を使用して行い自転車に乗った筋力トレーニングといった意味合いの強いトレーニングメニュー。

運動時間は短く5秒〜40秒程度、ATP-CP系から解糖系までの無酸素エネルギー代謝の範囲内で行う事が多い。

②パワー系メニュー
無酸素系の高出力、それによって産生されるピルビン酸・乳酸を有酸素系で代謝を行いながら最大出力(パワー)およびトップスピードを向上させる事を目的として行う。

トレーニングギア〜レースギアを使用し無酸素エネルギーの高出力と共にVO2Max領域のエネルギー代謝を要求される高負荷トレーニングメニュー。運動時間は30秒から5分程度で種目の目的別に距離、負荷、タイム等の条件を設定して行う。

③エンデュランス系メニュー
有酸素系のエネルギー代謝能力向上(酸素の供給増加)を目的に行う。

インターバルトレーニングやレース形態でのトレーニングによって心肺機能に高負荷を与えつつ基礎体力の向上やペダリングスキル、戦術スキル向上などプラスαの目的を付加して行う事が多いトレーニングメニュー。

ギアレシオは普段より低めのギア(アンダーギア)からトレーニングギアを使用し、5分から20分程度でその時々の課題をもって行う。

これらのトレーニングメニューは明確に分類できないものもあり、実際にはトルクアップ〜パワー、パワー〜エンデュランスと言った様に分類を跨いで目的を設定する場合もあります。

また自転車の操作スキルやレースを意識した戦術スキル等の目的を追加する場合多くその選択肢は無限にあるため、トレーニングの目的をしっかり定めてメニューを選択しトレーニングプログラムを作成する事が重要です。

👉トレーニングメニュー作成の為の基礎知識
トレーナーズハウスがトレーニングメニューを作成する根拠となっている考え方とその詳細になります。少し難しい話になりますので興味のある方だけご覧になって頂ければと思います。

出力とエネルギー代謝から見るトレーニングの選択 〜Watt Bike Test〜

以前「運動生理学をベースに考える」のところでWatt Bike Testに付いて少しお話ししました。そこでは6秒Max、30秒Ave、4分Ave、20分Aveと4種類のテストについてご紹介したと思います。

これらのテストは運動生理学的を基に選手の筋力とエネルギー代謝能力を測定するものです。テストから導き出された選手の競技力評価から強化ポイントを抽出しトレーニングプログラムを作成する1つの指標とする事が出来ます。

・6秒Max:
  速筋線維を中心とした最大出力を測定。最も大きなカロリーを産生できるATP-CP系の動作時間で測定。

・30秒Ave:
  速筋線維を中心として無酸素エネルギー(ATP-CP系+解糖系)の動作時間で出し続けられる最大出力の平均を測定。

・4分Ave:
  速筋線維及び遅筋線維を使って出力した際に、解糖系のエネルギー代謝によって産生されたピルピン酸・乳酸を有酸素系で代謝し続けながら出力できる出力の平均値を測定。運動中の酸素摂取量(VO2Max)との相関が強い。

・20分Ave:
速筋繊維・遅筋線維をバランス良く動作させ安定して出力できる出力の平均を測定。ここで測定された出力の約95%がFTP(機能的作業閾値パワー)の簡易評価として代用される。

このテストを基に強化ポイントを抽出してトレーニングプログラムを考えると以下のようになります。

①6秒Max and 30秒Aveの向上:トルクアップ系メニュー
②30秒Ave and 4分Aveの向上:パワー系メニュー
③4分Ave and 20分Aveの向上:エンデュランス系メニュー

有酸素系代謝能力の評価の捉え方 〜乳酸カーブテスト〜

乳酸カーブテストという名称は運動の勉強をしたことがある方、大学レベルで本格的に競技をしたことがある方であれば1度や2度は耳にしたことがあると思いますが、運動負荷を漸増させながら血液中に含まれる乳酸濃度の変化を測定するテストです。

自転車競技では自転車型室内トレーナーに乗りながら負荷(ワット)を増加させる方法で血液中の乳酸濃度の上昇を測定します。(詳しい測定方法等はここでは省略します。)

安静時における血液中の乳酸濃度は0〜1mmol/Lと言われています。その状態から運動を開始し徐々に出力を上げていくと、速筋線維で産生されるピルビン酸や乳酸が増加する事になります。

産生されたピルビン酸・乳酸が遅筋線維で代謝されている間は血液中の乳酸濃度の上昇もそれほど見られません。

しかし運動負荷が上がり血液中の乳酸濃度が2mmol/Lを超えた辺り(LT値/Lactate Threshold:乳酸閾値)から徐々に代謝とのバランスが崩れ始め、4mmol/Lを超えた所(OBLA/Onset of Blood Lactate:血中乳酸値上昇開始点)から完全に遅筋繊維による代謝(有酸素系)が追いつかなくなり急速に血液中の乳酸濃度は上昇して行きます。

血液中の乳酸濃度が上昇すると言うことは筋中も同様に酸性に傾いており、その酸性度(pH)が一定の所まで行くと解糖系の酵素の活性が低下するため速筋線維の出力は急激に低下します。(結果として高い出力が維持出来ない、あるいは運動を停止する)

上記のグラフは自転車競技を始めて3年未満の選手の測定結果です。

LT値は241w、OBLAは277wですから、270w程度の出力であれば長時間走り続ける事が出来ます。この数値がトレーニング指標として良く使われるFTP(Function Threshold Power/機能的作業閾値パワー)とほぼ同数値と考えて良いと思います。

この出力を超えたとしても運動する事は出来ますが、超えれば超えるほど無酸素系の限界到達が早くなり持続時間が短くなると言うことです。

このテストで導き出された評価は一般的に有酸素系の代謝能力の評価として使用されます。

無酸素系で産生されたピルビン酸・乳酸の代謝能力が高くなればOBLA及びFTPのワット数は自ずと上昇して行きます。

しかし有酸素系のトレーニングばかりを優先して行っていると一定の数値を超えたところで頭打ちになってしまうことがあります。

高い出力を生む速筋線維のエネルギーの多くは解糖系によって産出されています。

この解糖系のエネルギー代謝は酵素によって行われていますが、この酵素は酸性に弱く筋中のpHが酸性に傾くとその活性が低下してしまうため速筋線維の出力を低下させてしまう事はこれまでもお話ししてきました。

そしてこの酵素のもう1つの特性として有酸素系のトレーニングの影響を受ける事も分かっています。

速筋線維を中心とした高出力のトレーニング、つまり解糖系の酵素分解を必要とするトレーニングを減らし、遅筋線維を中心とする有酸素系の低負荷トレーニングに偏るトレーニングプログラムを続けていると、解糖系の酵素は活性を低下させてしまいます。

つまりOBLAやFTPの数値(ワット数)が伸びないだけでなく、筋出力そのものが低下してしまうため数値(ワット数)が低下する、スプリント力が低下するといった事に繋がる場合もあります。

速筋線維の高い出力があり、それによって産出されるピルビン酸や乳酸を代謝する能力が高くて初めてOBLAやFTPと言った数値に意味が出てきます。

競技で戦えるパワーを手にするためには定期的にテストを行い現状を把握した上で無酸素系・有酸素系両方のトレーニングを必要に応じてバランス良く組み立てることが重要です。

トレーニングプログラム構築のヒント
ここでご紹介した2つの指標、ワットバイクテストで得られる数値、乳酸カーブテストで得られる数値、どちらも出力の大きさと持続時間が関係しています。

この2つの指標を基にトレーニングメニューを作成する際に考えるポイントは3つ。

①高い出力を目的とするトレーニングは短い時間で行い、長い時間持続するトレーニングは低負荷で行う。

②速筋線維を強化すれば出力は高くなり、遅筋線維を中心に強化すれば代謝能力が向上する。

③強化の目的ごとにエネルギー代謝を切り替えるポイント(時間)は3つ。

最大出力を支えるATP-CP系は7~8秒。高い出力を維持出来る無酸素系(ATP-CP系+解糖系)は40~43秒。

それを超える時間は無酸素系と有酸素系のバランスで出力の持続時間が変わる。

身体の仕組み、運動生理学を理解して、選手の、あるいは自分自身のフィジカルを把握し目標とする競技力に近づくために必要なトレーニングメニュー(刺激の種類)を上手に選択してください。

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<トレーナーズハウス的用語の定義>
トレーニングについて説明をする時に混同してしまって意味が分からなくなることの1つに指導の現場で使用している用語が人によって解釈が違う事が挙げられます。そこで今回のテーマに沿ってトレーナーズハウスで使用する用語の定義を声明します。

・トレーニングメニュー:周回練習やフライング200mなど直接トレーニングに繋がる内容を指して使うトレーニングの最小単位。

・トレーニングプログラム:半日あるいは1日に行うトレーニングメニューの組み合わせ。またはそれを組み立てる時に使う表現。

・トレーニングスケジュール:合宿の日程もしくは1週間あるいは1ヶ月単位など長いスパンでのトレーニング予定を差して使う表現。

AUTHOR PROFILE

佐藤一朗 さとう・いちろう/自転車競技のトレーニング指導・コンディショニングを行うTrainer’s House代表。運動生理学・バイオメカニクスをベースにしたトレーニング理論の構築を行うと同時にトレーニングの標準化を目指す。これまでの研究の成果を基に日本代表ジュニアトラックチームを始め数々の高校・大学チームでの指導経験を持ち、現在はトレーニング理論の普及にも力を注いでいる。中央大学卒/日本競輪学校63期/元日本代表ジュニアトラックヘッドコーチ                                       ▶筆者の運営するトレーニング情報発信ブログ    ▶筆者の運営するオンラインセミナーの情報

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