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栗村修「人生を変えた1985年。ツールを制した英雄イノー氏の実車にワクワク」

Posted on: 2015.04.08
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私が籍を置く『日本自転車普及協会』と同じビルの1階には『自転車文化センター(BCC)』があります。そのBCCの展示エリアに於いて、開幕まであと1ヶ月ちょっとに迫ったツアー・オブ・ジャパンを紹介する『ツアー・オブ・ジャパン展』が開催されています。

先日、BCCのスタッフさんたちがツアー・オブ・ジャパン展の準備を行っているなか、展示エリアを見に行った私の目に1台の見覚えのある自転車が飛び込んできました。

その自転車は、フランスの英雄 ベルナール・イノー氏 が、1985年のツール・ド・フランスを制した時に乗っていた貴重な実車でした。ちなみに、フランス人選手によるツール・ド・フランス制覇は、この年以降まだ実現されていません。

また、1985年といえば、私がテレビでツール・ド・フランスをはじめて観た年(13歳=中学1年生)でもあります。当時はNHKで1時間ほどの総集編が放送されたのみで、当たり前ではありますが世の中にインターネットなどはなく、他のヨーロッパのレース情報に触れる機会は皆無という状況でした。

しかし、私自身はこの1時間のツール総集編番組を1度観ただけで、その後の人生を決定づけるほどにロードレースにハマってしまったわけです。

そんな、自分にとって特別な自転車を目の当たりにして、一瞬時が止まったというか、タイムスリップしたというか、あの頃の感情がメラメラと蘇ってきてしまいました。

カーボンで造れたフレームや各パーツで構成された現代のロードバイクとはまったく違うシルエットのスチールバイクですが、我々の世代にとってはむしろこちらのシルエットの方が美しく見えたりもします。

シート角72度という独特のスケルトン、実戦に初めて投入された初期型LOOKペダル、スーパーレコードにロールスサドルなど、同じ時代に自転車をはじめた人間にとっては”この自転車で何時間でも酒が飲める”と思えるほど、マニアックな要素がたっぷりと詰め込まれた自転車なのです。

『何歳になってもワクワク感を感じることは大切だ!』 と、改めて感じた瞬間でした。

AUTHOR PROFILE

栗村 修 くりむら・おさむ/1971年横浜市出身。15歳から本格的にロードレースをはじめ、高校を中退し単身フランス自転車留学。帰国後シマノレーシングで契約選手となり、1998年ポーランドのプロチーム「ムロズ」と契約。2000年よりミヤタ・スバルレーシングで活躍した後、2002年より同チームで監督としてチームを率いた。2008-09年はシマノレーシングでスポーツディレクター。2010年より宇都宮ブリッツェンにて監督。2014シーズンからは、宇都宮ブリッツェンのテクニカルアドバイザーを務めた。現在は、一般財団法人日本自転車普及協会 主幹調査役につき、ツアー・オブ・ジャパン大会副ディレクターとしてレース運営の仕事に就いている。JSPORTSのロードレース解説をはじめ、競技の普及および日本人選手活躍にむけた活動も積極的に行なう。 筆者の公式ブログはこちら

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