佐藤一朗「Trainer’s Houseのトレーニング理論 ⑤」

Posted on: 2022.08.24

前回に引き続きポジション別の評価方法についてお話しします。

Ⅲ.シッティングポジションの評価
シッティングポジションでのポイントはスムーズなペダリングを行う為、グリップから背部、体幹部へとキネティックチェーン(運動連鎖)を繋ぎ骨盤のスタビリテイーを高める事です。

その上で加速時、巡航時の必要な出力に合わせて骨盤の前傾角を調整し、膝関節および股関節の出力割合を変化させて行きます。

ここで行うトレーニングメニューはフライングダッシュからの600m,800mです。
※ここでは400mバンクの場合を説明します。バンクの周長により距離の変更可。

⦿フライング600m(単走)/フライング800m(ペア)
・ギア設定 : 通常のトレーニングギア
・距離 : 600m(単走),800m(200mリードアウトの後600m単走)
・インターバル : 15分〜20分 (ペアの場合)
・準備 : 特別な準備は無し

・トレーニング方法 :
単走の場合 通常のフライングダッシュの要領で2コーナーから駆け降ろし600mのスプリントを行う。ペアの場合 通常のフライングダッシュの要領で4コーナーからペアで駆け降ろし、バックストレッチのパーシュートライン(赤線)を目安に先頭走者がリードアウトする。その後追走者は単独で600m走行する。

・撮影方法 :
2センター付近のインフィールド中央に立ち、走行中の選手(評価対象者)が3コーナーから4コーナーを走行中に連続して撮影する。(通過する毎に2回撮影を行う)

撮影後は踏み込み側のクランクが水平となる画像を選択し、前後の車輪の中心(ハブシャフト)を目安に水平を取り、踏み込み側のペダルシャフトを通る垂線を引き選手の重心位置判断の目安とする。

○加速時シッティングポジションの評価 (1回目通過時)

評価ポイント① : 骨盤の前傾角(前傾度合いの確認)
加速時のシッティングポジションでは肩関節・肘関節を屈曲させ前傾姿勢を深くします。その前傾姿勢によって体幹部・骨盤も前傾します。

評価ポイント② : 膝関節の位置 (前方移動度合いの確認)
骨盤の前傾によって股関節は前方移動し自ずと膝関節も前方に移動します。ペダルシャフトを通る垂線と比較して膝関節が前方移動しているのが確認出来ます。

評価ポイント③ : 体幹部の位置 (体幹部位置の確認)
深い前傾姿勢の為体幹部が前方に移動しているため重心もペダル加重をかけやすい位置(膝関節の出力を上げやすい位置)に移動しています。ペダルシャフトを通る垂線と比較して体幹部の位置を確認します。

<比較参考>
 サイクリング ➡ ラインが肩関節付近
 ロード    ➡ ラインが腋窩(ワキの下)〜体幹部上部
 トラック   ➡ 体幹部上部〜体幹部中央

 ※Sample画像の選手はトラック短距離の選手でラインが体幹部上部と中央の中間に位置しており種目の適性範囲のポジションになっています。

評価ポイント④ : 肩関節の力み
スプリント中に肩関節に過度の力みが入ってしまった場合、肩関節や肩甲骨が浮き上がっているように見えます。

その場合グリップから体幹部にかけての連動が途切れてしまい、体幹部から骨盤にかけてのスタビリティーは低下します。肩甲骨が浮き上がっている様に見える場合にはハンドルの引きつけ、体幹部の使い方、筋バランス等に改善が必要になります。

○巡航時シッティングポジションの評価 (2回目通過時)

評価ポイント① : 骨盤の前傾角
巡航時のシッティングポジションでは加速時に比べ骨盤の前傾角は小さくなりサドルに座った場合骨盤が立っているように見えます。

評価ポイント② : 膝関節の位置
骨盤の前傾角が少なくなったことにより膝関節は後方に下がり、ペダルシャフトを通る垂線と比較して前方に出ている幅が加速時に比べ少なくなっています。

評価ポイント③ : 体幹部の位置
体幹部がやや浮き上がり前傾姿勢が緩やかになったことでペダルシャフトを通る垂線に対して体幹部は後方へ移動しています。ペダル加重はややかけにくくなり、膝関節(大腿四頭筋)の出力は抑えられ、その分股関節の出力割合が高くなり持久的な出力(スピードの維持)が行い易くなります。

評価ポイント④ : 肩関節・肘関節の力み
体幹部の強化、ハンドルの引きつけがうまく出来ていない選手の場合、スプリント後半に入ってくると腕でハンドルを引きつけようとする余り、肩関節が力み、肘関節は屈曲を強めて外に開いて行くケースが見られます。

その場合身体全体が前方に移動しシッティングポイントも前方に動くため、膝関節の出力割合が大きくなります。ゴールまで踏み切れれば良いのですが、大腿四頭筋を使い続けた場合出力を低下させるだけでなく、自らの脚でペダリングを乱しスピードを低下させてしまいます。

スプリント後半の速度低下が著しい選手は上半身の使い方の改善及び強化が必要です。

○加速時と巡航時の比較

評価ポイント① : 骨盤の前傾角の比較
加速時(画像左)の骨盤前傾角と巡航時(画像右)を比較します。撮影の角度が若干違うのでその分を差し引かなくてはなりませんが、それを踏まえても加速時の方が前傾が深いことが分かります。
※加速時はやや後方からの画像、巡航時はやや前方からの画像になっています。

評価ポイント② : 膝関節の位置の比較
骨盤の前傾角の変化と共に股関節の位置が変化します。その為膝関節の位置が加速時には前方移動し、巡航時には後方に戻っています。

ペダルシャフトを通る垂線を基準に、膝関節の突出度合いで確認出来ます。膝関節の前方移動はペダル加重時の重心の位置の変化をあわらしていると同時に膝関節(大腿四頭筋)の出力割合の増加を示しています。

逆に膝関節の後方移動は重心位置がサドル側に移動し股関節(大殿筋・ハムストリングス)の出力割合の増加を意味します。

評価ポイント③ : 確認したい注意ポイント

・重心位置の変化
この画像の場合レッグウォーマーのマークやユニフォームの柄等でも重心の位置の変化が確認出来ます。ハンドルを引きつける事で重心位置が前方に移動ている事、さらには巡航時に移動した重心を戻せているかを確認します。

・シッティングポイントの前方移動
ここで注意しなくてはならないのは、加速時にハンドルを引きつける事で重心を前方移動した後、巡航に入ってもそれを継続してしまうと徐々に肩関節や肘関節に力みが入りシッティングポイントが前方移動してしまいます。

その場合膝関節(大腿四頭筋)の出力に頼り切る踏み方になってしまうため徐々に速度が低下していきます。場合によっては急速な低下に繋がる場合もあります。加速時、巡航時の画像を比較してシッティングポイントが移動していないか確認し、前方移動が確認出来る場合改善が必要です。

シッティングポジションでの走行は誰でも簡単にできますが速く走るためには様々な筋肉の連動が必要で、それぞれの筋力のバランスの改善や動かし方を習得するには沢山の時間を必要とします。

動作解析は現状の把握と改善点を確認する為に行うプログラムで、通常は1年で2回から3回程度実施しています。タイミングとしては以下のタイミングになります。

・春先のプレシーズン
オフシーズンで変わった筋力バランスを確認する為、あるいは高校や大学に進学し新入生がチームに合流したタイミングでチーム全体の状況を把握する為に実施。

=> シーズンに向けて基礎強化を行いながら改善点を修正

・夏期のピークシーズン
強度の高いトレーニングを実施し、筋バランスの最適化を図れているタイミングで参考データの収集として実施。

・晩秋のプレオフシーズン
シーズンの終了を待ってオフトレーニングに移行するタイミングで、現状の改善点を把握しオフシーズンの重点強化ポイントを決定するために実施。

=> 筋力強化、筋バランスの改善等シーズン中に行い難いポイントを重点的に強化

AUTHOR PROFILE

佐藤一朗 さとう・いちろう/自転車競技のトレーニング指導・コンディショニングを行うTrainer’s House代表。運動生理学・バイオメカニクスをベースにしたトレーニング理論の構築を行うと同時にトレーニングの標準化を目指す。これまでの研究の成果を基に日本代表ジュニアトラックチームを始め数々の高校・大学チームでの指導経験を持ち、現在はトレーニング理論の普及にも力を注いでいる。中央大学卒/日本競輪学校63期/元日本代表ジュニアトラックヘッドコーチ                                       ▶筆者の運営するトレーニング情報発信ブログ    ▶筆者の運営するオンラインセミナーの情報

佐藤一朗の新着コラム

NEW ENTRY