佐藤一朗「身体の基本を知る ② 〜運動生理学〜」

Posted on: 2022.09.17

身体の基本を知る2回目は前回の筋肉に続いてエネルギー代謝についてです。

みなさんは日頃運動能力を言い表す言葉として”筋力”とか”パワー”と共に”持久力”という表現を良く耳にするのでは無いかと思います。それに対して今回お話しするエネルギー代謝という言葉は少し耳慣れない言葉かと思います。

<トレーナーズハウス的用語の定義>
エネルギー代謝とは、本来は運動する際に筋肉に対してエネルギーを供給する、あるいは栄養素からエネルギーを産生する事を指して使われることが多く、運動では持久力に関わる要素として説明の中で使われることが一般的な言葉です。

しかし最近の自転車競技ではロードやトラックなど種別や距離によるパワーと持久力の境界線が曖昧になり、短距離でも持久力(回復力)が必要とされ、ロードでも勝つためには筋力(パワー)とスピードが必須とされるようになりました。

そこでトレーナーズハウスでは持久力(運動し続けられる)という発想を止め、出力に応じて変化するエネルギー供給を1つの強化の指標として考えようとエネルギー代謝と言う表現をするようになりました。

👉ステップ2-1 エネルギー産生のメカニズム
私たちは食事を通して摂取した栄養素を消化しエネルギーを産生しています。

最もエネルギーとして使いやすいのは糖質(炭水化物)で、次に脂質でしょうか。状況に寄ってはタンパク質もエネルギー源にしてしまう場合もありますが、これは通常の生理作用では無いのでここでは除外して考えていきます。

消化した栄養素はそれぞれ糖質はグリコーゲン若しくはグルコース、脂質は脂肪酸(遊離脂肪酸)と言う形で筋細胞に供給されますが、全ての筋細胞で全ての栄養素をエネルギーとして使用する訳ではありません。

そこでまず最初に食事によって得られた栄養素からエネルギーを作る過程を簡単に説明します。
※やや説明に強引なところもありますがご容赦ください。

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a.食事によって得られた栄養素の多くは胃で消化され腸で吸収されます。

b.細分化された糖質(炭水化物)は血糖/グリコーゲン/グルコースという形で血液によって運ばれグルコースの状態で速筋細胞に供給されます。

c.速筋細胞に取り込まれたグルコースは酵素によって分解されエネルギー(ATP)を産生すると同時にピルビン酸乳酸を排出します。

d.速筋細胞から排出されたピルビン酸乳酸遅筋細胞に取り込まれてクエン酸回路及び電子伝達系によってエネルギー(ATP)を作りだし、水と二酸化炭素を排出します。

また消化された脂肪酸もこの行程でエネルギーを作り出します。

筋肉を動かすために必要なエネルギー(ATP)はこのような行程で作り出されます。この後、実際に筋肉を動かす際の出力や運動時間によるエネルギー代謝について説明しますが、この行程が基本にある事をまず理解しておいてください。
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運動するときに必要なエネルギーを一般的にはATP(アデノシン三リン酸)と表していますが、正確に言うとATP(アデノシン三リン酸)がADP(アデノシン二リン酸)とP(リン)に分解されるときのエネルギーによって筋肉は収縮します。

しかしこのATPは筋肉中にごく限られた量しか貯蔵されていないため、運動を続ける為にはATPを再合成する必要があります。そのATP再合成が上記の行程で行われていると考えてください。

👉ステップ2-2 速筋線維のエネルギー
速筋線維は一般的に無酸素エネルギー/無酸素パワーと呼ばれるように、ATPを再合成する過程で酸素を必要とせずにエネルギーを作り出していきます。

①ATP-CP系
これは先ほどの行程に出てこない特殊なエネルギーの産生方法です。

筋肉内に貯蔵されているクレアチンリン酸(クレアチン+リン酸)からリン酸を分離しATPを再合成する方法。非常に簡単にしかも高いエネルギーを再合成することが出来ますが、クレアチンリン酸の貯蔵量も少ないため短時間しか使用する事が出来ません。

また運動を中止あるいは強度を限りなく落とした状態になるとクレアチンとリン酸が再合成し始め、約3分程度でもとの貯蔵量に戻ります。

・カロリー : 13kcal/kg/sec
・持続時間 : 7〜8秒程度

②解糖系
グルコースやグリコーゲンを筋中に取り込み、酵素によって分解する事でATPを再合成する方法。

グルコースを分解すると同時に産生されるピルビン酸は細胞外へ排出されたのち有酸素系(遅筋細胞)で代謝されますが、急激にピルビン酸が大量に生じた場合(大きなエネルギーを使用した場合)は乳酸に還元されます。この乳酸も後に有酸素系(遅筋細胞)で代謝されることになります。

解糖系でグルコースを分解する酵素の一部は酸性に傾くと活性が低下するため、ピルビン酸や乳酸が大量に産生された場合酵素の活性が低下し酵素分解つまり解糖系のATP再合成が著しく低下します。

そのため最大出力で解糖系を使用した場合その持続時間は30〜33秒程度だと言われています。また筋出力を落とした状態で運動を続けピルビン酸や乳酸を有酸素系で代謝しpHが戻れば再び酵素の活性は回復しATPの再合成が可能となります。

・カロリー : 7kcal/kg/sec
・持続時間 : 30~33秒程度(最大出力を続けた場合)

👉ステップ2-3 遅筋線維のエネルギー
遅筋線維では一般的に有酸素エネルギー/有酸素パワーと呼ばれているようにATPを再合成する過程で酸素を使用しています。

○クエン酸回路(TCAサイクル)・電子伝達系
速筋線維で糖質を酵素分解して産生されたピルビン酸や乳酸、さらには脂質を分解した脂肪酸(遊離脂肪酸)はアセチルCoAを生成し遅筋細胞内のミトコンドリアに取り込まれます。

その後ミトコンドリア内のクエン酸回路(TCAサイクル)、電子伝達系に於いて大量のATPを再合成します。

この再合成の過程は非常に複雑なため急速なエネルギー産生には不向きですが、安定して持続的にエネルギーを作り出すことが出来ます。

またエネルギー産生の過程で酸素による酸化を必要とするため酸素の供給が不可欠です。(酸素の供給量がエネルギーの産生量に大きく影響する)

・カロリー : 3.6kcal/kg/sec
・持続時間 : 通常は無制限

👉ステップ2-4 エネルギー代謝力向上
速筋線維の強化は筋繊維を肥大(太く)させ筋力を高めることにあります。

一方で遅筋線維の競技力向上はエネルギー代謝力を向上させる事です。もちろん遅筋線維自体だけでエネルギー代謝力が向上するわけではないので、まずはエネルギー代謝のメカニズムと強化に繋がるポイントについて説明します。

遅筋線維では有酸素によってATPを産生しそれをエネルギーとして運動しますが、その代謝能力を決定づける要因は4つあります。

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a.呼吸により取り込んだ空気から酸素を取り込む肺胞のガス交換能力

b.血液によって筋肉に酸素を運ぶ運搬能力(赤血球/ヘモグロビンの数値)

c.筋肉に酸素を直接届ける毛細血管(微小循環)の発達

d.筋細胞内に存在するミトコンドリアの酸化能力

この4つ全ての能力を向上させればエネルギー代謝力は向上するのですが、私が師事している先生に寄るとaとdにはまだキャパシティー的に余裕があると言うことなので、トレーニングによってbとcを向上できればエネルギーの代謝力は向上すると考えています。
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エネルギー代謝力を向上させる事は、事実上酸素の供給能力を高める事と言っても良いと思います。

ここでポイントとなる赤血球/ヘモグロビンの数と毛細血管の発達についてもう少し詳しく説明しましょう。

赤血球/ヘモグロビンとは?
赤血球/ヘモグロビンは鉄とアミノ酸で出来た細胞で血液中に含まれ酸素と結合し細胞に酸素を届ける働きをします。

1日に約2000億弱骨髄で産生されます。しかし核がない細胞のため通常は120日前後の寿命で、激しい運動などが原因でそれより早く壊れることもあります。

1日の産生量は腎臓の働きにより管理され、血液中の酸素量が少ないと判断されればエリスロポエチン(ホルモン)を分泌し骨髄の赤血球産生量を増加させます。

毛細血管とは?
心臓を起点として全身を網羅している血管の中で、細胞組織の最も近くまで行き渡っているのが毛細血管です。

それまでの血管は外皮・血管平滑筋・内皮の三層構造であるのに対して、末端部分にある毛細血管は細胞のパッチワークで出来た様な細い管で、その細胞間隙から水分・栄養素・酸素などを細胞に供給します。

その繊細な構造のため打撲や何かの衝撃によって損傷する事がある一方、必要に応じて再生する事が出来、酸素や栄養素の供給量を増やす必要があれば時間はかかりますが発達することも出来ます。

赤血球/ヘモグロビンや毛細血管は他の細胞組織と同様、必要に応じてその数を増やしたり発達し機能を高めていきます。逆に必要としなくなった場合(刺激が入らなくなった場合)はその機能は低下して行く事になります。

速筋線維は強度の高い負荷をかけ筋繊維を意図的に損傷し、その回復過程で筋肥大を促していきます。

一方遅筋線維は身体全体、若しくは競技力向上の為必要とされる部位を酸素が足りない状況に陥らせることで赤血球/ヘモグロビンを増産、毛細血管の発達を促す事でエネルギー代謝力を高めて行きます。そしてそのどちらも継続する事で発達し、継続を辞めれば日常生活に必要なレベルへと戻って行きます。

筋肉とエネルギー代謝(供給)、身体の基本的な仕組みを理解し、目的に合わせた効率的な刺激の入れ方(トレーニング方法)について考えて行きましょう。

AUTHOR PROFILE

佐藤一朗 さとう・いちろう/自転車競技のトレーニング指導・コンディショニングを行うTrainer’s House代表。運動生理学・バイオメカニクスをベースにしたトレーニング理論の構築を行うと同時にトレーニングの標準化を目指す。これまでの研究の成果を基に日本代表ジュニアトラックチームを始め数々の高校・大学チームでの指導経験を持ち、現在はトレーニング理論の普及にも力を注いでいる。中央大学卒/日本競輪学校63期/元日本代表ジュニアトラックヘッドコーチ                                       ▶筆者の運営するトレーニング情報発信ブログ    ▶筆者の運営するオンラインセミナーの情報

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