佐藤一朗「目標の設定と競技力の分析②」

Posted on: 2022.05.22

私は選手を評価する、あるいは選手を強化するためのトレーニングプログラムを作成する際、3つの要素で選手を見ています。言い換えれば競技力を構成する要素を3つに分類してそれぞれのパフォーマンスを評価し、競技力を向上させるための優先順位を決定してプログラムを作成しています。

“いきなり難しい話がスタートしてしまいました。ようやく前振りが終わったのでそろそろ本格的にスタートしようとエンジンを掛けてみました。”  独り言

競技力を構成する要素と言うとあまりピント来ないと思うので、もう少しわかりやすく言うと「レースで勝つために必要な事」と言った感じでしょうか?

皆さんも一緒にどうすれば速く走れるのか、どうすればレースで勝てるのか、思いついた物を書き出してみてください。

・速く走ることが出来るようにパワーを上げる
・ゴール勝負で勝てるようにスプリント力を付ける
・長い距離をバテずに走れるように持久力を付ける
・登り坂を速く走れるようになる
・集団走行に慣れる
・コーナーリングを上手くなる
・人の後ろを上手く追走して脚を溜められるようになる
・軽くて空力に優れた最新の自転車を買う
 etc….

私の周りにいる人に聞いてみたら、表現方法は様々でしたが上記のような意見が聞かれました。少々笑ってしまうものもありますが、どれも理解出来る意見だと思います。

この質問をした後に意地の悪い私はさらに追加して質問をしてみました。
「パワーを上げるにはどうしたら良い?」
「スプリント力を付けるにはどうしたら良い?」
「持久力を付けるにはどうしたら良い?」 と、言うように。

“最新の機材を買うためにはお金を貯めてください。その為には一生懸命働きましょう!” 独り言

確かにパワーを上げれば速く走れるようになります。そのパワーの最大値を大きくすればスプリント力も高くなります。そしてその力を長く使えれば戦える持久力も高まるでしょう。それは間違いありません。

でも問題はどうすればそれが出来るかと言うことです。

私が現役の頃であれば、パワーを上げたいと思えば筋トレや、タイヤを引き、あるいは坂道を座ったまま登ったりと負荷の高いトレーニングを行い、スプリント力を高める為には複数名でもがいたり、オートバイを使った高速域でのトレーニングなどスピードレンジを上げたトレーニング、あるいは持久力を高めるために日々の乗り込みとは別に合宿を組んで長距離を走ることもありました。

つまり目的とするパフォーマンスを上げる為に、それを必要とするトレーニングを行っていたと言うことです。これは一定の効果があり正しい選択の1つだったと思います。ただ最善であったか?と聞かれると言い切れない部分もあります。

過去に私たちの時代の選手が行っていたトレーニングは良くも悪くも実戦を想定して、そこに繋がる事をイメージしたトレーニングを繰り返していました。

それは私がプロとしてデビューしたときもそうでしたし、後輩選手が出てきたときにも替わることはありませんでした。なぜなら自転車で競走するのであれば自転車に乗ってトレーニングする事が最善という思い込みがあったからです。

選手生活も晩年に差し掛かった頃何人かの選手(弟子)を指導するようになったのですが、一緒にトレーニングをしていて強くなって行く選手もいる中で伸び悩んでいる選手もいました。

今考えれば、私たちがやっていたトレーニングに合った選手は伸び、合わなかった選手は伸び悩んでいたのだと解りその頃のことを思うと胸が痛みます。

そんな経験があったせいか選手を引退して指導者としての勉強を始めた頃になるとそれぞれの選手にとって最善と思われるトレーニングについて考えるようになりました。

私が指導者になりたての頃トレーニングを見ていて考えたのは、速く走れる選手と走れない選手の違いは何かと言うことです。

ダッシュ力、トップスピード、持久力と言った基本的な走力に差があるのは当然なのですが、それ以外に違いが無いかどうかを目視であったり、画像や動画のデータにして比較したりもしました。

当時鍼灸按摩マッサージ指圧師になるための専門学校に通っていたこともあり、治療を行う際に必須となる”視診”の要領で選手の動きを観察していきます。

“鍼灸按摩マッサージ指圧師における視診とは・・・
鍼灸按摩マッサージ指圧師は医師と違いレントゲン等の医療器具を使用して患者の状況を把握することは出来ません。

その為歩行時や立位、座位、臥位など様々な体位での身体の動きを目視で確認し骨格や関節、筋肉の動きの状態を把握する事、あるいは表情や血色など目視で確認出来る様々情報からその時の症状を判断する事を視診と言います。”

そこでわかったことは、自転車に乗る姿勢(フォーム)を含め身体の使い方がまちまちだと言うことです。当時でもペダリングについての話は良く聞きましたが、それ以外の身体の使い方についてはあまり聞くことがありませんでした。

上半身を前傾姿勢にする、ハンドルを引くといった程度の話は聞いたことがありますが、それ以上の情報は殆ど無く何が正解か全く判らない状態です。

そこでやむなく始めたのが自転車で走行する際のフォームやポジションについての情報収集です。

幸い当時は母校の大学の指導に携わっていましたので、国内で行われる様々な大会で選手のフォームやポジションが確認出来る画像を撮影し続けました。それは徐々にエスカレートして行き、終にはトラック世界選手権まで取材と称して撮影旅行に出かけて行くまでに至ります。

その後は膨大な数のデータ収集を行いつつ一定のところで仮説を立ててはトレーニングに反映し、そこから得られた結果を基にさらに情報を集める。

それを何年間繰り返してきたでしょう。気がつけばデータバックアップの為の外付けHDDが毎年1台ずつ増えて行き、今では作業用デスクの脇には8台のHDDが並んでいる有様です。

そんな事を繰り返しているうちに選手に対して指導する方法にある程度形というかテンプレート的な考え方が出来てきました。それが冒頭にも書いた3つの要素です。

<佐藤の考えるコーチングの評価基準>

■1つは今まで一般的に用いられてきた身体的能力(フィジカル)です。簡単に言うと速く走るために必要な筋力とか持久力と言った様な”運動生理学”を基にに評価される要素の事を指しています。

■2つ目は、選手が個々に持っている身体的能力(フィジカル)を自転車を走らせる為にロス無く伝える事が出来る技術や、その為に必要な筋力及び筋バランスと言った”バイオメカニクス”を基に評価される要素。

■3つ目は上記2つの力を発揮して実際にレースで走る際の戦術や自転車のコントロール技術などいわゆるスキルと呼ばれる”戦術・技術”を基に評価される要素です。

これら3つの要素は複雑に絡み合っているため、どの要素が優れていてどの要素が劣っているかを判断するのは非常に難しい事です。1つの要素にフォーカスしすぎると他の要素を見失ってしまいがちになるので注意が必要です。

目標を立て、ランドマークの設定が出来たら自分自身(選手)の能力を3つの要素でしっかりと評価し、それぞれの優先順位を定めた上で強化プログラムをスタートさせましょう。

AUTHOR PROFILE

佐藤一朗 さとう・いちろう/自転車競技のトレーニング指導・コンディショニングを行うTrainer’s House代表。運動生理学・バイオメカニクスをベースにしたトレーニング理論の構築を行うと同時にトレーニングの標準化を目指す。これまでの研究の成果を基に日本代表ジュニアトラックチームを始め数々の高校・大学チームでの指導経験を持ち、現在はトレーニング理論の普及にも力を注いでいる。中央大学卒/日本競輪学校63期/元日本代表ジュニアトラックヘッドコーチ                                       ▶筆者の運営するトレーニング情報発信ブログ    ▶筆者の運営するオンラインセミナーの情報

佐藤一朗の新着コラム

NEW ENTRY