佐藤一朗「Trainer’s Houseのトレーニング理論 ③」

Posted on: 2022.08.10

ここまで2回にわたり自転車を走らせるときの身体の使い方をダンシングポジション、シッティングポジション共にそれぞれ2つに分類し、それぞれのポイントについてお話ししてきました。今回から3回に分けてそれぞれのポイントの評価方法についてお話ししたいと思います。

Ⅰ.低速域ダンシングポジションの評価
Trainer’s Houseではポジション別の評価を行う為のトレーニングプログラムを動作解析と称して3つのメニューを行い、それぞれのポイントがわかりやすく評価できるように負荷、距離、セット数を考えて実施しています。

低速域ダンシングポジションのポイントは最大出力を支えるため反作用による加重ロスを最小限に留める事です。その為には「体重+脚力」を最大限に発揮できるポジションでペダル加重を行い、その反作用をしっかりと抑え込めるようバンドルのグリップから背部、体幹部と力を繋ぎ骨盤の位置が”浮き上がらないよう””捻れないよう”にする事です。

スタンディングスタートの高等技術として極端に重心を前方移動して最大トルクをかける方法もありますが、ここではそれを除いたスタンダードな低速域からの加速についてお話しします。

ここで行うトレーニングメニューは通称3-5-8と呼んでいる低速からのダッシュトレーニングです。

⦿30m-50m-80m ダッシュインターバル
・ギア設定 : 選手にとって踏みこなせる最大のギア
  ※反作用によって極端な代償動作(加重ロス)がおきない範囲
・距離 : 30m,50m,80m
・インターバル : 3分
・準備 : トラックのホームストレッチにスタート合図となるマーカーを設置し、その後30m地点、50m地点、80m地点にゴールの合図となるマーカーを設置する。

・トレーニング方法 :
シッティングポジションでウォークアップ(歩く程度の速さ)で走行しスタートのマーカーを合図に自分のタイミングでダッシュする。

1本目は30mマーカーをゴールとし、ゴール後はゆっくりとしたスピードで走行しながら3分のインターバルを取る。

その後同じ要領で50m,80mと計3本行って1セットとする。これを1〜2セット程度行う。セット間のインターバルは5分程度。

・撮影方法 :
ダッシュポイント〜10m程度の間を、極力選手の真横から連続して撮影する。その上で踏み込み側のクランクが水平になる画像を選び前後の車輪の中心(ハブシャフト)を目安に水平を取る。

また、踏み込み側のペダルシャフトを通る垂線を引き選手の重心位置の判断の目安とする。

評価ポイント① : サドル座面からの浮き上がり
ペダル加重に対する反作用を一番受けやすく、最も分かりやすいのがサドル座面からの浮き上がりです。

シッティングポジション時に比べ重心を前方に移動するため腰が浮き上がること自体に問題はありませんが、これが極端に浮き上がっている場合ペダルに対して脚力を発揮する股関節や膝関節が伸びてしまい下死点まで踏み切ることが出来なくなります。

目安としてはサドルの先端部分がハッキリと目視できる所まで腰が浮き上がっている場合改善が必要になります。

評価ポイント② : 体幹部の捻れ及び重心の位置
体幹部の評価ポイントは2点あります。1つは体幹部の捻れ。もう1つは重心の前後位置です。

■体幹部の捻れ
ペダル加重の反作用は骨盤を浮かせる方向、つまり上方向に働きます。それに対してハンドルを引きつける力は体幹部を下方向に押し下げようと働きます。その際、腕から背中にかけて引きつけようと働く力と、反作用で浮き上がろうとする力によって体幹部が捻れてしまう場合があります。

この捻れを見分ける方法としては体幹部のウェアーに縦皺が入る、あるいは真横から撮影しているにもかかわらず奥の肩や腕(この画像の場合右肩・右腕)が見えている事などから判断します。

この兆候が現れている選手は脚力、背部、体幹部の強化のバランスが崩れており、特に体幹部(コア)の強化が遅れているため改善が必要です。

■重心の前後位置
スタンダードなダンシングポジションでは、ペダル加重の反作用に対して体重を最大限利用するため、ペダルシャフトに対して重心を乗せるように意識します。

これを判断するポイントとしては、クランクが水平位置にある時(最もトルクがかかる位置)ペダルシャフトを通る垂線を引き、その線に対して上半身がどの割合で位置しているかを確認します。

前後のバランスが半々程度に位置している時に最も反作用を抑える事が出来るので、極端に前後している場合は改善が必要になります。

評価ポイント③ : 肩関節の力み
低速域ダンシングポジションでは、最大のペダル加重によって生じる反作用を抑え込むため上半身の出力も最大になります。その際ハンドルのグリップや腕の使い方によって肩関節に無駄な力みが出てしまう場合があります。

特に上腕二頭筋や三角筋、僧帽筋上部繊維に強い力みが生じた場合、肩が怒るように盛り上がってしまいます。

この状態で走行した場合低速域では問題ありませんが、ケイデンスが上がり中速域に入るにつれて力みからくる肩関節の硬さ(動きの悪さ)のため左右の重心移動を遅らせる原因となります。体幹部よりも明らかに肩関節が盛り上がって見える場合改善が必要です。

評価ポイント④ : 踵の下がり
サドル座面からの浮き上がりと同様に分かりやすいペダル加重のロスが踵の低下です。ペダルに対して踏み込む力(ペダル加重)を伝えるのは親指の付け根になる拇指球です。

この位置で正確に踏み込めていればペダリングの二大ロスと言われる”がに股”や”踵の低下”は起こりません。

しかしビンディングで固定され、ソールが硬くホールド性能が良くなったシューズでは拇指球での踏み込みを特別に意識しなくてもペダルを踏み込む事が出来ます。

その為気がつかないうちに踵が下がりペダル加重のロスが大きくなっている事があります。また踵の低下は下死点でのペダルの切り返しの遅れに繋がりやすく中速域に移行する際加速の妨げになります。

シューズのソールが水平よりも下がっている場合拇指球での踏み込みを意識して改善する必要があります。

低速域ダンシングポジションでは以上の4点に注視して改善点を導き出して行きます。

AUTHOR PROFILE

佐藤一朗 さとう・いちろう/自転車競技のトレーニング指導・コンディショニングを行うTrainer’s House代表。運動生理学・バイオメカニクスをベースにしたトレーニング理論の構築を行うと同時にトレーニングの標準化を目指す。これまでの研究の成果を基に日本代表ジュニアトラックチームを始め数々の高校・大学チームでの指導経験を持ち、現在はトレーニング理論の普及にも力を注いでいる。中央大学卒/日本競輪学校63期/元日本代表ジュニアトラックヘッドコーチ                                       ▶筆者の運営するトレーニング情報発信ブログ    ▶筆者の運営するオンラインセミナーの情報

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