佐藤一朗「目標に向けてのステップ」

Posted on: 2016.02.26

少しずつ自転車競技もメジャー化して来たのか、それとも僕の廻りだけに好きな人が集まっているのかはともかくとして、自転車競技、特にロードレースで「世界を目指す・・・。」という話題が最近良く聞かれます。

自転車競技のスケール(ものさし)が日本国内に留まらず世界を目標に考えられるようになって来たことは、例え一部の人だけだとしても嬉しい限りです。
 
そこで良く聞かれるのが「国内と海外のギャップ」です。これはトラック競技でも同じ様な事が起こるのですが、ジュニア世代までは日本と世界の間にそれほど(比較的に)大きな競技力の差はないように感じるのに、アンダー23から上に上がると途端に戦えないレベルの差となってしまう事。

もちろん全ての選手の話ではなく、一部の選手は世界レベルでも活躍しているのは皆さんもご存じだと思いますが、残念なことに「ごく一部」という事は否めないと思います。
 
そこで取りざたされるのが「大学では強くできないのではないか?」と言う事。大学チームのコーチを行っている僕としては非常に耳の痛い話しで、そう言われてしまうと「指導力が足らずに申し訳ない」と頭を下げるしかありません。でも言い訳をさせて頂けるのであれば「そんなことはありません!大学でも強くなっています!」と少し声を大きくして言いたいと思っています。
 
日本の選手が世界で活躍するための条件を考えて見ます。

1つは年代別に必要な強化をしっかり行うこと。
そしてもう1つは厳しい競争の中で経験を重ねること。

僕はこの2つに集約されるように思います。
  
年代別に必要な強化を行うためには、根拠のあるトレーニング理論を体系立てて確立する必要があります。もちろんそれがないのであれば海外から手に入れることも含めて検討し、最終的には日本独自の物を築き上げて行かなくてはならないと思います。

最も大切な事は、ジュニアもしくはそれ以前の年代でやるべき事、エリートへ繋げるためにU-23年代でやらなくてはならない事を明確にし、それをクリアーする事です。
 
そしてもう1つの「厳しい競争の中で経験を重ねること」については、現状の日本では難しい所もあります。身近に競争相手が沢山いれば苦労はしませんが、現在の競技人口、特に普段行動する範囲での練習仲間や競争相手を考えた場合「厳しい」と呼べる環境を持っている人は多くは無いと思います。
 
実はこのところ学連のロードレースのレベルが急激に上がってきています。高校時代活躍していた選手であっても、大学に入ってからの取り組み次第では完走もままならないほど厳しくなって来ています。

理由は幾つか考えられますが、一番大きな理由は大学自転車競技の枠を越えて実業団チームでの活動を取り入れたり、海外遠征の機会が増えたことにより、選手自身が自分の殻を破って目標や課題を高く持つようになった事では無いかと思います。

そういった選手が複数名出て来たことにより、チームメイトが影響を受け、さらには学連がレースの機会を増やしたことにより競争に対するモチベーションが以前より高くなって来ているからだと考えています。
 
と、ここまで話を進めてくると当然思いつくのは「大学に行かず最初から海外に行った方が良いのでは?」という考えです。この事に関しては色々と意見が分かれるようですが、僕の個人的な見解は「Yes」です。しかしそれには条件があります。それは先ほどまで言ってきた「年代別に必要な強化」がしっかりと出来ている事です。
 
これは仮定の話になりますが、もし日本の高校生の中にジュニア世代に身につけるべきフィジカル的要素を全て手に入れている選手がいたとするならば、積極的に海外にチャレンジして欲しいと思っています。

しかし現実にはそう言う選手はごく稀で、殆どの選手はそのレベルに達していません。もし身につけるべきフィジカル的要素を手に入れていない選手がより競争の厳しい世界へ出て行った場合どうなるか。恐らく数年間頑張って結果を得られず国内に戻らなくてはならなくなる、もしくは競技の世界から身を引くような事態になってしまうのでは無いでしょうか。

もちろん海外に出て戦えるフィジカルを手にして上を目指せる選手が出てこないとは言いません。しかし安易にその難しいチャレンジを僕は勧められないのです。
 
話は少し変わります。
 
ここ数年鹿屋体育大学で指導するようになって「大学から競技を始める選手」に何人か関わってきました。皆さんもご存じかも知れませんが、鹿屋体育大学自転車競技部は今では大学の強豪校の1つとして数えられるチームですが、今でも一般入試で入ってきた自転車競技未経験の学生も選手として活動をしています。

昨年選手として登録していた未経験者(大学に入ってから競技を始めた選手)は、大学院2年生に2人、大学4年生に1人、2年生に1人、1年生に3人の合計7人です。チームの選手総数が26人ですから全体の1/4を越える選手が高校時代に自転車競技とは違うスポーツに取り組んでいたことになります。ここで特筆すべき点は7名のうち3名が全国レベルの大会で優勝、2名が表彰台に上がっている事です。
 
全日本選手権は日本で最高峰のレースです。インターカレッジは学生としては最も権威のある大会です。それらの大会で大学から自転車競技を始めて僅か数年で表彰台に上がると言う事は簡単な事ではありません。しかしそれを可能にしたのは「自転車競技は行っていなくても他の競技でフィジカル的な要素を身につけていた。」事に他なりません。
 
残念なことに、早い段階から自転車競技を始めた選手は自転車を走らせる適性、あるいはテクニックを覚えてしまいフィジカルの強化をないがしろにしてしまう傾向があります。なぜなら「それでも勝ててしまう」ほど競技レベルが高く無いからです。しかし最近では世界を見据えてフィジカルの強化の重要性に気がつき、その強化に取り組み始めた選手が増えてきました。
 
ライバルが1つ上の目標を持ってトレーニングを開始したら、そのライバルに勝つためには同様のトレーニングを行うか、それ以上の目標をもってトレーニングと向き合うしかありません。チームにそう言った選手がいる、同じカテゴリーにそう言ったチームがある。とすればおのずと全体のレベルは上がって行くことになるでしょう。今の学連がそう言う状況になりつつあるように僕は感じています。
 
話を戻しましょう。
世界にチャレンジするためには何が必要か。
 
選手個々としてはジュニアの時代からただ走る事に集中するのではなく、フィジカル的な要素もしっかりトレーニングして、いずれ来るハイパワーを必要とするカテゴリーに備えたトレーニングを行い、チャンスがあれば早い段階で世界にチャレンジして欲しいと思います。
 
一方で、ジュニア・アンダー世代の選手が所属するチームや、それを指導するコーチの方々には海外からを含むより多くの情報収集や、エリート世代からのフィードバックを得て国内のレベルを世界レベルに近づけて欲しいと思っています。もちろん僕自身もその末席に位置する立場なので、これからも出来る限り情報を発信していきたいと思っています。
 
先月行われたアジア選手権を観て、四年後の東京を期待させてくれるレースが沢山ありました。しかし一方で不安を感じることが無かったわけではありません。これからは1年1年が勝負になってくると思います。このコラムを読まれている沢山の方々が1つの目標に向かい、伊豆ベロドロームのセンターに日の丸が掲げられることを期待したいと思います。
 

画像はアジア選手権男子オムニアムを制した橋本英也選手。四年後またこのシーンを是非見せて欲しいと思います。

AUTHOR PROFILE

佐藤一朗 さとう・いちろう/自転車競技のトレーニング指導・コンディショニングを行うTrainer’s House代表。運動生理学・バイオメカニクスをベースにしたトレーニング理論の構築を行うと同時にトレーニングの標準化を目指す。これまでの研究の成果を基に日本代表ジュニアトラックチームを始め数々の高校・大学チームでの指導経験を持ち、現在はトレーニング理論の普及にも力を注いでいる。中央大学卒/日本競輪学校63期/元日本代表ジュニアトラックヘッドコーチ                                       ▶筆者の運営するトレーニング情報発信ブログ    ▶筆者の運営するオンラインセミナーの情報

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