佐藤一朗「身体の基本を知る ① 〜運動生理学〜」

Posted on: 2022.09.10

競技スポーツをする上で避けては通れない学問と言えばこの運動生理学です。本格的な講義を受けようと思うと大変な労力を必要としますが、あくまで自転車競技に特化した内容ですので、かなり敷居は低くなっていると思います。

前回「身体に対して一定の刺激を入れ続ける。それによって身体に変化を促す。」

これがトレーニングの根幹にある身体の仕組みである事をお話ししました。

刺激つまり運動による負荷を与えると最初は苦しいだけだったものが徐々に順応し始め、その刺激(運動)に対して対応出来る身体の組織に変化していきます。

実際には身体のどの部分が変化していくのか、それが分かればどんなトレーニングが効果的か選択する事はそれほど難しく無くなるのは想像に容易いと思います。意図的に必要な部分に変化を促せるようにするため、まず最初に運動に関わる基本的な身体の仕組みを理解してください。

ここで運動に関わる身体の機能で理解して欲しいのは大きく分けるとたった2つだけです。1つは筋肉について。もう1つはエネルギー代謝(供給)についてです。

👉ステップ 1-1 筋肉を理解する
筋肉とは簡単に言うと収縮(運動)する筋細胞が繊維状に繋がった状態の”筋繊維”が束になって出来たものです。関節を跨ぐ形で骨に付着して収縮する事で関節を曲げて身体を動かします。

この筋繊維には正確に言うと3種類ありますが、ここでは便宜上2種類について説明していきます。※速筋線維(FOG繊維)はここでは省いています。

・速筋線維(FG繊維/白筋)
速筋線維は比較的出力の高い筋繊維で、トレーニングする事によって肥大していきます。(太くなる) 筋力は通常筋肉の断面積に比例しますので、この速筋を太くすることで筋力は大きくなっていきます。この筋繊維を動かすエネルギーは一般的に”無酸素エネルギー”と呼ばれているATP-CP系と解糖系によるもので、カロリーは高いですが最大出力で使用した場合には持続時間が短くなってしまいます。

−要約ポイント−
・出力    : 高い
・筋肥大   : あり
・エネルギー : 無酸素系(ATP-CP系・解糖系)

・遅筋線維(SO繊維/赤筋)
遅筋線維は比較的出力が低い筋繊維で、トレーニングしても肥大することはありません。一方でこの繊維を動かすエネルギーは一般的に”有酸素エネルギー”と呼ばれるクエン酸回路と電子伝達系によるものなので、低出力ですがエネルギーが尽きるまでほぼ無限に動き続ける事が出来ます。

−要約ポイント−
・出力    : 低い
・筋肥大   : しない
・エネルギー : 有酸素系(クエン酸回路・電子伝達系)

・筋繊維のバランス
これらの筋繊維は人それぞれのバランスで筋肉に存在しています。速筋線維の多い人は高い出力が必要とされる種目に適していると言われ、逆に遅筋線維の多い人は持久系の種目に適しているとされています。

また筋繊維の割合が半々に近い人は技術系の種目に適していると言われています。つまり選手は生まれながらに適した種目が決められていると言うことですね。残念ながらこのバランスはどれだけトレーニングしても変えることが出来ません。

一般的に言う素質と呼ばれるものの1つです。趣味であればどんなスポーツを選んでも問題ありませんが本格的に競技スポーツを行うのであれば自分に合ったスポーツ、種目を選ぶことは大切な事です。

・筋力トレーニング
筋肉はトレーニングによって速筋線維が肥大し筋力が高くなっていきますが、基本的に遅筋線維は見た目では殆ど変化する事はありません。

つまり自転車を走らせる筋力を高めたり、自転車を走らせるために補助的に使われる筋肉のバランスを整えるのは速筋線維のトレーニングと言うことです。

パワーやスピードが絶対条件のトラック選手や、ロードスプリンターを目指す人は速筋線維のトレーニングが必要な事は簡単にイメージできると思いますが、実は持久力がメインと思われているロードの選手でも現在のスピードレースに対応するためには筋力トレーニング、特に補助的に使われる筋肉の為の筋力トレーニングは必要不可欠となりつつあります。

動作解析の所でも少し触れましたが、より速く走るためには自転車に対して力(脚力)を正確に伝えるために適正なポジションでペダリングを行う必要があります。

このポジショニングを安定させて支えるのが補助的な筋力です。(Trainer’s Houseではこの力をスタビリティーと表現しています) このポジショニングを支える筋肉やそのバランスを理解し、しっかりトレーニングする事で競技力向上のスピードは飛躍的に高まっていきます。

👉ステップ1-2 強化する筋肉
自転車競技を行う上で必要となる筋力強化は沢山あります。ただそれを全て個別で強化して行くと本来の目標を見失うことになってしまう場合がありますので、ここでは目的別に”特に強化”して欲しい筋肉だけ紹介します。

興味のある人は解剖図やトレーニング関連の書籍で場所と動きを確認して見てください。

・自転車を走らせる為に直接的に働く筋群

股関節伸展筋
a. 大殿筋
b. ハムストリングス(半腱様筋・半膜様筋・大腿二頭筋)

膝関節伸展筋 
a.大腿四頭筋(大腿直筋・内側広筋・中間広筋・外側広筋)

・正確なペダリングを支える筋群
へダリングの軌道を安定させる筋群
a. 股関節内転筋群
b. 半腱様筋・縫工筋

ハンドルを引きつけ体幹を安定させる筋群
a. 上肢  : 上腕三頭筋
b. 体幹部 : 広背筋・菱形筋・僧帽筋下部繊維・脊柱起立筋

骨盤を安定させる筋群
a. 固定系コア : 腹横筋
b. 動作系コア : 腸腰筋・腹直筋・腹斜筋・脊柱起立筋・腰方形筋

一般的な日常生活の中でも身体には刺激が入り一定の筋肉は発達しています。

それら筋肉の発達のバランスは自転車競技に最善のバランスでは無い場合も多く、今回紹介した筋肉は競技力向上の為に必要な筋肉に加え、そういった筋バランスを改善する為に必要な筋肉も含まれています。逆に筋バランス改善の為に敢えて省いている筋肉もあるので、ここで紹介した筋肉だけトレーニングすれば良いとは考えないでください。

一定のバランスに達したらそれ以外にも必要と思われる部位の強化も怠らないように注意して下さい。

AUTHOR PROFILE

佐藤一朗 さとう・いちろう/自転車競技のトレーニング指導・コンディショニングを行うTrainer’s House代表。運動生理学・バイオメカニクスをベースにしたトレーニング理論の構築を行うと同時にトレーニングの標準化を目指す。これまでの研究の成果を基に日本代表ジュニアトラックチームを始め数々の高校・大学チームでの指導経験を持ち、現在はトレーニング理論の普及にも力を注いでいる。中央大学卒/日本競輪学校63期/元日本代表ジュニアトラックヘッドコーチ                                       ▶筆者の運営するトレーニング情報発信ブログ    ▶筆者の運営するオンラインセミナーの情報

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