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宮澤崇史「自転車選手と食の話」

Posted on: 2018.08.26
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僕がチーム・サクソバンクに入った時、チームシェフをしていたハンナ・グラントがいました。

ハンナはコペンハーゲンにある世界最高峰のレストラン「NOMA」で働いた経験を持つ一流のシェフ。


来日したハンナと(2015)

2015年にNOMAが東京で限定オープンした時(世界中から予約が殺到し、キャンセル待ちが6万人に上った)にも来日し、『The Grand Tour Cook Book』という自転車選手のためのレシピ本も出版している。

ハンナの料理は素晴らしい。
なぜ僕がハンナの料理を支持するかを解説していきます。


NOMAのシェフ、レネ・レゼピと

僕が初めてイタリアに渡った時代、食事といえば味気ない生野菜か温野菜+パサパサの肉か魚+果物、というパターンが主流でした。

それがスポーツ選手にとって最適な食事とされていたのです。

毎日毎日、同じような食事を摂り続けているうちに、本当にこの食事が正しいのかと疑問に思うようになり。栄養素的には正しくとも、心が満たされないことに納得がいきませんでした。

ある日、監督にこう質問してみました:

「もっと美味しいイタリア料理が食べたいんです」

その答えは

「これが選手の食事なんだよ」

でした。

脂肪は徹底的に排除する。

ファストフード店のビュッフェにも似た味。こんな食事を食べていて、強くなれるはずがない。これがスポーツ選手にふさわしい食事だなんて、そんなはずはない。

自転車レース界で当たり前とされていることに、僕は異議を唱えました。

本来、食事は心を満たすものであるべきだし、心が満たされればトレーニングへのモチベーションも上がり、レースへの意欲が湧くものだ。

結果につながる食生活は絶対にある、と揺るぎない確信が僕にはありました。


ハンナの本『The Grand Tour CookBook』

時は経ち、1998年から14年後。

サクソに入った時に驚いた事が、まさにこの事でした。 ハンナの料理は、目で見て楽しい、美味しそう、しかも好きなだけ食べていい!

ハンナは不自然な加工食品、たとえば低脂肪乳製品を絶対に使わない。自然界の絶妙なバランスで含まれている脂肪分を勝手に取り除いたら、バランスが崩れてその食材の良さが死んでしまう。

そんなものを食べてもベストな選手は育たない。

それが彼女の方針。

食べる量に関しては、もちろん選手は自分で選びコントロールするのだけど、このコントロールが一番難しい。しかし選手である以上、自分自身でコントロールするしかない。

そこで僕が考えたのは、「美しくお皿に盛り付ける」ことでした。

これにはハンナも驚いて、「あなたのお皿を写真に撮らせて!」と言ってきたほど。山のように盛ると美しくないので、必然的に少量で済むのです。

ただしお代わりはいくらでもしてよい、という条件をつけます。

食の時間は幸福であるべきであり、苦痛であってはならないのです。また日本の食文化には、汁物ーご飯ーおかずという、料理に手をつける順番すら存在する文化があります。

一つの皿に全てをドンと大量に盛り付ける欧米のそれと違い、少しずつ、一つ一つ味わって食べる文化が、僕たち日本人には根づいているのです。

僕はそれを見逃しませんでした。

食事は我慢する事が大事なのではなく、満足することこそ意欲につながります。

満足するということは、何事も大切にするという事に繋がります。

トレーニング内容に対しても、トレーナーからの「○○Wでトレーニングしなさい!」ができればOK、できなければ「指示された数字が出てないから体調が悪いetc.」という、本来の目的ではない数値の問題にすり替えられることがなくなります。

体調が悪いのは食が整っていないことが最も大きな理由です。

なぜならば私たちの体は100%私たちが食べたものでできているからです。

人間のモチベーションは本来、「嬉しい、楽しい、美味しい、気持ちがいい」といったポジティブな感情から生まれます。なのに、それを単に数値で評価し始めると途端に「○○Wがでなければダメ」などとネガティブになってしまうのです。

美味しい食事がモチベーションになれば、選手たちはそのネガティブから解放され、パフォーマンスが上がります。

与えられたメニューを消化することが目的ではなくなり、「今の自分にできる中で、どこまでできたか」に向き合えます。

今やチーム・スカイもフル装備のキッチントラックと一流シェフを抱え、目にも美しくおいしい食事で選手達のメンタル面と体調面の両方をサポートしています。

このように、食事を大切にすることが自転車選手としての成長を促す、と僕は心から信じてやみません。

多くの自転車乗りの方々、エリート選手に「どんなトレーニングをしたら良いですか?」と聞かれますが、一貫した答えは

「貴方の体調が良くなるトレーニングを組み立ててください」

です。

それは

貴方は何を食べたらあなたは幸せか?

それと同じことなのです。

繰り返しますが、私たちの体は100%私たちが食べたものでできています。

You are what you eat.

食の大切さを知って、皆さんのサイクリングライフがより良き方向へ向かうことを心から願います。

▷ハンナ・グラントの食哲学
https://cyclist.sanspo.com/169323

▷チームスカイの食哲学
https://www.cyclowired.jp/news/node/192312

AUTHOR PROFILE

宮澤 崇史 みやざわ たかし/1978年生まれ。イタリア在住自転車プロロードレーサー。高校生でシクロクロス世界選手権に出場、卒業後イタリアのチームに所属。しかし2001年、母に肝臓の一部を生体移植で提供し手術のハンディもあり戦力外通告を受ける。再びアマチュア選手としてフランスで活動し実績を重ね 2007年アジアチャンピオン、2008年北京オリンピック出場、2010年全日本チャンピオンになる。2012・2013年はカテゴリの最も高いUCIプロチームに所属。2014年のジャパンカップで現役を引退。 筆者の公式ブログはこちら

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