佐藤一朗「改めて考えるペダリングの難しさ」
前回、トレーニング指導を行う選手の幅が広がったという話を覚えていらっしゃるでしょうか?
※前回ログ「コーチも選手も皆同じ。進み続けなければ転びます。」
高校生からマスターズカテゴリーの選手まで様々な競技レベルの選手達を見ていると、ちょっとしたきっかけでトレーニングについて考え始めるスイッチが入ることをお話ししました。
これまでトレーニング指導は、ペダルに対して加重するロスを少なくする動作の習得を基本にしつつ、筋力のアップ、筋バランスの改善、持久力の向上と目的に応じたトレーニングプログラムを作ってきました。
画像データを見ながら自分自身の走行時のフォームやポジションを確認すると、ペダルに対してロス無く力を伝える事は簡単そうで意外にも難しい事だと言う事を多くの選手は気がついてくれます。
しかし重心ポジションや骨盤の位置などペダル加重の反作用に対する改善が進んでくると新たな問題点が表れてきます。それが今回のテーマでもある「抜重のタイミングの狂い」です。
前回もお話ししましたが、ペダルに対して加重できるのは上死点(時計で言う12時)を過ぎた所から、下死点(時計で言う6時)の手前までです。
上死点以前に後方から加重をかけることは出来なくはありませんが、上半身の力の使い方を考えると特殊な場合にのみに限られ、マウンテンバイクやクロスカントリーならいざしらずトラックやロードではほぼ出来ないと言って良いでしょう。また下死点以降に加重をかけようとした場合、以前イギリスチームが取り組んでいた特殊なスタート方法を用いれば可能ですが、スタートの2・3歩まででそれ以降は難しいと思います。
通常のペダリングを行った場合下死点を越えての加重は出力にはならず、特に固定ギアを使用するトラック競技ではバック(ブレーキング)が掛かり速度の低下を招く事になります。
その為スムーズな加速やダッシュを行う場合、踏み込み側のペダルが下死点に到達するまでに加重を止め、反対側のペダルに重心を移動しなくてはならないのですが、これはロス無くペダルに対して加重を行う以上に難しい事です。
実はある一定以上の競技力に達している選手は、この踏み込み側から力を抜いて反対側に重心移動をする動きが良くても悪くても一定の範囲で出来ています。もちろん飛び抜けてダッシュの速い選手はその切り返しが異常とも思えるほど早いのが特徴ですが、ダッシュのあまり早くない選手でも切り返しはそれほど遅くはありません。
現在僕の指導の中心となっている鹿屋体育大学の選手の中にもこの切り返しが遅い選手はいます。それらの選手は全て大学に入ってから自転車競技を始めた選手で、その原因は単純に「自転車に慣れていない」と安易に片付けてしまっていました。
しかし最近になって幅広い競技レベルの選手を指導させて戴く様になってからというもの、ペダル加重の切り返しが遅い選手が思った以上に多い事に気がつきました。(今更ですみません)
ペダル加重の切り返しが遅れる原因の1つは、自分でイメージしている踏み込みのポイントと抜重のポイントがずれていることです。殆どの場合これを無意識に行っているため修正を難しくしてしまっています。
では特別に意識をしなくても出来ている人はどんな人なのでしょうか?
1つはジャンプ系や俊敏性を要するスポーツを過去に行っていた選手が上げられます。陸上の短距離系やジャンプ系、変わったところではアルペンスキーの選手などもこの能力に長けている人が見られます。
そしてもう1つは自転車競技の選手でも、競技を始めた初期段階で軽いギアを用いてしっかりと回転系のトレーニングを行った人もペダルの切り返しが早い選手が多いようです。
さらに言うのであれば、自転車競技でも幼少期にBMXを経験している選手は、重心軸の安定と抜重の速さを体得している人が多く見られます。
年齢や競技歴の経過と共に出力を高める事は出来るようになります。しかし身体を動かす為の神経系トレーニングはやはり早い段階で取り組む必要があるようです。小学生ぐらいで自転車競技を始めさせようとする場合、ロードに乗せる場合でも極力軽いギアを使用し、出来る事であればBMXの様にバランスと回転力を要求されつつ、気軽に乗る事が出来る自転車で楽しみながら親しんで貰えるようお勧めしたいと思います。
イメージとしては、①ランニングバイク、②BMX、③ロードバイク、④トラックバイクと言った感じでステップアップして貰えれば理想ですね。
これを読まれたお父さん・お母さんライダーの方は是非お子様に!! よろしくお願いします。
既に競技を始めてしまっている方で、重心移動が上手く行かず平地でのダッシュや坂道での加速がスムーズに出来ない選手の方は、今からでも遅くありません軽めのギアで緩やかな坂道を利用したダッシュトレーニングをしましょう。
ポイントは普段よりも少し早めに踏み込むのを止めて反対側に重心を移動することです。タイミングで言えば、時計の5時ぐらいでしょうか!?6時(下死点)まで踏み込まずにワンテンポ早めに切り返しを始めましょう。
たったそれだけの事なのですが、実はそれがとっても難しいんです。幾らやっても出来ない人は、ハンドルのグリップから骨盤までの使い方をもう一度見直して見てください。簡単に言うと、腰を浮かせた状態で下肢を素早く屈伸させるためには、上半身のスタビリティーが非常に重要だからです。
画像1枚目は、今年5月に新入生の動作解析を行った際のものです。画像左は最大トルクに近いペダリング角度での画像、右は下死点をやや越えたペダリング角度での画像です。
2枚目は分かりやすいようにチェーンリングの所だけズームしてみました。最大トルクをかけているときには下側チェーンのたるみは最大で、上側チェーンに高いテンションがかかっていることが分かります。
一方下死点を過ぎた所では下側チェーンのたるみが小さくなり、上側チェーンのテンションも低くなっていると推測されます。しかし、下側チェーンにたるみが残っている事からブレーキングがかかってしまっているとまでは考えられません。つまり適切なタイミングで重心移動が行われている言う事です。