佐藤一朗「ジュニア・アンダー世代強化の重要性」

Posted on: 2016.01.05

昨年末、愛媛県松山市にある松山競輪場で行われた「愛媛県トップコーチ事業強化練習会」にお招き頂き、「愛顔つなぐえひめ国体」の強化指定となる高校生18名のトレーニング指導を行わせて頂きました。

これまでもジュニア世代の選手の指導に関わったことはありますが、殆どの場合、個人的な指導でチームとして指導するのは初めての経験となります。合宿では参加選手の所属する松山聖陵高校・松山工業高校の顧問の先生方、並びに愛媛県自転車競技連盟の方々にもお力添え頂きながら、高校生の合宿らしく明るく楽しい三日間を過ごしてきました。


 
前回のコラムでも書きましたが、今回のように外部コーチとして単発で指導にあたることは色々と制約や問題があります。その中でも最も大きな問題は事前に選手の競技力を把握できていない事。

どの程度の競技力を持った選手を指導するのか分からなければ、トレーニング強度の設定が非常に難しくなります。また競技力の違いは提供すべき情報の種類や内容にも影響を与えますのでその点の判断も難しくなります。さらには単発での指導となると実感できるレベルの強化(結果)を得ることが難しい状況の中で、選手にトレーニングを理解して貰い今後のトレーニングに活用できる情報を提供しなくてはならないという課題もあります。
 
今回の合宿ではそういった懸案を踏まえて、5つの資料を制作して持参しました。
 
①トレーニング概要レポート
 トレーニングを目的別に分類してジュニア世代の選手にとって何が必要なのかを総論的にまとめたレポート。
②今回行うトレーニングメニュー(3日分)
③今回行うトレーニングメニュー個々の目的と実施方法の詳細
④初日の基本メニューで行う動作解析の実施方法と改善点の対策
⑤オフシーズンに行う基礎体力系トレーニングのメニューと実施方法の詳細
 
僕の考えるトレーニングは一般的に行われているトレーニングとあまり代わり映えしない物です。周回であったり、ダッシュであったり、もがきであったりと、何処の競技場・競輪場でも行われている普通のトレーニングです。

ですからメニューだけ見ても驚くようなことは何一つありません。ただ1つ違うことがあるとすれば、メニュー1つ1つの目的を細かく設定しトレーニングを行う毎に意識すべきポイントを丁寧に指導していくことです。
 
例えば、殆どの人がトレーニングの最初に行う周回練習でのウォーミングアップですが、その周回練習1つ取ってもどんな目的の為に行うのか、また目的を達成するために何を意識して走れば良いのかをしっかり説明してから行います。

それと同様に全てのトレーニングメニューは運動生理学による裏付けを基に、身体に対して加える刺激の種類や強度を設定し、筋力強化(パワー)の為のメニュー、持久力(エネルギー供給)向上の為のトレーニング、技術(テクニック)向上の為のトレーニングと目的を細分化してプログラムを構築しています。
 
しかしそれらのトレーニングも、選手個々の競技力や現在抱えている改善点を把握しなくては効果も少なく、場合によってはマイナスの結果をもたらせ兼ねない状況も考えられます。そこで初めてトレーニングを行う際には「自転車に対して適切に力を伝えられているか」を確認する為のトレーニングを行います。

これまで何度もお話ししている動作解析を行う「トラック基礎トレーニング」ですね。この解析によって選手の現在持っている競技力を”大まかに”把握します。今回も1日目午後のトレーニングでこの基礎トレーニングを行い大まかな競技力を把握し、改善点を浮かび上がらせて行きました。
 

今回指導にあたった高校生達は地元国体に向けてしっかりとトレーニングを積んでいる事もあり、ジュニア世代としては十分な競技力を持っている選手が多く見られました。しかし一方で18名の選手のほぼ全てに共通した改善点が見られました。

そこで2日目のトレーニングの合間に、急遽その改善点を補う為の補強トレーニングを実施し、さらにはこのオフシーズンに行って欲しいストレングストレーニングに関する簡単な講義にも取り組みました。(使うかも知れないと準備してきた5番目の資料がここで役に立ちました。)
 
最近、四年後に東京で行われるオリンピックに向けての話があちらこちらで聞かれるようになりました。僕の関わっている選手の中にも出場、そしてメダルの獲得を目指している選手がいます。僕もコーチの1人として是非メダル獲得をして欲しいと願っています。

しかしその一方で世界の現況を考えると目の前に立ちはだかる大きな壁の前で何から始めて良いのか道に迷いそうになっているのも事実です。
 
以前お話しした事があると思うのですが、日本の男子トラック中距離の競技力はここ最近急速に上がってきています。チームパーシュートでも日本記録が次々に更新され、世界で戦える日もそう遠い話では無いと思っていました。

そんな時世界のトップで戦うチームの情報が耳に入りました。表彰台を争うチームは「55-13Tのギアを120回転で廻す事を前提として強化している。」と言う話を。
 
55-13Tは、ギア倍数にして4.23です。いま日本代表チームはどれだけのギアを踏んでいるのか分かりませんが、少なくとも僕が関わっている選手でこれほどのギアを踏みこなせる選手はいません。スプリントの予選一発勝負でかける事は可能だと思います。しかしケイデンス120で走れと言われたら何メートル走れるか想像も付きません。
 
ギアを踏みこなすためには脚力が必要です。そしてそれを一定の時間継続して発揮し続ける為には持久力も必要です。さらにはそれらの力を安定して発揮する為には全身のスタビリティーが必要です。そのどれ1つが欠けても55-13Tで120回転は廻せません。

僕はこれまで大学のチームで日本新記録を樹立する事を目標にトレーニングを考えて来ました。そして実際手の届くところまできていると思います。しかし世界で戦う為には250m走路で後1秒/周上げ無くてはならないのです。現状ではほぼ不可能だと思います。でも四年後にはそれを可能にして、さらにその上を目指さなければメダルは無いと思います。
 
今回ジュニア世代の合宿を経験して感じたのは、僕が思っていた以上にトレーニング強度や負荷に対して順応出来る事です。もちろんギア規制があるのでアンダーやエリートの選手と同じ様な負荷をかけるわけには行きませんが、相当高い負荷のトレーニングを行う事が出来る体力があると感じました。問題はどんなトレーニングを優先して行えば良いかと言う事に尽きると思います。
 
高校生にはインターハイがあり、大学生にはインターカレッジがあるように、年代別に目標とする大会があります。もちろんそういった大会を目標にして頑張ることは重要な事です。しかし長い目で見るとジュニアの時代に優先してやらなければならない事、アンダーの時代にやらなければならない事があります。

これまでこの2つの課題は相反するものであり、どちらを優先するか選択を迫られる物と思っていました。しかしこの四年間世界を目指す大学生を指導して来た経験から、世界を見据えたトレーニングは大学チャンピオンを目指す事の延長線上にあることを実感し、今回高校生の指導に係わりジュニア時代にやらなければならない事はインターハイを目指す上でも必要な事だと言う事に確信が持てました。
 
いま世界のレースでは、バンクの構造や標高などグランドコンディションを基にタイムやレースのスピードを想定し、そこから使用するギアレシオを決定する事が多いようです。

選手が最も高い出力を発揮出来るケイデンスが決まっているので、想定スピードをケイデンスで除せばギアレシオは算出できます。勝つためにはそのギアを踏みこなす脚力(パワー)と持久力(エンデュランス)、そしてそれを支えるスタビリティーが必要です。

四年後の東京でメダル争いをするためには、今の平地での世界記録を上回るようなタイムやスピードを要求されることになると思います。その為に今からなすべき事は何なのか、新たな年の初めにもう一度考え直して行きたいと思います。

AUTHOR PROFILE

佐藤一朗 さとう・いちろう/自転車競技のトレーニング指導・コンディショニングを行うTrainer’s House代表。運動生理学・バイオメカニクスをベースにしたトレーニング理論の構築を行うと同時にトレーニングの標準化を目指す。これまでの研究の成果を基に日本代表ジュニアトラックチームを始め数々の高校・大学チームでの指導経験を持ち、現在はトレーニング理論の普及にも力を注いでいる。中央大学卒/日本競輪学校63期/元日本代表ジュニアトラックヘッドコーチ                                       ▶筆者の運営するトレーニング情報発信ブログ    ▶筆者の運営するオンラインセミナーの情報

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