佐藤一朗「目的別トレーニング ① トルクアップ」

Posted on: 2022.10.04

自転車を速く走らせる方法を最もシンプルに考えれば、ペダルを踏み込む力を強くすることと、ペダルを速く廻すことの2点に集約する事が出来ると思います。重たいギアを踏んで速く廻せれば自ずと自転車を速く走らせることが出来るでしょう。

今回お話しするトルクアップの為のトレーニングメニューとは、シンプルにペダルを踏み込みクランクを回転させる力(トルク)を向上させる事を目的としたトレーニングです。

しかし実際にはペダルを踏もうとする力がそのままトルクに変わるわけでは無く、折角脚力を高めても上手く伝わらずロスしてしまうことも少なくありません。

その為トルクアップを効果的に行う為には単に脚力を向上させる事のみに集中するのでは無く、脚力を逃がさない、あるいはロスしない為のポジションの構築を同時に行って行く事が必要になります。

👉トルクアップに欠かせないスタビリティーの向上とポジショニング
ここで少しおさらいをしましょう。(※Trainer’s Houseのトレーニング理論①参照)ペダルを踏み込む力の事をトレーナーズハウスではペダルに重さを加えると言うことで”ペダル加重”もしくは単に”加重”という表現を使っています。

ここで重さという表現をしているのは自転車には脚力だけでは無く体重を使ってペダルを踏み込む方法があるため、”力”では無く”重さ”という表現を使用します。簡単に言うと”ペダル加重=脚力+体重”と言うことになります。

このペダル加重が全て自転車を走らせるために必要な出力(トルク)に変換されるのであれば問題は無いのですが、実際には踏み込んだ力は全てがトルクになるわけでは無く、踏み込んだ際の反作用によって起こる代償動作で一定の出力が失われてしまいます。

そのため実際には”ペダル加重=脚力+体重-反作用”となります。

特に最大のペダル加重を必要とする低速域ダンシングポジションではその失う量も最大となり、自転車を走らせる出力(トルク)を向上させる為には脚力を強化するだけで無く、脚力を発揮する時に生じる反作用を抑制する力(スタビリティー)を向上させ代償動作を少なくする必要があります。

一方でシッティングポジションでトルクアップを行う場合、高出力と高回転同時に行わなくてはならないためサドル上でペダリングの起点となる骨盤の安定性(スタビリティー)が非常に重要になります。

以前Trainer’s Houseのトレーニング理論②でもお話ししましたが、シッティングポジションでは骨盤の前傾角によって膝関節と股関節の出力割合が変わり、それによって加速時、巡航時の様に出力の大きさや持続時間を変化させます。

トルクアップのトレーニングを行う際には強化する目的とそのポイントを明確にし、それに合わせた骨盤の前傾角をコントロールする為にグリップから骨盤までのスタビリティーを構築しキネティックチェーン(運動連鎖)をしっかりと繋げなくてはなりません。

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<トレーナーズハウス的用語の定義>
トレーニングを行う際、筋力の向上やエネルギー代謝と言った運動生理学に基づいた目的別分類をする事を以前お話しし多と思います。

トレーナーズハウスではそれとは別に解剖学的見地から強化すべき筋肉を目的別(役割別)に2つに分類して表現しています。

1つは自転車を走らせるために直接的に働く筋群を称して「主動作筋」そしてもう1つは正確なペダリングを支えるための筋群あるいはその力を称して「スタビリティー」と表現しています。今後そういった表現をする事が増えると思いますがご承知おきください。

※身体の基本を知る①〜運動生理学〜参照

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👉効果的なトルクアップを目指すための注意点
トルクアップメニューを実施する上でスタビリティーの重要性を理解出来たらいよいよ本題のトレーニングについて考えて行きましょう。

・注意点①
トルクアップメニューは別名”自転車の上で行う筋トレ”と言うくらい、筋肉に対して強度の高い負荷を設定します。

その時の目的にもよりますが、その選手にとっての最大負荷をかける事も少なくありません。その為中にはギアを掛ければ良いとばかりに無理なギアを選択する選手も見られますが、あくまでも代償動作が入り出力をロスするようでは本来の目的から逸脱してしまうので注意してください。

・注意点②
トルクアップメニューの多くは6秒から40秒程度で走りきれる事が多いのですが、これは無酸素系の動作時間を想定して設定されています。

最大出力/神経出力の向上を意識するのであればATP-CP系で走りきれる7~8秒以内、解糖系まで含めて無酸素系の最大出力の向上を意識するのであれば40秒程度と言う様に目的とする出力の大きさに合わせて走行時間から距離を算出していきます。

ここで注意するのは距離を先に設定するのでは無く、走行時間を先に設定する事です。例えば無酸素系の限界に近い時間(40秒程度)をスタンディングスタートから走るとすれば、ジュニアの男子であれば600m、女子であれば500mが設定距離となります。

あくまで目的は無酸素の最大出力で筋肉に対して最大負荷をかけることなので、それを超える動作時間となる設定にならないように注意してください。

・注意点③
トルクアップメニューの目的は最大出力によって筋肉に対する負荷を最大にする事です。その為最大出力出来ない状態で繰り返し行った場合トレーニング効果を大きく損ねてしまうことになります。

もちろん違った効果に繋がる事はありますが目的からそれてしまっては意味がありません。

その為しっかりと回復時間を取って行って下さい。ATP-CP系での最大出力を目的とするのであれば1本走った後のインターバルは3分程度が必要です。

また解糖系まで含めた無酸素系の最大出力であれば回復の早い中長距離系の選手で15分〜20分、短距離系の選手であれば30分程度はインターバルを取りましょう。目安としては呼吸が落ち着き心拍が安定する程度のインターバルと考えて下さい。

<トレーナーズハウス的用語の定義>
これはトレーナーズハウス独自では無く一般的に使われている言葉ですが、トレーニングの方法として同じメニューを何本あるいは何セット繰り返すメニューがあります。

休憩を挟んで繰り返すことから”インターバル”と呼ばれ、このトレーニング方法や休憩時間のことをさして表現していると思います。

このインターバルトレーニングと呼ばれるトレーニング方法ですが正式には2種類に分類されます。

最大出力をターゲットにする為完全に回復する休憩時間を取る形のものをレペテーショントレーニングと呼び、エネルギー代謝や心肺機能に対しての負荷を高めるため完全に回復する前にスタートし短めの休息時間で繰り返し行う形のものをインターバルトレーニングと呼びます。

この2つを総称して呼ぶ場合のインターバルトレーニングと、後者のインターバルトレーニングは同じ名称で呼ばれますので混同しないようにご注意下さい。

👉トルクアップメニュー (参考)
Program2:ウォークアップ・ダッシュインターバル 30-50-80m

<目的>
低速域からペダルに対して最大トルクをかけダッシュ力を強化するトレーニング。

低速域でのダッシュ力を強化する為に最も大切な事は、速筋繊維を最大出力で動かせる条件を整える事と、その力を正確にペダルに伝えて逃がさないこと。

その為、疲労を残さず最大出力が可能なATP-CP系の動作時間7~8秒以内で走れる距離を設定し、適正なペダル加重が行える最大負荷(ギアレシオ)をかけてダッシュ練習を行う。

<方法>
ギアレシオによる負荷の設定:競技力や筋力、筋バランス等を勘案し上級者は代償動作の出ない範囲で最大のギア、それ以外は通常のトレーニングギア(リア)の1枚〜2枚アップで状況を見ながら設定。

走行距離の設定:マーカーを設置し1本目30m、2本目50m、3本目80mの距離で行う。

インターバルの設定:ATP-CP系の回復時間とされる3分を目安に、400mバンク2周のインターバルで行う。

トレーニング方法:歩く程度のスピード(ウォークアップ)でスプリンターレーンを走行し、マーカーを目標にダッシュを行う。2周のインターバルを入れ3本繰り返した後、5分程度の休憩を取り2セット行う。

👉Program3:シッティングハロン

<目的>
キネティックチェーンの構築および股関節出力の強化を目的とした超高負荷トレーニング。

日本人選手の最大のウィークポイントであるシッティングトルク(股関節出力)を向上させる自転車乗車状態で行うストレングストレーニング。

股関節出力を発揮しやすくするためグリップから体幹部を連動させ骨盤を前傾位にしないように意識をしながら大殿筋・ハムストリングスを中心に出力を促す。

<方法>
ギアレシオによる負荷の設定:背部及び体幹部によるハンドルの引きつけ及びスタビリティーに応じて最大の負荷をかける。

走行距離の設定:4コーナーからステアーラインのカントを利用しての1/2周。

インターバルの設定:高負荷でのストレングストレーニングとなるため完全回復の行えるインターバルをとる。

トレーニング方法:ホームからステアーラインに上がりゆっくりとしたペースで周回したのち、4コーナーからシッティング状態で全力で加速しスプリンターレーンを1/2周スプリントする。その際キネティックチェーンを意識し骨盤前傾位にならないよう特に注意する。

👉トルクアップメニューのポイント
・筋力や筋出力の向上を主目的とする為高出力が可能な運動時間で行う。

・最大出力を可能とするレスト(インターバル)を取る。

・目的に合わせたポジショニングを意識し、反作用による代償動作で出力ロスを起こさないように注意する。また、反作用による代償動作が見られる場合、極端な代償動作にならないよう負荷を調整する。

AUTHOR PROFILE

佐藤一朗 さとう・いちろう/自転車競技のトレーニング指導・コンディショニングを行うTrainer’s House代表。運動生理学・バイオメカニクスをベースにしたトレーニング理論の構築を行うと同時にトレーニングの標準化を目指す。これまでの研究の成果を基に日本代表ジュニアトラックチームを始め数々の高校・大学チームでの指導経験を持ち、現在はトレーニング理論の普及にも力を注いでいる。中央大学卒/日本競輪学校63期/元日本代表ジュニアトラックヘッドコーチ                                       ▶筆者の運営するトレーニング情報発信ブログ    ▶筆者の運営するオンラインセミナーの情報

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