佐藤一朗「Trainer’s Houseのトレーニング理論 ①」

Posted on: 2022.07.21

選手の競技力を評価する上で3つの要素に分類している事、そしてそれを基に選手の強化プログラムを構築している事をこれまで説明してきました。今回はそれを実際の現場でどのように行っているのか順を追ってお話ししたいと思います。

Trainer’s Houseではこれまで様々なカテゴリー(年齢別)、様々な競技レベルの選手やチームに対してトレーニング指導を行ってきました。最も若い選手は都道府県の国体に向けた強化合宿に参加していた高校1年生でしょうか。

逆に最高齢はマスターズカテゴリーで活躍するトラックの選手達です。こうして書いてみるとものすごく年齢層の幅がありますね。一方で競技力のレベルで言うと、自転車競技を始めて1年未満の初心者のから世界を目指す選手達までですのでこちらも大きく幅があります。

どのカテゴリー、競技レベルであったとしてもTrainer’s Houseでは指導依頼を受けるとき必ず最初に2つの質問をしています。

1つは対象の選手の競技力を知るための情報。つまりこれまでのリザルトやトラックで計測した記録についてです。

もう1つは何のために指導を受けたいか。つまり対象選手の目標もしくはランドマークを共有するための情報についてです。この2つの情報を基にトレーニングメニューを構築していきます。

👉Step1 運動生理学的な見地から競技力を推測する
選手の競技力向上を目的としたトレーニングメニューを作成する際の基本は以前もお話ししましたが現状把握を行いランドマークとのギャップを埋めて行く事です。その為に選手の現在の競技力を知ることは大きなヒントになります。

トラックで実際に計測したタイム、とくにフライングでの200mやスタンディングスタートでの500mあるいは1kmのタイムがわかると選手が持っているパワーやトップスピードを推測することが出来ます。

また2km〜4kmの個人パーシュートのタイムがわかればエンデュランス(持久力)の能力を推測する事が出来ます。もちろんこれだけで正確な分析が出来るわけでは無くある程度の競技力評価が出来ると言うことですね。

そして事前にそれらの情報を得ることが出来た場合、実際のトレーニング指導では現在のタイムデータから推測する競技力がどのような形で作られているのかをトレーニングを行いながら確認して行きます。

👉Step2 バイオメカニクス的な見地から競技力を推測する
皆さんは自転車を走らせるときの身体の使い方について考えられたことはあるでしょうか? 一般的には「腰を上げて立ち漕ぎをする」乗り方と、「サドルに座ってペダルを踏む」と言う様に2つの身体の使い方がある事はご存じだと思います。

これを専門的に分類すると腰を上げて立ち漕ぎをする乗り方(以降ダンシングポジションと表記)を2つに、サドルに座ってペダルを踏む乗り方(以降シッティングポジションと表記)を2つに、あわせて4つの乗り方(身体の使い方)に分けることが出来ます。

これは乗り方の分類と言うよりも筋肉や関節の使い方による分類なのですが、それが理解出来るとその選手が現在持っている筋力や持久力を使い切れているかいないか、自転車に力を伝えられているかいないかを見分けることが出来、今後の強化ポイントを導き出す事に大きく近づいて行きます。

筋肉や身体の使い方による分類と言われても多くの人にとってはかなりハードルが高いですね。理解して頂くために今回と次回の2回に分けて身体の使い方と注意ポイントについてお話しします。

👉Step2-1 ダンシングポジションの2つの分類
自転車で走るときダンシングポジションを取るのは殆どの場合大きな出力を必要とする時です。(ロードレースで体力を温存するように体重を利用してダンシングポジションで走る技術もありますがここではそれを除いた場合の話をします。)

特にトラックではダッシュをしたり最大限の加速を行う時にこのポジションを使用します。

このポジションを使って加速をする際、脚力をロス無くペダルに伝え推進力に変えていくポイントは2つあります。1つは最大出力の脚力を逃がさないこと。もう1つは踏み切った脚から上手に抜重する事。この2点が重要な鍵になってきます。

○低速域でのダンシングポジションの注意ポイント
低速域からの加速では比較的出力の高い太ももの表の筋肉(大腿四頭筋)の力を最大限に利用し、さらに自分の体重を上手くペダルに乗せる事でトルク(クランクを廻す力)を高める為にこのポジションを利用します。

私はペダルに力を加える事を”加重”と表現していますが、ダンシングポジションでは、加重≒脚力+体重と考える事ができ大きな力となります。

ここで問題なのは=(イコール)では無く≒(ニアイコール)と言うところです。多くのサイクリストの方々はペダルを踏めばそれがそのまま推進力になってくれると信じています。(願望を含む) しかし多くの場合はそうはなりません。

何故なのでしょうか!?

ペダルを踏み込む動作と同じような身体の使い方をする方法として、階段を登る動きに例えることがあります。

ダンシングポジションでペダルを踏み込むときと同じように、足をやや前に出し大腿四頭筋を中心に足に力を入れ、踏み込む事で階段を登ります。

この時身体は浮き上がり高い位置に移行し、それを繰り返すことで1階から2階へと上の階に進んで行く。それが階段です。

ではダンシングポジションでのペダリングに戻って考えて見ましょう。

ペダルに対して体重を乗せ大腿四頭筋を使って踏み込んだとき、ペダルは下方に下がり推進力に変わります。その時ペダルに加重した力(脚力+体重) は全て推進力になっているでしょうか?

もうおわかりですね。皆さんが高校生の物理の授業で学んだ”反作用”の問題です。ペダルや階段に対して力を加えることを作用とすると、それと同じ力で返されるのが反作用です。

階段ではその力を利用して身体を浮き上がらせ登っていきますが、同じ力でペダリングの際に身体が浮き上がり推進力とならない力のロスが生じます。

皆さんが乗っているロードバイクやトラックバイクのハンドルが、シティーサイクル(買い物用自転車)より低い位置にあるのは、その浮き上がろうとする力(反作用)でペダルにかけた加重がロスしないように抑え込みやすくする為です。

つまりハンドルを握って引きつけようとする力で、浮きあがろうとする反作用を抑え込みペダル加重のロスを少なくする。そうすることで脚力を最大限に活かした推進力を得ようとしています。

低速域のダンシングポジションでは、反作用による加重のロスを最小限に留める事がポイントになっていきます。

○中速域でのダンシングポジションの注意ポイント
前回の「戦術や技術を向上させるための強化とは」でもお話ししましたが、空回りのしない固定ギアを使用しているトラックバイクでは、下死点を過ぎたペダルに加重が残っている事は加速を鈍らせる、あるいは減速させる要因となります。

その為ペダルが下死点に到達するまでにペダル加重(脚力+体重)を抜き始める必要があります。(抜重する)

ここで問題になってくるのは、ダンシングポジションではサドルから腰を浮かせているため体重を支えるのはハンドルを握るグリップと両足を乗せているペダルしか無いことです。つまり抜重をする際に体重を預ける場所が無いと言うことです。

話を進める前に、ダンシングポジション時の身体の動きについて少し説明します。

低速域では最大のトルクをペダルに伝える為、上半身は反作用を受け止めるために最大の出力をしています。その状態から徐々にケイデンスが上がり一歩当たりのトルクが減少してくると、上半身の出力も下がっていくことになります。

反作用が強い間の上半身は両手でハンドルを強く引きつけ、背部、体幹部とウェイトトレーニングのデッドリフトを行う様に下半身に強いプレスをかけていきます。

この時身体は左右のブレが少なく、上半身全体の筋肉を左右バランス良く使っている感じになります。

一方中速域に入ると一歩当たりのトルクが小さくなってくると反作用も小さくなり、上半身で抑え込む力も余り必要としなくなるため、踏み込むペダルの上に重心を移動し体重だけで反作用を抑えられるようになってきます。

この時身体は踏み込むペダルの方にやや重心を移動し、重心が乗っていない側(ペダルを引き上げている側)の上半身は脱力に近い形となり、ペダリングに併せて右で踏み込む時は右上半身でハンドルを引きつけ、左で踏み込む時は左上半身でハンドルを引きつけるような動きを交互に繰り返していきます。(スプリンタータイプの人の中には殆ど左右にブレない人もいます。逆にロードタイプの人はこの時の左右のブレが大きくなる人もいます。)

話を戻しましょう。

上記の説明のように中速域のダンシングポジションでは、ケイデンスの上昇と共に一踏当たりのトルクは減少し、反作用を抑えるための身体の使い方も変化します。

それは上半身の筋力よりも左右の重心移動によって体重を上手く使い反作用を抑えるようになります。問題はその左右の重心移動のコントロールです。

固定ギアを使用しているトラックバイクでは下死点を超えてペダルに対して加重が残っていると減速の要因となってしまいます。そのため踏み込み側のペダルから下死点手前でスムーズな抜重を行い、反対側に重心移動を開始しなくてはなりません。

一方フリーギアを使っているロードバイクではこのような抜重の遅れからくる減速の問題は生じないため、ロードを中心に競技に取り組んでいる方は左右の重心移動あるいはハンドルを引きつけて自転車を振る動きに対して意識されていない方も多いでしょう。

ただ今よりも速く、そして力のロスを少なく効率よく走ろうと考えるのであれば重心の移動や上半身の使い方について意識をしてみてください。

中速域のダンシングポジションでは、ペダリングに伴う左右の重心移動幅を最小限に留め、加速の妨げにならないよう下死点手前で抜重を行う事がポイントになってきます。

AUTHOR PROFILE

佐藤一朗 さとう・いちろう/自転車競技のトレーニング指導・コンディショニングを行うTrainer’s House代表。運動生理学・バイオメカニクスをベースにしたトレーニング理論の構築を行うと同時にトレーニングの標準化を目指す。これまでの研究の成果を基に日本代表ジュニアトラックチームを始め数々の高校・大学チームでの指導経験を持ち、現在はトレーニング理論の普及にも力を注いでいる。中央大学卒/日本競輪学校63期/元日本代表ジュニアトラックヘッドコーチ                                       ▶筆者の運営するトレーニング情報発信ブログ    ▶筆者の運営するオンラインセミナーの情報

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