佐藤一郎「ダッシュ力向上に必要な要素・トレーニング各論②」

Posted on: 2015.07.29

トレーニング各論の2回目はダッシュ系のトレーニングについてです。以前総論の所でもお話ししたと思いますが、僕が考える競技力強化のステップは以下の通りです。
 
①筋力バランスの適正化 → ポジション・フォームの改善
 ⇩
②筋力の向上 → トルク・ダッシュ力の強化
 ⇩
③筋力を使える有酸素能力の向上 → 持久力・パワーの強化
 ⇩
④戦術・テクニックの向上
 ⇩
⑤ ①に戻りループする。
 
こうして話すのは初めてだったかな?ちょっと不安になって来ましたが、話したと言うことで進めます。今回お話しするダッシュ系のトレーニングは②筋力の向上に繋がるトレーニングになります。
 
ダッシュ力というと一般的には止まった状態、あるいは低速度域から急激に加速する事を表していると思います。皆さんはどんな走りをイメージするでしょうか。

多くの人は腰を上げてハンドルを引き付け全力でペダルを踏み込む姿をイメージすると思います。この一連の動きは、身体の使い方で見ると2つの動きに分けて考える事が出来ます。
 
まず1つめは、低速度域から最大トルクをペダルに掛けて自転車を動かす動作。ご存じのように止まった状態、あるいは低速度域のから自転車を加速させるためにはとても大きな力を必要とします。

その為両手でハンドルを引き付け、身体を自転車に押しつける方向の力を発揮しながら、全力でペダルを踏み込む必要があります。

そして2つめは、ある程度スピードが乗りケイデンスが上昇してきてからの動作です。1歩あたりのペダルにかけるトルクは減少していきますが、回転数を上げて行かなくてはなりません。ペダリング動作で回転数を上げるためには、踏み込み脚が踏み切った直後に反対側の脚に加重を移すことが必要になります。

特に固定ギアを使うトラックでは、この加重の移動、つまり踏み込み切った側の抜重が遅れるとブレーキング減少の原因になるので特に重要になります。
 
言葉で説明するとそれほど難しい事では無いのですが、いざトレーニングとして行って見ると意外と難しくて、多くの場合前半の「最大トルクをかける」動作に意識が集中してしまい後半の加重の移動がスムーズに行かず加速を鈍らせてしまっているケースを良く見かけます。
 
皆さんの廻り、もしくはこれを読んでくれているあなた自身に心当たりはありませんか?そういった人の特徴として良くあるのが、スタンディングスタート(止まった状態からのスタート)で400mを測ったとき「前半の200mはそれほど悪く無いのに後半の200mが悪くタイムが出ない。」とか、「フライング200mのタイムが伸びない。」といった形で表れます。
 
そこで僕が行うトレーニング指導では、ダッシュ力を高める為のトレーニングをそれぞれの目的に併せた形に”分割”して行うプログラムを組んでいます。
  
○30-50-80m ダッシュインターバル
このトレーニングは、最大トルクを向上させる為に筋肉に対して最大の負荷が掛かるようにギアを設定し、最大のエネルギーを使用できる時間でゴール出来る距離で行います。
 
・ギアの設定 :
ここで言う最大の負荷とは、全力で踏み込んだ時にボディーバランスを崩さずに踏み切れるギアを設定すると言うことです。踏み込んだ際の反発する力(反作用)に負けて上半身が捻れたり、ペダル加重に対して重心軸が前後・左右に振れたりせずに踏み込めるギアで行わなくてはなりません。
 
・距離の設定 :
走る距離は、最も高いエネルギーを発揮出来るATP-CP系の動作時間(7~8秒以内)で走りきれる距離で行います。
 
・インターバルの設定 :
最大の出力を反復して行う為に適切な休憩をはさみます。ATP-CP系は1分間で30%回復すると言われているので3分程度の休憩をはさんで行います。
 
・トレーニング方法 :
静止状態、もしくはウォークアップ(歩く程度の速さ)から30mのダッシュをします。1本目は短い距離ですので最大トルクを掛けることに集中して1歩目から全力で踏み込んで行きます。

400mバンクの場合2周の休憩をとり2本目は50mのダッシュを行います。少し距離が伸びる分ケイデンスも上がり、ただ踏み込むだけではなくケイデンスの上昇に対応する走り方が必要になって来ます。再びバンク2周の休憩を取り3本目は80mのダッシュを行います。

時間的にいうと9秒を超えてしまいますが、この後長い休憩を取るので心配はいりません。先ほどの50m以上にケイデンスに対応した走りに注意が必要です。3本終了したところで一旦自転車を降り少し長め(5分~15分)の休憩を取ります。
 
○ダッシュインターバル100m
このトレーニングは中間速度域からの加速の際、スムーズなペダル加重の移動(重心の移動)を習得する為に行います。
 
・ギアの設定 :
加重のスムーズな移動を習得するため敢えて軽めのギアを設定します。多くの場合ウォーミングアップで使用したギアから後ろ1枚(upで16Tの場合15T)上げた程度で設定します。
 
・距離の設定 :
軽いギアの設定で一気にケイデンスが上がる事から、ダンシングポジションが持続可能な100mで行います。
 
・インターバルの設定 :
筋力アップ、持久力アップが目的ではなく、動作の習得が目的のトレーニングの為、休憩時間の設定に対する注意はありませんが、便宜上400mバンク2周程度で行います。
 
・トレーニング方法 :
バンク上段に上がり、4コーナー出口よりシッティングのまま惰性でスプリンターレーンまで降りてきます。そのスピード(中間速度)から100mのダッシュを行います。ゴールしたらそのままバンク退避路を2周し再びバンク上段に上がり、これを3本繰り返します。
  
ダッシュ系トレーニングにはこれ以外にも様々なメニューがありますが、基本トレーニングとして2つを紹介させて戴きました。同じダッシュ系のトレーニングでありながらギアの設定が全く正反対なので戸惑う方もいらっしゃるかもしれません。

「ダッシュ力=筋力」と考えれば確かに僕も不自然だと思います。しかし、ダッシュ力の強化の為には筋力も重要ですが、もう1つ考えなくてはならない生理学的要素があります。それは「神経」です。神経(運動神経)は筋肉を動かす為に指示を伝える器官ですが、運動をコントロールするためには2つの要素を持っています。
 
1つは強い筋力を発揮するための刺激量です。神経が伝える刺激で筋肉は動きますが、その頻度(回数)で強さはコントロールされています。つまり沢山の神経が沢山の刺激を伝える事で筋肉は強く働くことが出来ます。

そこでトレーニングでは強く働かなくてはいけない状態を作り、身体に変化を要求するのです。つまり重たい負荷をかけて、力を強く発揮出来る様1歩1歩に集中して全力で踏み込む事が大切です。
 
そしてもう1つは1つの動作を行う為、複数の筋肉の連動を上手にコントロールする事です。ハンドルを引き付け、ペダルを踏み込む為には様々な筋肉が働いています。その動きの中で、たった1つの筋肉の動きが狂ってもペダリング動作にはロスが生まれます。

そのロスを少しでも減らすため、筋肉はスムーズな連携をして適切な出力、適切な稼働角を保つ必要があります。もちろんそれを全てコントロールする事も神経の働きです。その動きの連動を身体に覚えさせるため、敢えて負荷のない軽いギアで反復練習を行います。
 
一言でダッシュ力の向上と言っても、実は身体の中では様々な事が要求され、どれ1つ欠けても上手くいきません。その為何が自分にとって欠けているのかをしっかりと把握して、それを改善する為のトレーニングを行う事が重要です。


 
画像はもう皆さん見慣れたと思いますが、動作解析で撮影している側面からと正面からの画像です。実はこの2種類の画像は、30-50-80m ダッシュインターバルを行う際に側面から撮影し重心ポジションを確認し、ダッシュインターバル100mの際に前面から撮影して左右の重心移動を確認している画像です。

指導の現場では分かりやすいようにポイントの画像を選んで使いますが、実際には連写して全体の動きも把握しています。一連の動きは動画の方が分かりやすいとは思いますが、拡大して正確な解析を行うためには静止画の方が使いやすいのでこちらを利用しています。ご参考までに。

AUTHOR PROFILE

佐藤一朗 さとう・いちろう/自転車競技のトレーニング指導・コンディショニングを行うTrainer’s House代表。運動生理学・バイオメカニクスをベースにしたトレーニング理論の構築を行うと同時にトレーニングの標準化を目指す。これまでの研究の成果を基に日本代表ジュニアトラックチームを始め数々の高校・大学チームでの指導経験を持ち、現在はトレーニング理論の普及にも力を注いでいる。中央大学卒/日本競輪学校63期/元日本代表ジュニアトラックヘッドコーチ                                       ▶筆者の運営するトレーニング情報発信ブログ    ▶筆者の運営するオンラインセミナーの情報

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