佐藤一朗「効果的なトレーニングのための優先順位」

Posted on: 2022.10.07

トレーナーズハウスでは「トレーニングとは身体に対して一定の刺激を入れ続け、それによって身体に変化を促すこと。」と考えています。

・筋肉を肥大させ筋力を上げる。
・酸素の運搬能力を高めエネルギー代謝を高める。
・神経プログラムを構築して運動スキルを高める。

これら全てが競技力向上の為に不可欠な要素であり、それぞれに適した刺激の入れかた、すなわちトレーニングの方法があります。

それらをバランス良く取り入れて選手それぞれの現状に併せ目標に向かって最短でたどり着くために効果的なトレーニングプログラムを構築したいといつも考えています。

一方で幾らトレーニングを積み重ねてもあまり効果が現れない事もあります。トレーニング強度や方法があっていない、そもそも目的に対してプログラムが適していない事もあるかもしれません。

しかしそういった問題とは違う理由で効果が出にくくなってしまう事があります。それはトレーニングプログラムを組み立てる際の優先順位を間違えている場合です。

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〜回想録〜
私が競輪選手としてデビューした頃(30年以上前)、地元での一般的な練習は午前中に4〜5名の練習仲間と街道を60km〜70km程度乗り込む間に、見通しの良い山間部の田舎道で何本かもがきを入れると言うものでした。

もともと中長距離向きの脚質だった事もあり私には丁度良い練習だった事を覚えています。その頃の競輪のレース自体が二分戦(ライン戦)が中心で主導権を取れば後ろの選手が援護してくれることもありスピードのない私でもある程度戦う事が出来ました。

しかしレースの中心が三分戦に移行しダッシュ力とスピードが求められるようになってくると徐々に対応する事が難しくなって行きました。

練習ではさらにもがく本数を増やしたり、ダッシュ力を付けるために登坂もがきを取り入れたりとしましたが、思うように改善する事はありませんでした。

・競輪選手として必要な基礎体力を維持するために乗り込みを行う。
・トップスピードを上げるために街道練習中にもがきを何本も行う。
・ダッシュ力強化の為に手頃な坂道があれば登坂ダッシュを行う。
・それに加え午後からは筋力トレーニングもしっかり行っていた。

競輪選手として必要な要素をしっかり取り入れトレーニングしていたにも関わらず私の成績は改善する兆しが見えませんでした。

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競技力を強化するためには現状を把握し目標とする競技力とのギャップを割り出し必要なトレーニングプログラムを構築する。これまで何度もお話ししてきたことです。

しかし実際には私が経験してきた事のように、必要な要素を取り入れているにもかかわらず効果が現れてこない場合があります。それは身体に入れる刺激、あるいはトレーニングメニューの優先順位を考えずにプログラムを構築してしまっているからです。

当時私が行っていたトレーニングプログラムをベースにして考えて見ましょう。

<デビュー当時の平均的なトレーニング>
 午前:地元の公園駐車場に集合して60kmの街道練習にスタート。街道練習の途中に200~300m程度のもがきを3~4本
 午後:ウェイトトレーニング 2時間程度

1日のトーニングプログラムの中で行っている要素を時系列に沿って抜き出してみると以下の様になります。

1.エネルギー代謝の強化及び基礎体力の向上
2.ダッシュ力・トップスピードの強化
3.筋力の向上

ここで考えなくてはならないのはトレーニングメニューの内容や量などもそうですが、それ以上にトレーニングを行う順番、刺激を入れる順番に問題がありました。

運動生理学のところでお話ししましたが私たちの身体を動かす筋肉やエネルギー代謝のメカニズムを考えると身体に入れる刺激とその優先順位には普遍的なものがあります。

トレーニングの優先順位の決定の為に考慮しなくてはならないのはエネルギー代謝と筋疲労の問題です。大きな出力をする為には筋肉が疲労していない状態で、かつ筋肉の酸性度(水素イオン濃度/pH)が高い状態である必要があります。

その為最大出力を必要とするトレーニングは疲労が少ない状態で行う事が最も効果的と言うことができます。

逆にエネルギー代謝の向上を目的とした有酸素系のトレーニングは酸性度を低くした状態(酸素を大量に消費した状態)から回復させる事が最大の負荷となるため大きな出力を行った後の方がより効果的なトレーニングを行うことが出来ると言えるでしょう。

つまり身体に取って効果的なトレーニングを行うためには、高い出力を必要とするものほど先に行わなければならないと言うことです。これは1日のトレーニングにだけ言える事では無く、半日のセッションでも1週間の合宿でも同じ事が言えます。

もちろん1週間の合宿で前半全てにパワー系、後半全てを持久系と分けるのでは無く、全体の流れとして出力の高いものを疲労の少ない合宿前半に配分し、疲労が蓄積し始める後半には集中力も落ちて着やすいので、目先を変える意味でも技術系を含む持久系を配置して全体のトレーニング強度を保つ工夫をすると言うことになります。

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〜回想録〜
これらの事を元にもう一度私が現役時代の練習を振り返ってみると、トレーニングを行う順番が全く逆であった事が分かると思います。

これを改善するには単に順番を入れ替えれば良いと言うものではありませんが、少なくとも街道練習中にもがきを入れても競輪の為の練習にはあまり効果が無かったと言うことですね。

デビュー後何年かしてそのことに気がついた私は練習内容を見直し、午前中は10km程度ウォーミングアップをした後に、神経系に刺激を入れる短めのもがきを行い、その後強度の高いもがきを2〜3本行って終了。

午後は街道の乗り込みや登坂による基礎体力練習へと変更して行きました。もちろんそれ以外にも色々と取り組みましたが、ここではテーマが違うのでまた別の機会があればご紹介します。

上記はトレーナーズハウスが行うTrack Camp(3泊4日)のベーシックなスケジュールプランです。

大会に向けた調整と言った特別な目的がない春期の合宿では初日にに動作解析を行った後、2日目は上半身と下半身の連動を意識したトルクアップ(筋力アップ)を中心としたメニューからスタートして、距離(時間)を延ばしてパワーへと移行し選手個々のフィジカル強化を中心としたプログラムを作成。

3日目に入ると午前中にトルク~パワー系と比較的強度の高いメニューで刺激を入れた後に技術系のメニューをエネルギー代謝(持久系)を目的として作成。

最終日になると選手の疲労もマックスに近づいていることを踏まえて、筋力的な強度は落とすものの心肺系の負荷を最大にしたインターバル形式のトレーニングで最後の追い込みをすると言った感じです。

もちろんそれぞれのセッション毎に筋力的に強度の高いものを先に、エネルギー代謝系(持久系)を後にしているのは言うまでもありません。

参考までに以前ご紹介した動作解析用プログラムを見てみましょう。

1.ウォーミングアップ
2.30m-50m-80m ダッシュインターバル (トルクアップメニュー)
3.フライングダッシュインターバル 100m (スキル系メニュー)
4.フライング600m(単走)/フライング800m(ペア) (パワー系メニュー)
5.リカバリー

3番目に行っているフライングダッシュインターバル100mはペダリングスキル改善の為のメニューですので、4番目に行っても良いとは思うのですがここでは動作解析を主たる目的として行っているためなるべく疲労の少ないタイミングで行う為にパワー系のメニュー前に行っています。

効果的なトレーニングを行うためにはトレーニングメニューの善し悪しだけでは無く、それを組み合わせる順番すなわちメニュー毎の優先順位を考慮してトレーニングプログラムを組み立てる必要があります。

AUTHOR PROFILE

佐藤一朗 さとう・いちろう/自転車競技のトレーニング指導・コンディショニングを行うTrainer’s House代表。運動生理学・バイオメカニクスをベースにしたトレーニング理論の構築を行うと同時にトレーニングの標準化を目指す。これまでの研究の成果を基に日本代表ジュニアトラックチームを始め数々の高校・大学チームでの指導経験を持ち、現在はトレーニング理論の普及にも力を注いでいる。中央大学卒/日本競輪学校63期/元日本代表ジュニアトラックヘッドコーチ                                       ▶筆者の運営するトレーニング情報発信ブログ    ▶筆者の運営するオンラインセミナーの情報

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