佐藤一朗「バイオメカニクスを用いた評価とは」

Posted on: 2022.06.15

運動生理学をベースにした評価につづいて今回はバイオメカニクスについての評価についてお話しします。

バイオメカニクス(biomechanics)という言葉は最近様々な分野で使われているので耳にする機会も多いと思います。余りにもジャンルの幅が広いので私も正直に言うとほんの一部しか理解していません。

というより、バイオメカニクスについて専門的に学んだと言うよりも、自分が興味を持った事を調べて指導に活かして行くうちに「サトウハ、バイオメカニクスヲベースニシドウシテイルンダネ」と海外のコーチに指摘されたので「この分野はバイオメカニクスに属する分野なんだ。」と後付けで知った程度の事です。

なので専門的に研究されている方からすれば突っ込みどころ満載かもしれませんが、あくまで自転車競技コーチの私見と言うことでご容赦ください。

ことの始まりは、以前もお話ししましたが鍼灸マッサージの国家資格を取得するために専門学校に通っていた頃に遡ります。鍼灸マッサージ師は身体の動きを観察し治療方針を決めていく視診という作業を行いますが、当時その技術を応用して多くの選手の身体の動きを観察しました。

膨大な量の画像データから身体の動き、関節の稼働角、筋肉の使い方など1つ1つの動きに着目して気になった点の原因を探ってはその改善策を模索し実証していく。もちろん簡単に結果に結びつく事は無く、トライアンドエラーの繰り返しでした。

その研究を進める中で気がついたのは、「人が日常生活の中で使用する事で発達させている筋肉や筋力のバランスは自転車競技にとって最善では無い」と言うこと。

自転車は殆どの人が少し努力すれば簡単に乗れてしまうので、日常生活の延長線で競技が出来ると錯覚してしまいがちですが、いくつかの部位では明らかに使い方を変えなくては自転車にとって最善の形での強化は行えません。

もちろん長く自転車に乗っていたり、何かのきっかけでその違いに気がつくことはあると思いますが、気がつくまでの時間は効率的な強化が行え無いだけで無く、自転車競技にとって”最善では無い使い方”を身体に覚えさせてしまい、修正する為に無駄な時間を費やす事になってしまいます。

当時指導にあたっていた大学チームでは、それぞれの出身地、出身校の”流行?”なのでしょうか、殆どの選手が多少なりとも”独特な癖”を持っていました。

まだ自転車競技を始めて数年しか経っていないこともあり修正して行くことは難しく無かったのですが、問題は何故そのような癖が付いたのかその原因を探ることでした。

自転車に乗車する際のポジションやペダルに力を伝える際に使う間接の動かし方、よく走れている選手、そうで無い選手、スプリントが得意な選手、エンデュランスが得意な選手、それぞれが個性的でストロングポイントもあればウィークポイントもあります。

ある程度データ数が集まり比較対象が増えることで見えてきたのは、それらの個性は前回お話しした運動生理学的に評価出来る筋力の強さや持久力の高さから来る競技力の差だけでは無く、自転車に対して力を上手く伝える事が出来ていないという技術的な差の存在です。

折角素晴らしい身体能力を持っていても上手く自転車に伝える事が出来ていない。上手く力が伝わらない乗り方、身体の使い方でトレーニングを続けているので一向に改善しないだけでなく、さらに状況を悪化させてしまっている。そんなケースが散見されました。

そこで、自転車を走らせるための身体の使い方を1から検証し直し、その為に必要な筋肉の使い方や、筋力のバランスの適正化を図る事ための研究を進めました。

その結果導かれた結論は、理想的なポジションになるように安易に自転車のセッティング変更を行うのでは無く、理想的なポジションになるような筋バランスの適正化を図る事を目的としてトレーニングプログラムを構築し、その進捗度合いに合わせてセッティングも変更していくという手法でした。

簡単に理想的なポジションと書きましたが、当然これは選手の骨格的な問題や目標としている種目によってそれぞれ違いがあります。その為「これが正しい」という答えはありませんが、選手自身が描いている目標の姿と現状の状態を比較して近づけて行く方法は見つけることが出来るようになりました。

1つ事例を上げるとすれば、みなさんは「キネティックチェーン」という言葉をご存じでしょうか? 日本語に訳すと運動連鎖という表現が1番近いかもしれません。

運動は沢山の関節の動きを繋げて行われます。1つの筋肉、1つの関節だけで運動をする事はまず無いと思うのでなんとなくイメージは湧いてくると思います。

食事の際お箸を手に取る動作も、いくつかの指がお箸を捉えるだけで無く、手首、肘、肩の関節が箸を持つ手の位置を目的に合わせて動かし、その腕の動きが安定するように体幹部や下半身が支えています。

ただ食事の際に箸を使うだけでもこれだけ沢山の筋肉や関節が連動して動いています。となれば自転車のペダリングの際にはどれだけ多くの筋肉や関節が、どれだけ大きい出力で動いているかおわかりになるかと思います。

この運動連鎖(キネティックチェーン)を1つ1つ検証していけば、どんなポジションがペダリングに対して最善で、その為にはどの筋肉をどれだけの出力で動作させ、どの関節をどれだけの可動角で動かすかそんなことが1つ1つひもとくことが出来ます。

皆さんもハンドルやサドルの位置について迷われた経験が1度や2度はあると思います。多くの場合その時の自分が1番乗りやすい、走りやすい位置にセッティングしていると思いますが、それはその時のベストポジションであっても自分自身にとって将来的に最善のポジションだと思いますか?

かといって今走れないポジションを強要するようなセッティングを行っても、身体を痛めてしまったり、競技力が低下してしまっては何の意味もありません。

そこで重要なのは、本来自分が思い描いている走りを手に入れるために最善と思うポジションを理解し、現状とのギャップを把握するとこ。そしてそのポジションで走れるようになるために必要な筋力、筋バランスをしっかり作って行くことです。

身体的能力(フィジカル)は高くても上手く自転車に力を伝える事が出来ていない。

そんな選手の原因を探り、改善していく為に必要な強化ポイントを導き出していく。それが私が考えている「バイオメカニクスをベースにした強化」です。

AUTHOR PROFILE

佐藤一朗 さとう・いちろう/自転車競技のトレーニング指導・コンディショニングを行うTrainer’s House代表。運動生理学・バイオメカニクスをベースにしたトレーニング理論の構築を行うと同時にトレーニングの標準化を目指す。これまでの研究の成果を基に日本代表ジュニアトラックチームを始め数々の高校・大学チームでの指導経験を持ち、現在はトレーニング理論の普及にも力を注いでいる。中央大学卒/日本競輪学校63期/元日本代表ジュニアトラックヘッドコーチ                                       ▶筆者の運営するトレーニング情報発信ブログ    ▶筆者の運営するオンラインセミナーの情報

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