佐藤一朗「目標の設定と競技力の分析①」

Posted on: 2022.05.15

ランドマークを設定する上で大切な事は前回もお話ししたように目標を明確にしそれをできるだけ具体的にすることです。そしてそれと同じくらい大切なのがランドマークに向かうスタート地点である今の自分自身の能力(競技力)を把握することです。

その上で今の自分と目標(ランドマーク)とのギャップを明確にしてその差を埋めるために必要なプログラムを構築して行かなくてはなりません。

私の友人に同年代のヒルクライマーの方がいらっしゃいます。過去にはMt.富士ヒルクライムに出場し50代でシルバーのフィニッシャーリングを獲得された経験を持っているライダーです。

ご存じの方も多いと思いますが、Mt.富士ヒルクライムは約24kmの登坂コースを登るタイムトライアル形式のイベントで、年代別での表彰の他に完走したタイムに応じて記念のリングが授与されます。(フィニッシャーリング=ステアリングコラムスペーサー)

<フィニッシャーリングの基準タイム>
プラチナ 60分以内
ゴールド 65分以内
シルバー 75分以内
ブロンズ 90分以内
ブルー  完走者
グリーン ミニヒルクライム完走
ピンク  女性参加者
※開催年度によって変更がある場合があるようです。正確な情報は主催者ホームページでご確認ください。
Mt.富士ヒルクライムより 

開催年度によって変動はあると思いますが、シルバー以上(75分以内)のタイムでゴールされる方は参加者全体の10〜15%程度だと聞いています。年齢を考えるとかなり厳しいハードルですね。

近年盛んになっているヒルクライムレースは最も参加しやすい自転車競技の1つで全国各地で開催されていますが、年代別表彰の他にこういった完走タイムによる成績表彰は参加者にとって大きな励みになると思います。

実際に私の周りにも「富士ヒルでブロンズを目指す!」と目標を立ててトレーニングされている方もいらっしゃるようです。

富士ヒルでブロンズを目指すことを目標にすると言うことは、単純に90分以内に富士ヒルのコース(約24km)を走りきるという目標設定なので、これ以上わかりやすい目標は無いかと思います。

しかしここで問題になってくるのは、その目標を達成する為には”何をどれだけ頑張れば良いのか?”という具体的な方法が見えないと言うことです。

”こんなことを書くと「そんなことはない!方法は沢山ある!」という叫び声が液晶画面越しに飛んできそうですが。。。”  独り言

実はヒルクライムの普及と共にトレーニング目標となる情報がネット上には溢れています。特にパワーメーターやスマートローラーのおかげで一般的に広く知れ渡るようになった自転車走行時の出力(パワー/w)によるトレーニング指標は驚くくらい精度の高い物も公開されています。

ネットで検索していて驚いたのは、コース毎に平均出力(w)や総重量(kg)を入力することで想定タイムが算出出来るページもあれば、なかには空気抵抗やころがり抵抗まで加味して計算しているページもありました。ここまで来ると完全にホビー(趣味)の世界では無くなっていますね。

ここまでで完結するのであれば私が何か口をはさむ余地はないのですが、問題はここからです。

これまで一般的に自転車の競技力の指標とされていたのは”タイム”です。最近はそれに”パワー(w)”も使われるようになりました。どちらもパフォーマンスが数値によって表されるので他の選手と比較もしやすければ、自分自身の競技力の向上を確認する事も出来ます。

「何秒で走った。」「何ワット出せるようになった。」などと日々一喜一憂している方もいらっしゃるでしょう。私もコーチとして選手を指導する際にタイムやパワーのデータは多く活用します。また選手を評価する際にそれらの数値は客観的に判断する上で欠かすことが出来ないものになっています。

それを例えるのなら、学校の先生が授業の終わりに小テストを行って生徒の理解度を判断する。若しくは成績表を付ける評価基準にすると言ったところでしょうか?では、その成績を上げるためには何をすれば良いでしょう。

学校の授業であれば、小テストを繰り返し間違える生徒が多い問題やテーマを集中的に復習するとか、より理解度を高めるための課題を出して自宅学習を勧めるとか、そんな方法をとるかもしれません。

では本題に戻って、タイムが出ない選手、パワーが上がらない選手に対してどんな指導をすれば良いのでしょうか?もしあなたが理想とするタイムあるいはパワーが出ない場合どうすれば良いと思いますか?

先ほどヒルクライムのコース毎に自分が走った場合の想定タイムを計算してくれるサイトの事をお話ししました。仮に今の私の体重でMt.富士ヒルクライムに出場しシルバーを目指す想定で入力をしてみると280w必要だと出ました。

実際に走るときのコンディション等の関係もあるでしょうからこれがどれだけ正確かという話はしませんが、そのデータをそのまま指標として設定したとします。

そして今の私のFTPを仮に200wだとします。その差は80wです。この80wの差を縮めるために私はどんなトレーニングをすれば良いのでしょうか?若しくは、そういった選手がいたとして、コーチとしてどんな指導をすれば良いのでしょうか?

ここまで言うとお気づきの方も多いとは思いますが、最新の機材を手に入れて、最新のデバイスを使いこなしても、自分自身(選手)のパフォーマンスについて把握出来ていなければ、それに対応する手立ては見つけることが出来ないのです。

タイムやパワーはあくまで評価する数値であって、そのデータをどれだけ集めてもそれだけで競技力が向上する事はありません。集めたデータから現状を正確に読み取って目標とのギャップを埋めるための手立てを講じて初めて競技力は向上して行きます。

競技力を構成する要素は多岐にわたります。「80w足りないのだから80w上げれば良い。」単にそれだけの事なのですが、それですむのであれば私たちの様なコーチはいりません。

現状の200wはどのようにして出されているのか、80w足らない要素は何なのか、それを分析して補うプログラムを作成しトライして、再度チャレンジする。その繰り返しこそがスポーツの醍醐味です。目標に一歩ずつ近づくことが日々の楽しさに繋がるでしょう。

AUTHOR PROFILE

佐藤一朗 さとう・いちろう/自転車競技のトレーニング指導・コンディショニングを行うTrainer’s House代表。運動生理学・バイオメカニクスをベースにしたトレーニング理論の構築を行うと同時にトレーニングの標準化を目指す。これまでの研究の成果を基に日本代表ジュニアトラックチームを始め数々の高校・大学チームでの指導経験を持ち、現在はトレーニング理論の普及にも力を注いでいる。中央大学卒/日本競輪学校63期/元日本代表ジュニアトラックヘッドコーチ                                       ▶筆者の運営するトレーニング情報発信ブログ    ▶筆者の運営するオンラインセミナーの情報

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