佐藤一朗「パワーアップの為のトレーニング」

Posted on: 2015.04.21

前回トレーニングに付いて大まかな概要をお話ししたので、今回は少し各論についてお話ししたいと思います。まずはパワーを上げるためのトレーニングについてです。
 
まず最初にお話ししたいのが、最近流行のパワーメーターについての僕の見解です。(またかなり怪しい発言をします。)
 
何故かパワーを上げるためのトレーニングの話をしようとすると「パワーメーターを使ったトレーニングですか!? 」と良く聞かれます。”パワー”という名称が付いているので”パワー”が上がると思っている人が多いようなのですが、パワーメーターを使ったトレーニングでパワーは上がりません。

もちろん、実際には数値が上がってくるので「上がらない」と言い切るのには無理があるのですが、正確に言うと「今あるパワーを使えるようにするトレーニング」です。その辺についての説明は持久力のトレーニングの時に詳しく説明したいと思うので、それまでもう暫くお待ちください。
 
そもそもパワーとはどういう物か少し考えてみましょう。

ペダルを踏み込んでクランクを廻そうとする一踏あたりの力の事をトルクと言います。僕は分かりやすく説明するために加重(重さを加える)という言葉を使っていますが、正式にはトルクと言います。

そして1分間にクランクを廻す回転数の事をケイデンスと言いますが、このトルクとケイデンスを掛け合わせたものを一般的にはパワー(w)と呼んでいます。つまりパワーを上げるためには、一踏あたりのトルクを上げるか、ケイデンスを上げる、もしくはその両方と言うことになります。
 
恐らくここまでの話は殆どの人が一度や二度は見聞きしたことがあると思います。パワーを上げると言うことは文章にするともの凄く単純な事です。しかし問題は自転車競技に於いてどうすればそれが実現できるかと言うことにあります。
 
ランニングのように自分の身体だけで走る事であっても身体の使い方に色々とポイントがあり、競技レベルが上がれば上がるほど競技力の向上が難しくなって来るのに、自転車という道具を使うスポーツでは尚更です。
  
○トルクアップ

まず一踏あたりのトルクを上げる事を考えて見ましょう。
 
少し難しい説明になりますが、一般的に言う”トルク”と僕が使っている”ペダル加重”の違いについて補足説明をしておきます。自転車を走らせるためにペダルに対して力を伝える事を僕はペダル加重という言葉で表現していますが、これは脚力に自分の体重を合わせたものから反作用としてロスしてしまう分を引いた重さを表しています。

それに対してクランクを廻すトルクは、ボトムブラケット(B.B)のシャフトを廻す力の事を表しているので、ペダル加重とはイコールにはなりません。

ペダルに対して加えた力と、その時のクランクの角度、さらにはクランクの長さ等によって影響を受けるためです。その為この後の説明では正確な数値の比較という意味ではなく、ニュアンスで受け取ってください。
 
ペダルへの加重を増やすために1番簡単な方法は脚力を発揮する筋肉を太くして筋力を上げることです。筋力は筋肉の筋断面積と比例するので、脚の筋肉を太くすることでペダル加重を上げる事は出来ます。
 
「なんだ、簡単じゃないか!」と思われたでしょうか!? 問題はここからです。
 
ペダルを踏み込むために必要な筋力を強化すれば、その分ペダル加重が増えると思われがちですが、実は人の身体はそう簡単に上手く行ってくれません。

ペダルを踏み込む為に直接的に働く筋肉を「主動作筋」と呼んでいますが、その主動作筋が動かす関節が安定して稼働するためには、姿勢を維持したり動きを補助する必要があります。つまり筋力を高めても動きを安定(スタビリティー)させなければペダル加重は思うように増えてくれないのです。
 
以前お話しした動作解析では、単にポジションの問題だけでなく「スタビリティーに問題が無いか」という点もしっかりチェックしています。
 
○ケイデンスアップ

次にケイデンスを上げる事を考えてみます。
 
ペダリングはペダルを踏み込む脚を上下することで行います。もう少し詳しく言うと、股関節と膝関節を伸展する事で踏み込み、屈曲させることで脚を持ち上げます。この動きを速くする事でケイデンスは上がっていくのですが、この動きにブレが生じるとバランスを崩すので動作スピードは上がりません。ここでも先ほど出て来たスタビリティーが重要になってきます。

特に全てのペダリング動作の起点となる骨盤の安定は何よりも重要で、ダンシングポジションでもシッティングポジションでもペダル加重時の反作用を押さえ込むと同時に、ケイデンスアップに対応出来るようにスタビリティーも向上させなくてはなりません。
 
春先の合宿で良く行うメニューの1つに「ローギア・ハイケイデンス周回」というトレーニングメニューがあります。軽いギアでケイデンスを上げるトレーニングですから、脚や心肺機能に負荷が掛かるのは簡単に想像できると思うのですが、実は最もきついのは骨盤を安定させる為に使う上半身の筋肉だったりします。


(photo:Trainer’s House)

画像は昨年5月に行われた学生選手権チームロードでのスタートシーンです。62.4kmのチームタイムトライアルですからそれほど力んでスタートする場面ではありません。

それでも全員が自転車の傾きや体幹の捻れは皆無です。脚力のパワーをロスしないと言うことは、少ない出力で高いスピードを維持出来ると言うことです。タイムトライアルの様なレースでは走力の違いがそのまま結果となって表れてしまいます。
 
短距離選手のように絶対的なパワーを必要とする種目では下肢の筋力アップが必須ですが、必ずしも下肢の筋力アップをあまり必要としないロード選手であったとしても、パワーアップの為にはスタビリティーの強化は必須のトレーニングです。将来グランツール出場を目指している選手は今からしっかりパワー系のトレーニングも取り入れてください。

AUTHOR PROFILE

佐藤一朗 さとう・いちろう/自転車競技のトレーニング指導・コンディショニングを行うTrainer’s House代表。運動生理学・バイオメカニクスをベースにしたトレーニング理論の構築を行うと同時にトレーニングの標準化を目指す。これまでの研究の成果を基に日本代表ジュニアトラックチームを始め数々の高校・大学チームでの指導経験を持ち、現在はトレーニング理論の普及にも力を注いでいる。中央大学卒/日本競輪学校63期/元日本代表ジュニアトラックヘッドコーチ                                       ▶筆者の運営するトレーニング情報発信ブログ    ▶筆者の運営するオンラインセミナーの情報

佐藤一朗の新着コラム

NEW ENTRY