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栗村修「ものごとを『まとめる力』『動かす力』」

Posted on: 2019.06.21
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歳をとり立場が変わるとその都度そこには新たな学びがあります。

逆に言えば、自分が担当したことのない業務について、あまり偉そうなことを言っていけないなあ、と感じさせられることがこれまで何度もありました。

私自身の場合、選手時代、監督時代、そしてレース主催者時代(現在)と、その都度過去の自分を振り返る(反省する)機会に恵まれてきました…(メディア関係者という立場も経験しています)。

そしてまた、次のステップとして、「全体を統括する立場」というものが徐々に近づいてきています。

「個」に近い存在だった時というのは、「なんでこうしないんだろう?」「自分だったらもっとうまくやれるはず」などといった風に、根拠のない自信というか、ある種の正義心を持って時に問題提議も行なってきました。

しかし、「個」の存在から徐々に「全体を統括する立場」に近づいてくると、そこには「個」だった頃にはわからなかった、「人(団体)をまとめる難しさ」「人(団体)を動かす難しさ」というものに直面するようになってきます。

よく、「なぜ世の中の中間管理職はダメなひとばかりなんだ」、「優秀な社員だったのに管理職になった途端動きが悪くなった」、「係長時代は良かったのに課長になった途端チームをまわせなくなった」などという声を聞くことがあります。

こういった声に対して「なるほど〜」と思える理論を目にしました。それは「ピーターの法則」というものです。

◯能力主義の階層社会に於いては、人間は能力の極限まで出世する。結果、有能な平構成員は、無能な中間管理職となったところで出世が止まる。

◯時間の経過と共に人間はみな出世していくが、無能な平構成員は、そのまま平構成員の地位に落ち着き、有能な平構成員は無能な中間管理職となったところに落ち着く。結果、各階層は無能な人間ばかりになる。

◯その組織の仕事は、まだ出世の余地がある人たちによって遂行される。

とても説得力がある法則だと感じます。上記が正しいならば、「もう一つ上へ行ける」と思える手前で踏みとどまるのが得策なのかもしれません。

また、私自身の場合でいえば、チーム監督に留まっていた方が、立場的には有利なままだった様にも感じます。

ある意味で頭が良い人たちというのは、求められても自分の能力に適していない場所に身を置こうとはしません。

自分自身の可能性や評価も下げてしまいますし、なにより周りのひとに多大な迷惑をかけてしまう可能性が生じるからです。

但し、皆がそういうマインドになってしまっては、世の中が変わらないのも事実です。

いま与えられたものに、(悩みながらも)真摯に取り組んでいくしかないのでしょう。

「人生とは連続する刹那である」

AUTHOR PROFILE

栗村 修 くりむら・おさむ/1971年横浜市出身。15歳から本格的にロードレースをはじめ、高校を中退し単身フランス自転車留学。帰国後シマノレーシングで契約選手となり、1998年ポーランドのプロチーム「ムロズ」と契約。2000年よりミヤタ・スバルレーシングで活躍した後、2002年より同チームで監督としてチームを率いた。2008-09年はシマノレーシングでスポーツディレクター。2010年より宇都宮ブリッツェンにて監督。2014シーズンからは、宇都宮ブリッツェンのテクニカルアドバイザーを務めた。現在は、一般財団法人日本自転車普及協会 主幹調査役につき、ツアー・オブ・ジャパン大会副ディレクターとしてレース運営の仕事に就いている。JSPORTSのロードレース解説をはじめ、競技の普及および日本人選手活躍にむけた活動も積極的に行なう。 筆者の公式ブログはこちら

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