佐藤一朗「Trainer’s Houseのトレーニング理論 ②」

Posted on: 2022.08.05

Trainer’s Houseではトレーニング指導の依頼を受けた後、選手から提供された競技力の情報を基にある程度の競技力を推測します。

その後動作解析用のプログラムを行いながらバイオメカニクス的な見地から選手の自転車を走らせる技術(スキル)や、それに必要な筋力や筋力のバランスについて確認して行きます。

ここで行うプログラムとは、目的とする身体の使い方を行いつつその動きが正確に行えているかを判断しやすいトレーニングメニューを作成します。

低速域ダンシングポジションでは低速域からのダッシュを高い負荷(高いギアレシオ)をかけて行い反作用による加重ロスを最小限に出来ているかを確認し、中速域では中速域からのダッシュを軽い負荷(軽いギアレシオ)をかけて行い左右の重心移動に遅れが出ていないか、代償動作によって加重ロスを増やしていないかなどを確認します。

わかりやすく言えば敢えて問題点が出やすいような状況(トレーニングメニュー)を作り、ウィークポイントをあぶり出す感じですね。

それでは今回は前回に引き続きシッティングポジションの分類についてお話ししましょう。

自転車で走るとき、殆どの時間はシッティングポジション(サドルに座った状態)で走っていると思います。

それは出力を高めて走っているときだけでは無く、リラックスして走っていたり、ロードバイクで下り坂を脚を止めて走っている時など様々なシチュエーションが考えられますが、ここでは出力を高めて加速するあるいは一定のスピードで走り続ける事を前提にお話しします。

シッティングポジションでトップスピードを出そうとする、あるいは高いスピードを維持しようとする時にまず理解して欲しいのが、シッティングポジションでの身体の使い方の違い(分類)です。

皆さんも恐らく無意識で行っている思うのですが、加速しようとするときあるいは全力でスプリントをしているときの身体の使い方と一定以上の速度で巡航しているときの身体の使い方には違いがあります。

シッティングポジションで加速する際、殆どの人は自然にハンドルを引きつけ前傾姿勢になっていると思います。それは空力を良くしたり、ハンドルを引きつける事で上半身が安定したり(スタビリティーが増す)と言った要因もありますが、実はもう1つ大きなポイントがあります。

上半身を前傾姿勢にすると自然と体幹部や骨盤も前傾する事になります。当たり前の事を言っているようですが、まずここを押さえておいてください。

一方、一定速度でスピードを保ちながら巡航しているときは、加速状態に比べ上半身をやや浮かせ気味になります。トラックバイクであれば腕を伸ばし気味になったり、ロードバイクではブラケットを持ちながら走る人もいると思います。

この時上半身の姿勢が浮き上がると同時に骨盤の前傾角は解消され徐々に後傾されていきます。

さて、ここで佐藤一朗のコラム恒例の小難しい話が始まります。

自転車のセッティングを行う時、多くの人がサドルの高さや前後位置に悩んだことがあると思います。サドルに跨がってペダリングをする時、思っている以上に自由度が高いことがその悩みを深くしていきます。

一般的に良いと言われている”このくらいの高さ””このくらいの前後位置”に合わせても自分にとってそれがベストか?と聞かれればプロ選手でも即答は出来ないものです。

最近流行っているフィッティングサービスでは、個々の選手の骨格や間接の可動角から理想的な数値を割り出している事が多いようですが、実際にはそれに加え現在の筋バランス(筋肉の可動域や筋力の強さ)なども影響したり、目的とした走り方によって理想的なセッティングには幅があるからです。

では、ペダリングに支障が無い一般的な範囲内でサドルの高さや前後位置を変えると身体の使い方にはどのような変化があるのでしょうか?

自転車を走らせるために直接働くのは“股関節”“膝関節”です。もちろんそれ以外の関節の働きも無ければ走れないのですが「直接=出力に繋がる」と言うことで、この2つの関節に絞ってお話しします。

この2つの関節はどの位置にサドルがあったとしてもペダルを踏む力を発揮する事には変わりないのですが、サドルの位置によって踏みやすさ、発揮しやすさが変わってきます。

○股関節(大殿筋・ハムストリングス )の特徴
・一般的には出力は低いが持久力を発揮しやすい筋肉が発達している。
・サドルが低い、あるいはサドルが後方に位置すると力を発揮しやすい。

○膝関節(大腿四頭筋)の特徴
・一般的には持久力は劣るが出力が高い筋肉が発達している。
・サドルが高い、あるいはサドルが前方に位置すると力を発揮しやすい。

この2つの関節の特徴を基にセッティングによるペダリングの特性を考えて行くと、ニュートラルな位置(標準的な位置あるいは現在の位置)と比べサドルをやや低め、やや後方に移動した場合出力は下がるが持久力に優れた股関節の力を使いやすいポジションとなるためトラックの中長距離種目やロード、あるいはサイクリングに適したセッティングとなります。

逆にやや高め、やや前方に移動した場合持久力は劣りますが出力を高めやすいポジションとなるためトラックの短距離〜中距離、ロードではタイムトライアルなどに適したセッティングとなります。

サドルの位置の変化によるペダリングの特性として説明しましたが、実はこれと同じような状況をサドルの位置を変えずに作り出すことが出来ます。
ここからは少し解剖学の話になります。

一般的に言う骨盤とは腸骨・座骨・恥骨と仙骨からなっています。サドルに座る時サドルの座面と接しているのは骨盤の中でも一番下にある座骨の部分です。一方股関節は骨盤の外側にあり、上下位置でいうと下から約1/3程度の高さにあります。

さて骨盤について解剖学的な理解が出来たら話を自転車に戻しましょう。

サドルの位置の変化は、シッティングポジションによる股関節の位置の変化です。サドルを前に出せばそこに座る骨盤も前に移動しますので、当然のことですが股関節も前方に移動します。逆にサドルの位置を後ろに下げれば同様に骨盤(股関節)も後ろに下がることになります。

最初の方でお話しした「ハンドルを引きつける」事によって生じる骨盤の前傾・後傾について思い出して見てください。

ハンドルを引きつける事で上半身と共に骨盤は前傾し、引きつけを少なくする、あるいは引きつけを無くすことで骨盤は後傾します。

この時骨盤はサドルの座面に接している座骨(骨盤の一番下)を起点に前傾・後傾するのですが、座面より高い位置にある股関節はこの動きに併せて前後に移動します。

もうお気づきの方もいると思います。

サドルの前後位置の変更によって起こるペダリング特性の変化は、骨盤の前傾・後傾の角度の変化によっても同じ事が起こると言うことです。

つまり、ハンドルを引きつけ前傾姿勢を深くすると、サドルを前方に移動した時のように膝関節の力が発揮しやすくなり出力を高める事が出来、ハンドルの引きつけを緩め上体を浮かせるようにするとサドルを後方に移動した時のように股関節の力を発揮しやすくなり持久的な走りをする事が出来ると言うことです。

事前説明が長くなってしまいましたがここからが今回の本題です。

👉Step2-2 シッティングポジションの2つの分類
これまでお話しした様に選手は自転車に乗って加速する、あるいは一定以上のスピードで走行する場合ハンドルを引きつけ上半身を前傾してペダリングしています。この時上半身と共に変化する骨盤の前傾角は、股関節と膝関節の出力割合を換えペダリング時に発生する出力や持久力を調整しています。

○加速時のシッティングポジションの注意ポイント
シッティングポジションで加速する際に注意しなくてはならないのは、ハンドルを引きつける際、腕の力で引きつけすぎてシッティングポイント(サドルに座っている位置)が前に移動してしまわないことです。

基本的にハンドルは腕では無く背中(広背筋を中心とした腕と背中を繋ぐ筋肉)で引きつけます。

その状態から前傾姿勢を深くしペダル加重を高める為に肘を曲げていくのですが、前傾姿勢が深すぎたり、腕で引きつけ過ぎてしまってはペダリングの起点となる骨盤のスタビリティーを損ねる事になってしまいます。

ハンドルを引きつけるのはあくまでペダル加重を増やすために骨盤のスタビリティーを高めることが目的なので、腕(上腕二頭筋)、背部(広背筋・脊柱起立筋)、体幹部(コア)をバランス良く使いハンドルを引きつける必要があります。

加速時のシッティングポジションでは、ハンドルを引きつける為に腕の力を使いすぎてしまい骨盤のスタビリティーを損ねないことがポイントになっていきます。

○シッティングポジションでスピードを維持して走る時の注意ポイント
シッティングポジションで一定以上のスピードを維持して走る場合、股関節と膝関節の力をバランスよく使うことがポイントです。加速時は大きな出力を必要とするためハンドルを引きつけ前傾姿勢を取り膝関節の高い出力を利用して走ります。

しかし膝関節を動かす大腿四頭筋は一般的に出力が高い代わりに持久力が劣る傾向にあります。その為前傾姿勢を保ち膝関節の出力を高い割合で使い続けるとスピードを維持し続ける事が出来なくなります。

これを改善する方法の1つが、体幹部や背部の力を使い上体を少し浮かせ気味にして股関節の出力割合を高める事です。股関節を動かす大殿筋やハムストリングスは一般的に持久力が発達していますので、安定した出力を続ける事が出来スピードを維持する事が出来ます。

競技力を高める為には膝関節の持久力を高める、あるいは股関節の出力を高めると言ったトレーニングが必要になることはもちろんですが、この股関節と膝関節の特徴は大きく変わることはありません。

その為それぞれの特徴を理解した上で、走行中に適した割合で変化させる背部や体幹部の筋力そして技術が必要になります。

シッティングポジションでスピードを維持するためには、骨盤の前傾角を上手くコントロールして股関節・膝関節の出力をバランス良く使う事がポイントです。

AUTHOR PROFILE

佐藤一朗 さとう・いちろう/自転車競技のトレーニング指導・コンディショニングを行うTrainer’s House代表。運動生理学・バイオメカニクスをベースにしたトレーニング理論の構築を行うと同時にトレーニングの標準化を目指す。これまでの研究の成果を基に日本代表ジュニアトラックチームを始め数々の高校・大学チームでの指導経験を持ち、現在はトレーニング理論の普及にも力を注いでいる。中央大学卒/日本競輪学校63期/元日本代表ジュニアトラックヘッドコーチ                                       ▶筆者の運営するトレーニング情報発信ブログ    ▶筆者の運営するオンラインセミナーの情報

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