佐藤一朗「リカバリートレーニングの必要性」

Posted on: 2015.05.20

前回まででトレーニングに対する基本的な考え方をお話ししたので、具体的なトレーニングの話に入りたいところですが、その前に1つ話しておかなくてはならないことがあります。
 
今回の話は半分はコーチとして、そしてもう半分は治療家の観点からの話になります。


photo:Trainer’s House
 
「リカバリー」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。辞書で調べると「取り戻すこと、回復・復旧すること。」とあります。スポーツの世界でもそのままの意味で使われていると思うので、聞き慣れた言葉ではないかと思います。
  
みなさんも普段トレーニングの終わりにはクールダウンと呼ばれる「整理運動」を行っていると思います。トラックでもロードでも軽めのギアにして、数キロから十キロ程度走りながら心拍数を徐々に落としていっていると思います。

それに対して「リカバリートレーニング」とは軽いギアで行う事は一緒ですが、心拍数を落としません。むしろ一定の心拍数を保つように運動強度を設定して行います。
 
さて恒例となりましたが、今回もまた小難しい運動生理学の話が始まります。
※以前の所を読んでいないと解らないところがあるかも知れません。その場合面倒でも過去ログをご覧下さい。
  
トレーニングの所でもお話ししましたが、自転車を走らせるために使う筋肉には大きく分けて二種類の筋線維があります。1つはトルクを発揮しやすい速筋線維、もう1つは持久力を発揮しやすい遅筋線維。

この2つの筋線維を上手くバランス良く使ってトレーニング出来ればなにも問題はないのですが、多くの場合そうはいきません。
 
トレーニング時にはより高いパワーを必要とする為にトルクを発揮しやすい速筋繊維を多く使う事になります。もちろん高い負荷をかけたトレーニングを行わなければ遅筋線維の割合を多くすることは出来ますが、高い負荷をかける事がトレーニング効率を高めることに繋がる以上、やはり速筋繊維を多く使う事は避けては通れないと思います。
 
速筋線維を動かす為のエネルギーは糖質を分解してエネルギー(ATP)を得る解糖系と呼ばれるものです。それに対して遅筋線維を動かす為のエネルギー(ATP)は解糖系によって作り出されたピルビン酸や乳酸を酸素を使って酸化させる有酸素系と呼ばれるものです。
 
速筋繊維を優位に使いトレーニングを行った場合、筋肉中にはピルビン酸や乳酸が残り、pHは酸性に傾いた状態になっています。この残った乳酸は血液の循環によって時間と共に減少しますが、問題はpHが回復するまでの間に筋肉に起こる事です。
 
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<トレーニング終了後筋肉で起こる生理作用>
 
①pHが酸性に傾くと筋肉は痛みを感じます。

②筋肉が痛みを感じると運動をしている訳では無いのですが筋肉は収縮してしまいます。

③その収縮力は持った以上に強く、場合によっては収縮したまま固くなってしまいます。実はこの筋肉が収縮した状態を僕たちは「コリ」と呼んでいます。肩コリとか、腰痛の原因になる筋肉が固くなった状態がそれです。経験した事がある人は解ると思いますが、筋肉が一旦こってしまうと休養を取っても解れてくれません。

④その収縮して固まった筋肉は運動しても出力しないので、出せる力は低下します。=> ダッシュ力・スピード・持久力の低下。

⑤それでも無理矢理トレーニングを続けると、筋肉の付着部や関節を痛めてしまいます。=> 軽度の膝痛・腰痛の発症

⑥さらに悪化させると故障となりトレーニングを休まなくてはならない事態に陥り、競技力は著しく低下していきます。
 
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④以降に入ると自分では回復させる事が出来なくなるので治療家としての僕の仕事になるのですが、コーチとしてはあまり好ましい状況ではありません。出来れば②に至る前に回復させ、翌日以降のトレーニングに支障を来さない状態に留めたいところです。
 
ではどうすれば良いでしょう?
 
実はあまり難しい事ではありません。筋肉のpHを戻してトレーニングを終了すれば良いだけです。速筋繊維のエネルギーを作り出した際に副次的に生じるピルビン酸や乳酸は、遅筋線維の大切なエネルギー源です。遅筋線維を動かす事で使い切ってしまえば筋肉のpHは回復へ向かいます。

つまり、リカバリートレーニングとは、筋肉のpHを回復(リカバリー)するために、トルクを余り必要としない状況で、心拍を上げるトレーニングを行うと言うことです。
 
ギアの設定は人によって違いますが、比較的軽いギアで必要トルクを減らし、ケイデンスを上げる事でスピードを維持して運動強度は保っていきます。運動負荷を数値で表すとすれば、LT〜FTPの間の低めの設定と言うことになるでしょうか?パワーメーターを使用している人は参考にしてみてください。
 
大切な事は「心拍をある程度の高さで保つ」と言うことです。心拍数は血液の循環量を表していて、酸素の供給量を推測する事も出来ます。(正確な数字を求めてはいけません。あくまで目安です。)

筋肉中のピルビン酸や乳酸を使い切る事が目的なので、積極的に有酸素運動をする事が必要です。つまり酸素を必要とする運動強度でなくてはならないと言うことです。
 
リカバリートレーニングは、トレーニングの最後に行うメニューです。トレーニングを1日に複数回に分けて行う人はその都度行ってください。ギアやケイデンスは敢えて書きませんが、時間的には15分〜20分程度を目安にしてください。

一定のギア、一定のケイデンスを保っていると、急に脚が軽く感じるタイミングが来ると思います。そのタイミングが筋肉中のpHが回復した瞬間です。その後徐々にケイデンスを下げクールダウンへと移行すれば終了です。
 
一見地味に感じますが、リカバリートレーニングを行う事で故障の予防だけでなく、筋肉に対するトレーニング効果を高め、何よりも筋肉のダメージを最低限に留めることが出来るので翌日以降のトレーニング効率は飛躍的に上がるはずです。
 
トレーニングは競技力を上げるために行うものです。負荷をかけ、運動強度を高めることも重要ですが筋肉の回復を促しトレーニング効果を十分享受する事も競技力を高めるためには必要な事です。

これを読まれている方が強くなりたい、速くなりたいと思われるのでしたら、是非リカバリートレーニングを実戦して見てください。

AUTHOR PROFILE

佐藤一朗 さとう・いちろう/自転車競技のトレーニング指導・コンディショニングを行うTrainer’s House代表。運動生理学・バイオメカニクスをベースにしたトレーニング理論の構築を行うと同時にトレーニングの標準化を目指す。これまでの研究の成果を基に日本代表ジュニアトラックチームを始め数々の高校・大学チームでの指導経験を持ち、現在はトレーニング理論の普及にも力を注いでいる。中央大学卒/日本競輪学校63期/元日本代表ジュニアトラックヘッドコーチ                                       ▶筆者の運営するトレーニング情報発信ブログ    ▶筆者の運営するオンラインセミナーの情報

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