佐藤一朗「覚えて欲しいウォーミングアップの大切な役割・トレーニング各論①」

Posted on: 2015.07.22

一般的にトレーニングを行う際、ウォーミングアップは誰もが行っていると思います。(勝手な推測です。)ウォーミングアップを辞書で調べると「競技の前に行う軽い体操などの準備運動」とされています。恐らく多くの方が同じ様な認識を持っているのでは無いでしょうか?


画像は今月初旬に行われた学生選手権でのウォーミングアップ
 
しかし実際に行っているのを見るとそのやり方は様々ですね。アマチュアの方はバンクで周回練習を20~30回程度行うのが一般的でしょうか?競輪選手だと開催中は朝の指定練習以外にバンクを走れないので、ランニングやローラー等で行う人が多かったと思います。
 
ウォーミングアップは、激しい運動を行う前に筋肉や関節を温めておくことで、スムーズな動きを期待したり、故障の防止に役立つと言われています。もちろんそれは間違っていません。しかし出来ればもう1つウォーミングアップの重要性について覚えておいて欲しい事があります。
  
僕がウォーミングアップについて改めて説明するようになったきっかけは、女子選手による競輪「ガールズケイリン」が始まったことに起因します。

現在は諸々の理由でギア規制が始まり男子は4.00未満、女子は3.80未満のギアしか使えなくなっていますが、当時男子の競輪はまさに「大ギア」ブームでした。男子と違い女子選手はフィジカル面の弱さや、自転車競技に対する適応力がまだまだ不足しているにも関わらず、男子の影響か大きめのギアを踏むのが当たり前のような雰囲気が漂っていました。

取材の際インタビューをさせて貰うと殆どの選手が「先輩からのアドバイス」と異口同音に答えます。恐らく自分の脚力や脚質が分からない状態なので、先輩のアドバイスを参考にしていたのだと思います。
 
そんな時、ある選手からこんな言葉を聞きました。「大ギアに慣れるためにアップの周回からギアをかけている。」と。もちろんそれも先輩のアドバイスだったそうです。

少し興味を持ったので、その後の練習の事とか選手自身の感想を色々聞いたのですが、答えは思った通りでした。「アップで一杯になってしまい、その後の練習も全然走れなくなってしまった。」と言う事です。
 
ひょっとしたら、ウォーミングアップについて勘違いしているのでは無いだろうか!?
 
これまでこのコラムを読んで戴いている方は気がついているかもしれませんが、ウォーミングアップにはもう1つ大切な役割があります。「心拍を上げる」事です。心拍を上げると書くとピントこないかもしれませんが、分かりやすく言うと「酸素の供給量を上げる」と言うことです。
 
筋肉を動かす際のエネルギー供給についてはこれまでもお話ししてきましたが、簡単にまとめると高トルクを出力する速筋線維は無酸素系のエネルギーで動作し、持久系の遅筋線維は酸素の供給を経て有酸素系のエネルギーで動作します。

運動を始めたばかりの状態、つまり心拍が上がっていない状況では有酸素系のエネルギー供給はそれほど高くありません。もちろん日常生活でも働いていますから動くには十分な量の酸素が供給されています。

しかし高トルクを必要とするような動作をいきなり始めると、無酸素系の代謝物としてピルビン酸や乳酸が産生されるため、筋肉は酸性へと傾き出力を出しにくい状況に陥ってしまいます。もちろんそんな状態では効果的なトレーニングを行えるはずはありません。
 
そこで、高いトルクを必要としない負荷(軽いギア)を使ってゆっくりとしたペースから運動を始め、徐々にスピードを上げ出力を高めて行くことで筋肉のエネルギー代謝を徐々に活性化していきます。

そして最後は多少息が切れる程度のレベルまでスピードを上げる事で、心拍、すなわち血液循環を高め、酸素の供給がスムーズに行える状況に身体の準備を整える、これがウォーミングアップです。
 
もちろん、アップを終えレスト(休憩)を取れば心拍は下がってきます。しかし安静時のようなレベルに下がることはありません。再び運動を始めれば直ぐに必要な酸素が供給出来るレベルの心拍に回復するはずです。(もちろん休憩を取りすぎたり、身体が冷えやすい状況では注意が必要です。)
 
参考までに、少し心拍数(ハートレイト)についてお話ししましょう。これは治療家としての観点からの話になるのですが、心拍の変化、つまり上がり下がりの推移を見ることでコンディションの把握が行いやすくなります。

まずは「毎朝起床時の安静時脈拍」を測る習慣を身につけてください。安静時脈拍とは、朝起きて布団を出る前に測る脈拍です。つまり1日の活動を始める前に測る最も低い脈拍の事ですね。日によって多少の誤差はあると思いますが平均的な脈拍数よりも高い場合、身体が疲れている(疲れが抜けきっていない)事が考えられます。

1分間当たりの脈拍数が5回程度高い場合、その日のトレーニングは少し控えめにした方が良いかもしれません。そして10回以上高い場合、疲れの蓄積が心配です。

トレーニングをやったとしてもリカバリー程度に抑え、可能であれば完全休養を勧めます。もちろんこの目安は人によって多少前後するので、継続的に心拍数を計測し、自分の体調や練習記録と併せる事で自分なりの指標が見えてくると思います。
 
自分の心拍数が把握できるようになったら、今度はトレーニング中にも測ってみましょう。今はハートレイトモニターという便利な機器が普及しているので、持っている人はこれを活用してください。ポイントはトレーニングを始める前の数値とアップ後のレスト中の数値をしっかりと把握しておくことです。

その上でトレーニングメニューを行う都度、開始前の数値とトレーニング直後の数値を記録します。この数値はパワーメーターの様にリアルタイムの数値ではありませんが、数値の変動を追うことでその日の体調が分かってきます。

何時もより高い数値まで上がっている場合、ウォーミングアップが十分に行われたか確認して見てください。また何時もより回復が遅い場合疲労が蓄積していないか、負荷が適正か確認してください。そして必要であればトレーニングメニューの変更、もしくは中止も検討してみる必要があるかもしれません。
 
心拍数(ハートレイト)によるコンディション管理は特別な機材はいりません。時計があれば誰にでも行えます。是非今日からでも始めてみては如何でしょう?

AUTHOR PROFILE

佐藤一朗 さとう・いちろう/自転車競技のトレーニング指導・コンディショニングを行うTrainer’s House代表。運動生理学・バイオメカニクスをベースにしたトレーニング理論の構築を行うと同時にトレーニングの標準化を目指す。これまでの研究の成果を基に日本代表ジュニアトラックチームを始め数々の高校・大学チームでの指導経験を持ち、現在はトレーニング理論の普及にも力を注いでいる。中央大学卒/日本競輪学校63期/元日本代表ジュニアトラックヘッドコーチ                                       ▶筆者の運営するトレーニング情報発信ブログ    ▶筆者の運営するオンラインセミナーの情報

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