佐藤一朗「戦術や技術を向上させるための強化とは」

Posted on: 2022.07.01

運動生理学をベースにした強化やバイオメカニクスをベースにした強化はいわば競技力のベースとなる走力全体をベースアップする基本的な強化方法です。

それに対して戦術や技術を中心とした強化は、より実戦に即した強化の方法です。もちろんレースを想定して特異な技術的要素を含む場合もありますが、基本的な走力を高める事にも繋がる為一般的なトレーニングとしても多く取り入れられます。

実はこの技術的な強化に付いては文章にする事が凄く難しい分野でもあり、これまでこういったネットのコラムや書籍では書いてこなかった部分です。

今回は少し踏み込んで書こうと思い具体的な事例を上げて説明して行きます。その為ご自分の競技にはあまり関係が無いと興味を持たれない方もいらっしゃると思いますがご容赦下さい。

<ペダリングの基本を振り返る>
ペダリングの基本は?と聞かれると皆さんは何を思い浮かべられるでしょうか?

以前 Cycle Sports誌(八重洲出版)のアドバイザーとして何度かお手伝いさせて頂いたときにテーマになったのがペダリングについてでした。

私たちプロのコーチからするとペダリングについて改めて考える機会はあまり多くなく、現場の指導でペダリングに於いてロスが生じているとみられた選手に対して指導する事はあっても、うまく出来ていることが前提で指導にあたる基本的な部分なので改めて問われると返答に困ってしまったのを覚えています。

そのため本題に入る前に担当の編集部の方やライターの方達とディスカッションを行いこちらが返答する前に記事として「何を求めているのか」を探っていました。大変お恥ずかしい話ですが、ホビーのライダーの方達が何を求めているのか、私たちが考えていることと余りにもかけ離れているので良い返答が出来なかったのです。

一般的にペダリングの話をすると踵の位置や動かし方、クランクがどの位置にあるときにどの角度から踏み込むか等に興味を持たれる方が多いように感じます。

確かにペダルに直接入力をするタイミングや方法を知りたいという欲求はわかります。しかしそこだけにフォーカスしてしまうとペダルに対する入力がおろそかになってしまったり、全体のバランスを崩してしまう事に繋がり易くなってしまいます。

少し話が変わります。

ロードバイクを主に乗られている方だとあまり気にすることは無いと思いますが、トラックバイクに乗ると速く走る上で見落とせないペダリングのポイントがあります。それはペダルが下死点に達するときのペダリングのあり方です。

いきなり専門的なところに入ります。スミマセン。

理論上ペダルには、時計の針で言うところの12時〜6時までがペダルに対して力を加えられるポイントです。しかし皆さんもご存じの様に12時と6時のポイント、上死点と下死点は踏み込んでもクランクは廻りません。

真上から加重をかけたと想定する場合、上死点(12時)のポイントで加重がトルク(クランクを廻す力)に変換されるのは0%で廻すことが出来ません。

時計の針でいう1時の時点で50%がトルクになり、2時で87%、3時つまりクランクが進行方向に向かい水平になった時、加重の方向とクランクが90°で交わることから100%の力がトルクになります。その後4時で87%、5時で50%となり6時下死点で0%になります。

ロードバイクであればここまでで問題無いのですが、トラックバイクの場合それでは終わりません。つまり6時を過ぎた後に最大の問題が潜んでいます。

ご存じ無い方いらっしゃるかもしれませんが、トラックバイクは固定のシングルギアを使用しているのでギアは空転する事は無く、前に踏めば前進し、後ろに踏めば後退します。そしてブレーキが付いていないので、スピードを落とす際には後ろに力を入れてペダルが上昇するのを妨げる事で減速させる事ができます。

つまり時計の針が6時を過ぎた時ペダルに対して加重(踏み込む力)が残っていた場合、スピードを落とすことに直結すると言うことです。

機械のように正確なペダリングが出来る人であればともかく、普通の人にそれまで全力で踏んでいて、あるポイントで突然それを0にするのは簡単な事ではありません。

その為ポイントの少し前から抜重(ペダルを踏み込む力を抜く)を開始し、下死点(6時)に到達する時には加重が残っていないように工夫をしています。

簡単なイメージで言うと、5時くらいから抜重を開始し6時にはペダルに力がかかっていない、そして6時を過ぎたところでマイナスの加重がかかるように脚を持ち上げて(引き上げて)いると言った感じでしょうか?

ここで問題です。
ペダルから抜重を開始した時、反対側のペダルは何処にあるでしょうか?

難しくはありませんよね。

踏み込み側が5時の位置ですから、反対側は11時の位置にあります。

本当の問題はここからです。

踏み込み側は抜重を開始し反対側はまだ引き上げている途中と言うことは、両足からペダル加重が抜けている状態です。つまり簡単に言うと両足を浮かせていると言うことです。

もちろんサドルに座っている状態でのペダリングですから、両足を1度に浮かせることは可能です。ただしそれには条件があって、“ペダリングを行う脚の基点となる骨盤が安定している状態”が求められることになります。

さて、今回のゴールがようやく見えてきました。話を戻しましょう。

正確なペダリングを構築しようと思った場合、足首の角度とか、クランクの位置による踏み込みのポイントも非常に大切なポイントです。

しかし、それら全てはペダリングを行う基点である骨盤が安定している事、スタビリティーが確保出来ていることが大前提となります。そこをないがしろにしてどれだけペダリングについて考えても、砂上の楼閣のように簡単に崩れてしまいます。

ペダリングの改善、スタビリティーの確保を目的としたトレーニング方法の1つとして私のトレーニングプログラムの定番となっているメニューに「ローギア・ハイケイデンス周回」があります。

言葉の通り軽いギアで低速域から徐々にペースを上げ最終的にはMaxスピードまで上げていくプログラムです。もちろんギアが軽いのでスピード的にはそれほどでもありませんが、ピークケイデンスは160回転/分を優に超える事もあります。

想像してみて下さい。この回転数で走行するときの自分の姿を。恐らくハンドルにしがみつくように上半々のスタビリティーを高めていないとペダリングは出来ないハズです。

何か特別な技術を用いなければ出来ない個別な目的を持ったトレーニングプログラム。それが私の考える戦術や技術を向上させるための強化です。

AUTHOR PROFILE

佐藤一朗 さとう・いちろう/自転車競技のトレーニング指導・コンディショニングを行うTrainer’s House代表。運動生理学・バイオメカニクスをベースにしたトレーニング理論の構築を行うと同時にトレーニングの標準化を目指す。これまでの研究の成果を基に日本代表ジュニアトラックチームを始め数々の高校・大学チームでの指導経験を持ち、現在はトレーニング理論の普及にも力を注いでいる。中央大学卒/日本競輪学校63期/元日本代表ジュニアトラックヘッドコーチ                                       ▶筆者の運営するトレーニング情報発信ブログ    ▶筆者の運営するオンラインセミナーの情報

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