佐藤一朗「運動生理学をベースに考える」
競技力を評価する3つのポイントの中で競技に関わる皆さんに最も身近でなじみ深いのが、この運動生理学に基づいた競技力の評価だと思います。
ただ改まって運動生理学などと学術的な雰囲気で言われると別物だと感じられると思いますが、簡単に言うと私たちの身体の基本的な機能について学ぶ為の学問で、それを用いて選手のパフォーマンスを評価しようと言うことです。
例えば走る時のペダルを踏み込む力を強くしたいとか、長い時間走れるようになりたい、トップスピードを上げたいと言ったような競技力を高める上で必要な身体の機能を1つ1つ分けて考えて、自分が何が強くて何が弱いかを理解する事で強くなる為の近道を見つけよう!と言う事です。
さて、ここでいつものようにトレーニングの話に入る前に、私たちが運動をする時の身体の仕組みを簡単に説明しましょう。
佐藤のコラムの名物ともなっている小難しい話が始まります。
私たちは、筋肉を使って関節を動かす事で運動をしています。
筋肉が縮むと関節は曲がり、力を抜いたり反対の筋肉を縮めることで関節が伸びたりします。この時あまり意識はしてはいませんが身体の中では下記の様なメカニズムが働いています。
①脳で考える
②神経が刺激(情報)を伝える
③エネルギーを使って筋肉が収縮する
④関節が動く
これら全てがパフォーマンスの向上を考える上で重要なポイントになってきます。
例えば、正確なペダリングを行う為には、その動きに関連する筋肉を適正なバランスで働かせなければなりません。
それをプログラムしているのは脳(運動野)で、実際に動かすために必要な刺激を伝えてくれるのは神経です。
“正確なペダリングや自転車をコントロールする技術は、この神経プログラムが上手く働いていればこそ可能な事です。そしてそれを構築するのがスキル系のトレーニングです。
トレーニングの初期段階には負荷を上げるよりも正確な動作に注意を払って繰り返し行う事でこのスキルは高まっていきます。”
例えば、ペダルを強い力で踏み込む為には筋肉の強い収縮力が必要ですが、その力は筋肉の断面積に比例していると言われているので、太い筋肉、太い筋繊維であればこそ強い力が生み出されます。
ダッシュ力やスプリント力と言った踏み込む力の強さ(トルク)を高める為には一定以上の筋肉の太さが必要になってきます。
“筋力を高める為には最大の出力を意識した高負荷のトレーニングが有効で、その為には高出力を支える神経の働きとエネルギーの供給がポイントになります。”
また筋肉も無制限に動かし続けることが出来るわけでは無く、ちゃんとエネルギーを作って供給してあげないと動き続けることは出来ません。
求める出力に合わせて上手くエネルギーを作り続けることが身体のパフォーマンスを上げ、レースでもトレーニングでも思うような走りに繋げる事が出来るようになります。
“食生活によって得られた栄養素を消化してエネルギーとしますが、そのエネルギーの産生過程が大きく分けると無酸素系と有酸素系に分かれます。それぞれに特徴があり目的に合った使い方、その為のトレーニング方法があります。”
簡単に言うと、自転車で走ると言うことを全体像だとすると、そのパフォーマンスを作っている様々な身体の機能を分類して、その選手の良いところ悪いところをしっかりと把握しましょう! と言うことです。
ではもう少し具体的に皆さんの身近なテーマに置き換えて、自転車競技に求められるパフォーマンスと、それを作っている身体の機能についてお話ししましょう。
※ここからさらにめんどくさい話になっていきます。スミマセン
みなさんが最近よく目にする”パワー”という指標があります。
パワーメーターを取り付けたり、スマートローラーでのトレーニングでは頻繁に耳にする言葉だと思います。
既に知っている方には釈迦になんとかですが、
パワーとはトルク╳ケイデンスで計算される出力(w)の事を指しています。
瞬間的に踏み込んで出せる出力もあれば、持続的に出す出力もあります。
日頃私たちはこの出力の違いを分類して、瞬間的に出せる最大出力を”Max”と表現し、持続的に出せる出力を”Ave/Average”と表現しています。
最近では使用している方も多いと思いますが、私はWattBikeを利用した測定プログラムで、6秒、30秒、4分、20分という4つのテストで選手のパフォーマンスを評価しています。この4つテストにはそれぞれ目的があって6秒ではMaxを測定し、それ以外の3つはAveを重要な指標として見ています。
ここで質問です。同じパワーの測定なのになぜ4つもテストがあるのでしょうか?
普段パワーメーターを利用されている皆さんの中でも、この4つの違いについて全て理解している人は余り多くないかもしれません。
少し話を変えます。
私たちが自転車に乗ってトレーニングをしていると様々なシチュエーションに出会います。登り坂、下り坂。平坦な道路でも追い風、向かい風、横風。人と一緒に走っていれば競い合ってスピードを出したりと。
その都度求められるパフォーマンスは違います。
登り坂で必要とされるパワーと人と競い合ってスピードを上げるパワー。数値で書いてしまえば同じように感じられますが、使っている時間を考えればその違いがわかると思います。
話を戻します。
パワーは先ほども言ったようにトルク(一歩当たりの踏み込む力)にケイデンス(1分当たりの回転数)を掛け合わせる事で算出されますが、実際の走行時にはそのパワーを使い続ける時間の長さによってパフォーマンスの種類は変わって行きます。
では、何故それが変わるのでしょうか。
それは、筋肉が動くエネルギーの産生方法が違うからです。
短時間での出力は、ほぼ筋力の強さで決まります。しかしそこから時間が長くなればどうやって筋肉にエネルギーを供給するか、供給するためには身体のどんな機能の能力が影響するのか、そんなことが関係してきます。
先ほど上げたWattBikeでの測定を例に取って説明しましょう。
①6秒Max
これは純粋にペダルに伝える力の大きさで決まります。脚力だけでは無く、ハンドル〜ペダルまで力を伝える為に働く全ての力です。ここでは無酸素の中でもATP-CP系と言われる短時間だけれど高カロリーを産生できる方法を中心に筋肉を動かします。
②30秒Ave
筋力の大きさと、酸素の供給を得なくてもエネルギーが作れる能力の差が出力の差として出てきます。一般的には無酸素パワーと表現されているなかでも解糖系という炭水化物(糖質)を分解することでエネルギーを生み出す方法を中心に筋肉を動かします。
③4分Ave
呼吸によって得られた酸素を供給し、それを利用しながら出力できる最大の力を試されるテストです。最大酸素摂取量(Vo2Max)との関連が高い指標です。心肺機能の強さが表れます。
4分経ったら動けなくなるぐらい追い込まなくては正確なデータは取れません。無酸素と有酸素のエネルギーを最大限出力していくのでキツいテストです。
④20分Ave
一般的にトレーニング指標として使われているFTPの簡易的なテストと考えて貰えればわかりやすいかと思います。ここで出た数値の約95%がFTPの代用として考えられています。
パワーと持久力のバランスが取れた最大出力の指標として利用します。トルクを高め過ぎると長い時間動き続ける事は出来ず、低いと出力が上がらないので、この2つのバランスを取りながら高めて行くことが重要なポイントになります。
どちらかと言えば有酸素系の能力の指標と考えられていますが、本来は無酸素系有酸素系のバランスが重要な指標です。
さて、ざっとテストの目的を説明しただけでも、わからない言葉が次から次へと出てきた感じですね。ここではこれを理解すると言うよりは、運動生理学を理解出来ればトレーニングの効率が上がりそうだな! と思って貰えれば十分です。
私が考える自転車競技の競技力を構成する要素の1つ、運動生理学を基に評価すると言うことは、単にタイムやパワーを測定して評価するのでは無く、そのタイムやパワーを生み出す身体機能を細かく分類して、強いところ弱いところを正確に見極めた上で評価し、強化プログラムを構築すると言うことです。