佐藤一朗「目的別トレーニング③ エンデュランス」

Posted on: 2022.10.29


トラック競技におけるエンデュランストレーニングは一般の方が想像しているより短い時間で行われます。

1セット辺り長くて20分〜30分、それを状況に応じてインターバルを取りつつ数セット繰り返します。

実際のレースでは長ければ1時間に及ぶこともあるにもかかわらずトレーニングではそこまで長いトレーニングを行うことは殆どありません。

エンデュランスの能力つまりエネルギー代謝を向上させるためには“体内に酸素が不足している状態”を作りだしそれを改善するような刺激を与えることが必要です。※身体の基本を知る②〜運動生理学〜参照 

その為には高強度のトレーニングを行い酸素負債を起こす方法、あるいは持続的に一定強度のトレーニングを行いエネルギー代謝が継続的に行われる状況を作る方法が考えられます。

エネルギー代謝を向上させる要素は幾つかありますので、どちらの方法が正しいと言うのでは無く、どちらの方法も必要なトレーニングです。

この2つの要素をエネルギー代謝と出力を基にイメージにすると以下の図の様になります。

この図は以前ご紹介していますのでご存じの方もいらっしゃると思いますが、乳酸カーブテストの結果をグラフにしたものです。縦軸が血中乳酸濃度で横軸が出力(w)になります。


乳酸カーブテスト Test Sample

血中乳酸濃度の上昇は運動の持続時間の短縮を招くため効果的なトレーニングを行う為には、酸素負債を起こす程度の高い出力を目的にするのであれば比較的短い時間で集中して行い、持続的なエネルギー代謝を促すため長い時間トレーニングを継続するのであれば出力の強弱を付けながらストレスのかからない環境下で行う事が理想です。

これらの事から“高強度のトレーニングを行い酸素負債を起こす方法”はトラックで、“持続的に一定強度のトレーニングを行いエネルギー代謝が継続的に行われる状況を作る方法”はロードで行う様に区分しています。

もちろん完全に境界があるわけでは無くリンクする部分も少なくありませんが、身体的にギリギリの所まで追い込むようなトレーニングは安全対策の観点からもロードよりトラックの方が行い易いと言うことです。

👉効果的なエンデュランス系トレーニングを行う上での注意点
エンデュランストレーニングは他のトラックトレーニングと比較して疲労の蓄積、時間の長さ、そして何よりも酸素の過大消費からくる集中力の低下かがトレーニング効果を低下させるだけで無くアクシデントに繋がるリスクを抱えています。

その為漫然と時間や距離を消費するようなトレーニングは出来るだけ避け、集中力を高める工夫が必要です。

・ポイント① スキルアップを意識したトレーニング
運動強度をやや落とした状態で、走行中のポジショニング、ライン取り、交代技術など基本的な走行技術の習得を目的としたトレーニング。課題と優先順位を明確にして反復して行う。

・ポイント② レースを模した競技系トレーニング
集団走行やレース中の動きなど競技に必要なスキル習得を行いながら実戦を模したインターバルやスプリントを織り交ぜトレーニング強度を高めて行う。

・ポイント③ タイム計測による課題系トレーニング
走行タイムを設定しスピード感覚やケイデンスの感覚を身につけつつ、出力の切り替え、スタビリティーの確保などを目的として行う。

👉エンデュランス系メニュー(参考)
《Program7:フライング5000mTP_Line》

<目的>
チームパーシュートの基本であるライン取りを意識したトレーニング。チームパーシュートは4人の選手がライン上に隊列を組み空気抵抗による負荷を軽減させながらタイムを競う。

そこでチームの隊列が乱れぬように走行時のライン取り、エクスチェンジのタイミング、加減速のタイミング等チーム全体で1つの動きが出来る様に技術を習得する為のトレーニング。

<方法>
ギアレシオによる負荷の設定:
チームのコンビネーションや技術的な所を重視する為本来の設定タイムよりも落として行うためギアもそれに合わせて変更する。

走行距離の設定:
トレーニングの目的、その時のメンバー等によって調整するが基本的には4000mないし5000mで行う。

インターバルの設定:
トレーニングの目的に応じて技術習得を主目的とする場合はやや長め、エンデュランストレーニングを主目的とする場合はやや短めのインターバルとする。(15~20分程度)

トレーニング方法:
ポジション4or5(4番手/5番手)を先頭にバンク上段を廻り計測開始半周前からシッティングポジションのままフライングスタートする。

(ドロップイン) ペースメイキングした先頭選手(P4orP5)は測定スタート後最初のコーナーで交代し、その後は設定されたペースを重視しつつ、ライン取り、エクスチェンジのタイミング、ペースのコントロール等を意識して行う。

《Program8:エリミネーションスクラッチ》

<目的>
レース形態の集団走行技術を目的としたインターバルトレーニング。トラックにおける集団走行はその技術の有無によって体力・脚力の消耗度に大きな差が生まれやすい。

特にペースの上げ下げが生じるレース形態で集団内のポジションをキープする事は難しい。エリミネーション形式で集団後方に位置しないよう常にポジション意識をしつつ、 走行する技術を身につけることで競技力の向上を目指す。

<方法>
ギアレシオによる負荷の設定:
走行技術とインターバル形式でエンデュランス能力向上を目的とする為、普段のトレーニングギア若しくはそれよりもやや軽めのギアを使用する。競技力の差によってギアの設定をしても良い。

走行距離の設定:
出走人数にもよるが不定期のエリミネート、ラスト5周のスクラッチを勘案して 20~30周程度で行う。

インターバルの設定:
複数回実施する場合には集中力を回復出来るよう15~20分程度の休息を取る。

トレーニング方法:
出走者全員でローリングスタートにて開始。コーチの笛の合図で不定期にゴール線にて最後尾をエリミネートする。 ある程度人数が絞られたところで長い笛を吹き、そこから5周のスクラッチ形式のスプリントを行う。

《Program9:ローギア・ハイケイデンス周回 ※400mバンクでの設定》

<目的>
ダンシングポジション及びシッティングポジションでの筋出力の切り替え、ハイケイデンスで走行する為の体幹部によるスタビリティーの向上、インターバル形式で行う事による有酸素能力の向上を目指す複合トレーニング。

自転車競技の基本であるペダリングに関する基礎的な競技力を向上させる為に行うトレーニング。

<方法>
ギアレシオによる負荷の設定:
ケイデンスの上昇を目的とする為軽めのギアで行う。(50-16T~17T程度)

走行距離の設定:
400mバンク20周を1セットとし3~4セットを設定タイム厳守で行う。

インターバルの設定:
1チームで行う場合15分程度のレストを取るが、複数チームで行う場合交互に走行する事でレストを取る。

トレーニング方法:
バンク上段からシッティングのまま惰性でスプリンターレーンまで下り周回練習を行う。タイム設定の厳守 最初の10周は1周ごとに1秒のペースアップをし、次の5周はそのタイムをキープ。

ラストの5周は限界までペースを上げていく。先頭交代はホームもしくはバックストレッチに入るコーナーの出口より内側に降りイン交代で行う。

👉エンデュランス系トレーニングのポイント
トルクアップ及びパワー系のトレーニングと比較すると筋出力的な強度は低下するが走行時間が長くなることで全体的な運動強度は高くなる。特に有酸素系のエネルギー代謝に対して負荷が高くなるため走行中の集中力低下に注意が必要となる。

トレーニングを行うタイミングに必要なテーマを付加し、集中力を切らさない工夫をしつつ、トレーニング終了後に”気がつけば追い込まれている”と言う様な形で行える事が理想。

AUTHOR PROFILE

佐藤一朗 さとう・いちろう/自転車競技のトレーニング指導・コンディショニングを行うTrainer’s House代表。運動生理学・バイオメカニクスをベースにしたトレーニング理論の構築を行うと同時にトレーニングの標準化を目指す。これまでの研究の成果を基に日本代表ジュニアトラックチームを始め数々の高校・大学チームでの指導経験を持ち、現在はトレーニング理論の普及にも力を注いでいる。中央大学卒/日本競輪学校63期/元日本代表ジュニアトラックヘッドコーチ                                       ▶筆者の運営するトレーニング情報発信ブログ    ▶筆者の運営するオンラインセミナーの情報

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