佐藤一朗「数値に拘るトレーニング、数値にとらわれないトレーニング」

Posted on: 2015.03.22

3月10日から14日まで、今年最初の合宿指導(鹿屋体育大学)に鹿児島まで行ってきました。毎年恒例となったこの時期の合宿は新入生の動作解析を中心に、在校生達のオフトレーニングによて変わった筋バランスをチェックする事を主な目的として行われます。

合宿の初日は直ぐに自転車に乗るのではなく、約3時間かけてトレーニングに付いての講義から始まります。ちょうど昨年末に行った日体協の公認コーチ講習の際に使用したパワーポイントがあったので、新入生でも解るように簡単なところを掻い摘んでの講義となりました。
 
本当は運動生理学に基づいたトレーニング理論の説明もしたかったのですが、やはり高校を卒業したばかりの新入生にはハードルが高すぎるので、2日目以降行うトレーニングの説明と目的を中心に「何故こういったトレーニングをやらなくてはならないのか?」と言うことをかみ砕いて話を進めました。
 
2日目はまず動作解析用の撮影をメインに基本的なトラックトレーニングを行い、3日目以降はそのデータを基に選手個々にアドバイスしつつ、欠点を補う為のトレーニングメニューをこなしていきます。
 
この時期のメニューは、フライングでのダッシュや低速からのダッシュなど単走で走るトレーニングが多いので走る選手としては「自分の走ったタイム」がどうしても気になるようです。
 
トラックでのトレーニングではタイム計測が付きものです。ロードでのトレーニングと違い常に同じ様なコンディションで走れるので、自分の力や調子を確認するだけでなく、廻りの選手との比較も含めて常にタイムを意識しているようです。
 
最近ではパワーメーターの普及によってロードでのトレーニングでも数値による評価や比較が出来る様になりました。これはトレーニングの目標や強化の指標に利用することが出来、指導する側としても非常にありがたいものだと思います。しかし数値に拘ったトレーニングは利点ばかりだけではありません。なぜなら数値は走った結果であって、なぜ速く走れたかは教えてくれないからです。
 
ちょっと抽象的な言葉になってしまいましたね。
 
タイムや出力(ワット)、心拍数などの数値は選手個々の競技力を測ったり、コンディションを把握するためにとても重要な指標になります。しかも他の選手との比較や個人の感覚と行ったような相対的・抽象的な物では無く、絶対的な数値でデータが出てくるのでとても管理しやすいのも事実です。しかしコーチとして指導をする上で、その数値にとらわれすぎてはならない事もあります。
 
タイムの善し悪しや、出力の大きさ、そして心拍数にはその結果に至った理由が必ずあります。筋力が上がったり持久力が高くなったりと選手の身体の変化であったり、自転車のセッティングやパーツの交換など機材面での要因などもあります。もちろん同じ競技場でも風向きや気温・湿度によっても変わるでしょう。
 
そしてここからが非常に大切なのですが、実は選手の自転車を走らせる技術の向上が大きく影響しています。僕はペダルを踏み込む力を「ペダル加重」と表現していますが、このペダル加重を増加させるためには脚力を増加させる事ももちろんですが、脚力を逃がさない踏み込み方も大切になってきます。

脚力を逃がさない踏み方。言葉ではとても簡単ですが、実際にそれを行おうとするとかなり難しい事だと気がつくと思います。簡単に説明するなら、ハンドルを握るところから始まって、ペダルを踏み込む足に至るまで関節の可動角をコントロールするための筋バランスを適正化しなくてはならないと言うことです。
 
すみません。かなりややこしい話になって来ましたね。
 
具体的に言うと、ハンドルを握る時の指の使い方や、手首の角度によって肩関節の動きは変わってきます。肩関節の可動角や緊張によって体幹部にかかるスタビリティーは変化し、体幹部のスタビリティーによって骨盤の動きはコントロールされ、骨盤の動きによってペダリングに関わる筋力バランスは変わります。このペダリングを行う筋力のバランスの変化によって、タイムやワット数は大きく影響を受けてしまいます。
 
もう何が何だか解らない所まできてしまいました。
 
少し話を簡単にしましょう。
分かりやすく言うと、その選手の筋肉の使い方によってポジションは変わって来るので、最も出力を高くできるようなポジションを保てるように、筋力を強化したり筋肉の使い方を意識すると言うことです。
 
今回の合宿の目的はここにありました。

それぞれの高校で指導を受けてきた新入生は個性豊かです。全員が素晴らしい競技成績を修めてきた選手達ですから、基本的な競技力は高いものを持っています。しかし、さらに上を目指すためには1度持っている力を全てさらけ出し、何が良くて何が足らないのかをしっかり見つめ直す必要があります。もちろんそれは上級生にも言えることです。オフの間、自分のウィークポイントを補強し、全体的な筋力アップを図った身体は、まだ自転車を走らせる為の最適化が出来ていません。新入生と同じ様にバランスをチェックして細かい点の修正を行います。
 
今、今回の合宿の解析結果を選手毎のレポートにまとめていますが、それができ次第課題の克服に入って貰います。そして2ヶ月後、5月にもう一度動作解析の為の合宿を行い、課題の修正が出来ているかを確認したらいよいよシーズンに向けて強度を高めて行きます。
 
3月から5月までの2ヶ月間はタイムやワット数などの数値に拘らず、しっかりと身体の使い方を覚えることに集中してトレーニングを行って欲しい期間です。

AUTHOR PROFILE

佐藤一朗 さとう・いちろう/自転車競技のトレーニング指導・コンディショニングを行うTrainer’s House代表。運動生理学・バイオメカニクスをベースにしたトレーニング理論の構築を行うと同時にトレーニングの標準化を目指す。これまでの研究の成果を基に日本代表ジュニアトラックチームを始め数々の高校・大学チームでの指導経験を持ち、現在はトレーニング理論の普及にも力を注いでいる。中央大学卒/日本競輪学校63期/元日本代表ジュニアトラックヘッドコーチ                                       ▶筆者の運営するトレーニング情報発信ブログ    ▶筆者の運営するオンラインセミナーの情報

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