佐藤一朗「目的別トレーニング② パワー」

Posted on: 2022.10.21

トラックレースにおける最も重要な強化ポイントがこのパワーと呼んでいる高出力かつ持続時間を必要とする競技力です。

低速域あるいは中速域からの加速力、トップスピード、そしてタイムに直結するスピードの持続力と、タイムレースでもバンチレースでもパワーにアドバンテージを持っている選手は常にレースを有利に進めることが出来ます。

その一方でレースで戦えるパワーを高めるにはトルクアップから運動中のエネルギー代謝(エンデュランス能力)の向上まで、求められるフィジカル要素は多岐にわたり、トレーニングメニュー自体も強化するポイント毎に組み立てる必要があり、選手にとっても指導者にとっても強化が難しい競技力です。

👉パワーを向上させるために必要な要素
これまで何度かお話ししてきましたが、パワーを簡単に表現するとすればパワー=トルク╳ケイデンスと言い表す事が出来ます。

つまり単にパワー(出力)を高めるのであればトルクアップ系のトレーニングを行う事で高める事が出来ます。しかし実際にはそれほど単純ではありません。

トルクアップのトレーニングはあくまで無酸素系の動作時間での高出力を意識し、筋力強化を主な目的としたトレーニングだからです。無酸素系の動作時間内で走りきれる競技であればともかく、殆どの場合その時間内でレースが終わることはありません。

つまりここで問題になってくるのは出力の持続時間です。

以前トレーニングの目的別分類の所でもお話ししましたが、競技力の指標となるパワー(出力)は4種類に分類することが出来ます。

それは筋力の強さと筋肉に対するエネルギーの供給(エネルギー代謝能力)とのバランスによって分類されるもので、

①解糖系に達しない瞬間的な出力(ATP-CP系)
②解糖系まで使った無酸素系での出力
③運動中に供給できる酸素の最大値で代謝しきれる出力(VO2Max)
④エネルギー(栄養)の供給があれば一定以上の時間継続できる出力(FTP)

の4種類です。

自転車競技はトラックのスプリントからロードまでレースで競い合う距離・時間は様々です。

私の認識では最も短い競技はトラックのチームスプリントの1走でしょうか?

スタンディングスタートからの250mで時間にして20秒弱の走行時間です。フライング200m(9〜12秒程度)では?と疑問に思われる方もいらっしゃるもしれませんが、タイム計測自体は200mですが助走距離にも高い出力を必要とするため、実際にはかなりの距離を踏み続けています。

このチームスプリント1走の動作時間だけを考えると強化ポイントは①〜②の解糖系まで含めた無酸素系の出力を強化すれば十分ですが、それ以外の種目ではたとえトラック短距離であったとしても③のVO2Maxまで、トラック中距離であれば①〜④、ロードであっても②〜④は必須の強化ポイントになると考えています。

もちろんそれだけで良いと言うわけでは無く中心となる強化ポイントと言うことです。

👉戦えるパワー
以前、身体の基本を知る②〜運動生理学〜の所でもお話ししましたが、より高い出力(パワー)を発揮しようとした場合速筋線維による出力割合を増やす必要があります。

現状の出力をより高くするためにはトルクアップのトレーニングやストレングストレーニング(筋トレ)を行い速筋線維を肥大させ無くてはなりません。

一方で強化された速筋線維によって最大出力を発揮すれば、当然ですがピルビン酸や乳酸と言った代謝物も大量に産生される事になります。

筋中のpHの低下によって速筋線維はATPの再合成が低下しますので、高出力を維持するためにはピルビン酸や乳酸をスムーズに遅筋線維で代謝する必要があります。

つまりレースで戦えるパワーを手に入れるためにはトルクアップを行いつつ、エネルギー代謝能力も同時に高めて行く必要があると言うことです。

👉効果的なパワー系トレーニングを行う為の注意点
出力の高さや運動時間によってエネルギー代謝の形態が変わるため目的によってトレーニングに求められるものも変わってきます。

その為トレーニングメニューの目的となるポイントをしっかり理解した上でトレーニングを行う必要があります。

・ポイント① トルクアップからパワー(走行時間30秒〜1分30秒程度)
トルクアップのトレーニングの走行時間を延長し耐乳酸的な要素を加味したメニューで、キネティックチェーンを最大限活用し膝関節・股関節の筋出力を上手くバランス良く使用しオールアウトする所まで追い込んで行く。

・ポイント② VO2Maxを意識したパワー(走行時間3分〜5分程度)
走行中の出力をコントロールして設定されたタイムを意識して行う。出力の過度な変化は代謝のバランスを崩し筋中の乳酸濃度上昇を招くためラップタイムの低下に直結する。その為選手個々の能力に応じた走行距離、設定タイム、ギアレシオ等を把握して行う必要がある。

・ポイント③ パワーからエンデュランス(走行時間5分〜15分程度)
インターバル形式で行う事が多い事から出力が下がり単純なエンデュランストレーニングになってしまいがちとなるため、高出力を維持出来る様選手の競技力に応じて走行時間、セット数を調整して行う。

👉パワー系メニュー(参考)
《Program4:フライング1000m (0.5Lap/0.5Lap/1.5Lap)》
※400mバンクの場合

<目的>
グリップから骨盤までのキネティックチェーンを構築しシッティングポジションでの最大出力を向上させるためのトレーニング。

ダンシングポジションでの加速は膝関節が有意に働いてしまうためシッティングポジションに移行しても出力の切り替えは行いにくい。その為前走者のドラフティングを利用しつつ出力の切り替えを行いシッティングポジションでの出力向上を目的に行う。

<方法>
ギアレシオによる負荷の設定:股関節のトルクアップを目的とすることから通常のトレーニングギアを基準にやや高めの設定で行う。

走行距離の設定:
3名で行う場合2名のリードアウトからの600m(合計1000m)
2名で行う場合1名のリードアウトからの600m(合計800m)

インターバルの設定:
高強度かつ高出力を前提としたトレーニングの為完全回復出来るレストを取る。(20分〜30分)

トレーニング方法:
通常のフライングダッシュの要領で3名(2名)で駆け降ろし、先頭選手及び2番手の選手は200m毎にリードアウト、最終走者のみ600mをスプリントする。最終走者は前走者が走行中にキネティックチェーンを構築し股関節出力を意識した状態でスプリントに入る。

《Program5:フライング3000mTP_Power(チームパーシュート)》

<目的>
チームパーシュートにおける実践的なトレーニング。チームに設定されたラップ(強度)によってパワー、スピード、エンデュランスの向上を目指すトレーニング。

<方法>
ギアレシオによる負荷の設定:
ディスクの着装有無、グランドコンディション(大気密度等)を勘案してラップタイムを設定し、ターゲットとするケイデンスからギアレシオを設定する。

走行距離の設定:
フライングスタートからの3000mで行う。

インターバルの設定:
強度の高いトレーニングとなるため完全回復出来るレストを取って行う。(20分~30分)

トレーニング方法:
ポジション4or5(4番手/5番手)を先頭にバンク上段を廻り計測開始半周前からシッティングポジションのままフライングスタートする。

(ドロップイン)ペースメイキングした先頭選手(P4orP5)は測定スタート後最初のコーナーで交代し、その後はチームで設定したタイミングで交代を繰り返す。ライン取り、交代のタイミング、ペースコントロールを重視しつつ設定タイムを維持していく。

《Program 6:エスケープインターバル》

<目的>
パワーとエンデュランスの向上を目的とした高負荷インターバルトレーニング。周回トレーニングを行いつつスプリントによる高負荷を加える事で心肺機能に負荷をかけエンデュランス能力の向上を目指すトレーニング。

<方法>
ギアレシオによる負荷の設定:
インターバル形式で行うパワー&エンデュランストレーニングの為通常のトレーニングギアで行う。

走行距離の設定:トレーニングを行う選手数による。(トータルで10〜15分程度)

インターバルの設定:15〜20分程度のインターバルを取りつつ2~3セット行う。

トレーニング方法:ステアーラインにて低速での周回を行いつつホイッスルなどの合図と共に最後尾の選手がインコースからスパートし、それに併せて先頭の選手がチェイシングに入り集団をラップするまでアタックする。

一定の時間を経過した後ホイッスルを合図に5周でゴールスプリントを行う。

※ポイントレースでエスケープを決めラップを目指す様なイメージで行う。スパートした選手が複数名になった場合協調して集団を追うことも可。選手の競技力によってスパートする回数等を考慮する。

👉パワー系トレーニングのポイント
運動時間によって出力の大きさやエネルギ代謝システムが変わるため、目的としたゾーンを理解してそれにあった負荷、距離、時間、インターバルを設定して行う。

また最も強度の高いトレーニングである事から疲労によって目的から外れてしまうことも少なくない。明らかにトレーニング目的を逸脱してしまった場合にはセット数を減らす等最後までトレーニング目的に集中出来る様配慮する。

AUTHOR PROFILE

佐藤一朗 さとう・いちろう/自転車競技のトレーニング指導・コンディショニングを行うTrainer’s House代表。運動生理学・バイオメカニクスをベースにしたトレーニング理論の構築を行うと同時にトレーニングの標準化を目指す。これまでの研究の成果を基に日本代表ジュニアトラックチームを始め数々の高校・大学チームでの指導経験を持ち、現在はトレーニング理論の普及にも力を注いでいる。中央大学卒/日本競輪学校63期/元日本代表ジュニアトラックヘッドコーチ                                       ▶筆者の運営するトレーニング情報発信ブログ    ▶筆者の運営するオンラインセミナーの情報

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