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栗村修「新城選手の快挙」

Posted on: 2015.09.15
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今年も白熱の展開となった『ブエルタ・ア・エスパーニャ』が終了しました。激戦の総合優勝争いも見応えたっぷりでしたが、一方で、我々日本人にとってはとても誇らしい快挙が達成されました。

これまで既に『ジロ・デ・イタリア』と『ツール・ド・フランス』の2つグランツールで完走を果たしている新城幸也選手が、3つ目のグランツールとなる『ブエルタ・ア・エスパーニャ』も見事に走りきり、日本人としては初の快挙となる 『全グランツール完走』を達成したのです。

新城選手はこれまでも自らの手で数々の扉をこじ開け、日本で応援する我々を常に驚かせてきました。

きっと本人からすれば今回の快挙も通過点に過ぎないのでしょうが、日本ロードレース界の歴史に名を残す大きな功績となることは間違いありません。

ここで、新城選手のこれまでのグランツール完走に関する軌跡を改めて振り返ってみたいと思います。

◯2009年(プロデビュー)
ツール・ド・フランス 初出場 個人総合126位
第2ステージ 5位(集団スプリント)

◯2010年(プロ2年目)
ジロ・デ・イタリア 初出場 個人総合93位
第5ステージ 3位(3名で逃げ切り)

ツール・ド・フランス 2回目出場 個人総合112位
第11ステージ 6位(集団スプリント)
※世界選手権ロードレース(WC)9位

◯2011年(プロ3年目)
グランツール出場なし
※アジア選手権ロードレース(NC)優勝

◯2012年(プロ4年目)
ツール・ド・フランス 3回目出場 個人総合84位
※ヴォクレールの山岳賞獲得とステージ優勝に貢献し新城選手もオービスク峠を3番手通過
※ツール・デュ・リムザン(2.HC)個人総合優勝

◯2013年(プロ5年目)
ツール・ド・フランス 4回目出場 個人総合99位

◯2014年(プロ6年目)
ジロ・デ・イタリア 2回目出場 個人総合113位

ツール・ド・フランス 5回目出場 個人総合65位
※アムステルゴールドレース(1.UWT)10位

◯2015年(プロ7年目)
ブエルタ・ア・エスパーニャ 初出場 個人総合65位

プロキャリア7年で8回のグランツールに出場し、すべてのレースで完走を果たしています。また、基本的にアシストとしての出場がメインだと思うので自身の個人総合成績を狙って走ったレースはないはずですが、にも関わらず総合順位は年々向上する傾向にあります。

山岳でのパフォーマンスが明らかに向上し、今回のブエルタでは個人タイムトライアルでの能力の高さもみせてくれました。

まだ、新城選手の来季の動向に関するオフィシャルな情報は入ってきていませんが、超個人的な勝手な願望として、『もし新城選手が自らの総合順位のためにグランツールを走ったらどの辺りの順位までいけるのかみてみたい』という気持ちが沸き起こってきています。

もちろん彼は本物のプロ選手なので、そんな勝手なことは許されない環境のなかに身を置いているのは重々承知はしているのですが、それでも最近の新城選手の進化をみているとそんな贅沢な期待感が生まれてきてしまいます。

シーズン中盤を怪我で棒に振った新城選手ですが、このあと、フレッシュな状態で彼にとっては相性の悪くない世界選手権ロードに挑みます。

引き続き、日本のレース界全体で新城選手を応援していきたいですね!

AUTHOR PROFILE

栗村 修 くりむら・おさむ/1971年横浜市出身。15歳から本格的にロードレースをはじめ、高校を中退し単身フランス自転車留学。帰国後シマノレーシングで契約選手となり、1998年ポーランドのプロチーム「ムロズ」と契約。2000年よりミヤタ・スバルレーシングで活躍した後、2002年より同チームで監督としてチームを率いた。2008-09年はシマノレーシングでスポーツディレクター。2010年より宇都宮ブリッツェンにて監督。2014シーズンからは、宇都宮ブリッツェンのテクニカルアドバイザーを務めた。現在は、一般財団法人日本自転車普及協会 主幹調査役につき、ツアー・オブ・ジャパン大会副ディレクターとしてレース運営の仕事に就いている。JSPORTSのロードレース解説をはじめ、競技の普及および日本人選手活躍にむけた活動も積極的に行なう。 筆者の公式ブログはこちら

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