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砂田弓弦「今年の世界選で感じたこと」

Posted on: 2011.09.30
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長かったシーズンももうすぐ終わります。ほっとする反面、来年のレースに向けての準備も多くあり、また新しいシーズンが来ると思うと、正直言ってちょっとうんざりした気持ちになります。あっという間に年が変わる感じです。

僕は20代後半から今の仕事をやっているのですが、ロードレースのカレンダーは毎年ほぼ同じであり、ただただ毎シーズンがぐるぐる回っているのです。

気がつけばこれまでジロを23回、ツールを23回、ミラノ~サンレモを22回、パリ~ルーベを22回取材・・・・というふうに、数だけが増えて行きます。

この9月、ちょうどブエルタ・ア・エスパーニャの期間中に僕は50歳の誕生日を迎えました。数えてみると、人生の半分近くをこうしたプロのレースといっしょに過ごしていることになります。結婚、子供の誕生、家を建てる、死別・・・・といった人生の節目はすべて自転車レースの合間に刻み込まれていて、良くも悪くも自転車だけの人生だと思っています。

8月から9月の3週間に渡って行われたブエルタの取材を終えて、すぐにデンマークのコペンハーゲンで行われたロードの世界選手権の取材に入りました。僕にとってそれは22回目のロード世界選手権でした。

長く取材していると、ちょっとした変化にも気づくものです。今回まず驚いたのが、ゴールでのフォトグラファーの立ち位置が、ゴールラインから非常に遠かったことです。これまでは300mmのレンズがあれば良かったのですが、今回は500mmを使いました。世界選では初めてのことです。重たいので持って行こうか行くまいかかなり迷ったのですが、持って行って本当に良かったと思いました。この世界選も他のレースと同様に、撮影条件が年々厳しくなってきています。

それ以上の驚きは、会場にフランス語放送がなかったことです。自転車界の公用語はフランス語であり、場内放送は現地の言葉とフランス語で行われるのが普通です。

ところが今回は、デンマーク語と英語でした。英語の実況放送はうまくて、それはそれで良かったのですが、フランス語がなかったのは初めての経験です。

パット・マッケイドがUCI(国際自転車競技連合)の会長の座についたのは2006年のことです。彼はアイルランド人で、母国語は英語です。ですから、これまでフランス語一本やりだった自転車界に、国際的な標準語である英語を持ち込もうとする姿勢が至る所に伺えます。

たとえば、これまで「プロツール」とフランス語で呼ばれていた体制は、その内容の変化もあって今年から「ワールドツアー」と、英語に変わりました。

そして自身が選手をやっていたこともあり、自転車競技に愛情を持っている姿勢が垣間みられます。ヨーロッパ以外のところで開かれるレースにも頻繁に顔を出しており、このスポーツを国際的に広める姿勢が如実に現れています。


Photo by Yuzuru SUNADA

こうしたことが功を奏したのか、今年の男子エリートのタイトルはイギリスのマーク・カヴェンディッシュの手に渡りました。もちろんイギリスもヨーロッパですが、ロードレースで頭角を現してきたのは最近のことであり、これまではマイナー国と認識されていました。世界選でのイギリス人勝者をリストに見つけるには、1965年まで遡らなければなりません。そう、その2年後のツール・ド・フランスのモン・ヴァントゥで命を落としてしまったトム・シンプソンです。1927年に始まった世界選手権の男子エリート(かつてはプロというカテゴリー)の中で、優勝者はもとより、3位以内に入ったイギリス選手というのは、この2人しかいないのです。

イギリスチームは今回、シャツとパンツがつながったいわゆるワンピースタイプのウエアを着て臨みました。通常はタイムトライアルだけに用いられるもので、ロードレースではほとんど例がないことです。

かつてアルペンスキーの回転競技では、スキーパンツとセーターが普通だったのですが、競技のスピード化やマテリアルの進化もあって、現在のワンピースに変化しました。ロードレースでも近い日にこうしたワンピース姿が普通になっていくのかもしれません。

一方、ヨーロッパの自転車大国と呼ばれる国で変化があったのはフランス、イタリア、スペインなどです。

フランスは長い間、真っ暗なトンネルの中にありました。ツール・ド・フランスの優勝者を見ると、1985年のベルナール・イノー以来、フランス人優勝者が途絶えています。地元開催のレースで母国の選手が勝てないというのは、非常に珍しい記録です。もちろん、単発的には良い選手が出てきていますが、長い歴史を持つ同国の自転車界に今もスターは不在です。

しかし、今回の世界選では男子アンダー23と男子ジュニアで2つの金メダルを獲得しました。これは、低迷するフランスを盛り上げる大きな勝利でした。

一方、イタリアは女子エリートで金メダルを取ったものの、肝心の男子エリートでは10位以内に一人も入れず、1983年以来のワースト記録を作りました。またスペインは今回すべてのレースで表彰台に立つことができないという惨事に見舞われています。


Photo by Yuzuru SUNADA

さて、我らが日本チームはどうだったでしょう。

昨年は男子エリートで新城が9位に入りました。ヨーロッパではニュースにもならない成績ですが、これまで完走することすら難しかった日本チームにおいては快挙でした。

しかし、今回は中盤に大きな落車が起きて集団が分かれたこともあり、新城と別府は後ろに取り残され、宮澤が唯一ゴールスプリントに参加できました。昨年からさらに一歩前進してほしいという我々の期待は裏切られてしまいましたが、一方でやはり世界選はそんなに甘くないということも改めて知らされました。

けれども、明るいニュースが日本チームにありました。それは内部の体制が大きく変わろうとしているということです。

これまでは選手の強化とはおよそ縁がないと思われた人たちで要職が占められていました。ロンドン五輪を見据えてフランスから厚遇を持って呼んだ監督が途中でとんずらしたにもかかわらず、その責任も追求されないままでした。

また、昨年の全日本選手権で役員が、新城と別府の所属しているプロチームの名を教えてほしいと近くの人に聞いているのを耳にしたとき、この連盟から優秀な選手が出ることは、あと100年はないと思ったものです。

ヨーロッパの伝統国から選手がどんどん出てくるのは当たり前です。ミラノの僕の家の近くの幹線道路に週末1時間立っているだけで、数百人のサイクリストを見ることができます。「これは何かレースでもやっているのですか」と日本から来た人に言われたこともあります。そんな環境で優秀な選手が出てこないわけがありません。

反対に、伝統がない国で自転車競技を強化したいのなら、優れた体制を作って行くしかないのです。そしてその成功例がオーストラリアとイギリスです。今、日本が見習わなければならないのは、この2つの国です。

来年の世界選は9月15日から23日にかけて行われます。史上初めてチームタイムトライアルが行われることもあり、開催期間がこれまでよりもさらに3日間のびていて、年間200日近くをホテルで過ごしている僕のうんざり度はますます増加しています。

しかし、そこで新生日本チームが活躍し、日本の関係者やファンがニコニコ顔で帰って行くことを祈らずにはいられません。

END

砂田弓弦(すなだ・ゆづる)/1961年富山市生まれ。法政大学卒業後、イタリアに渡り、フォトグラファーとなる。現在は日本とイタリアの間を頻繁に行き来しており、ミラノにオフィスを構えて、自転車競技を中心に撮影をしている。その作品はイタリア、フランス、イギリス、アメリカ、オーストラリア、日本をはじめとする多くの国のメディアに掲載されているほか、内外の広告の分野でも定評を得ている。
http://www.yuzurusunada.com


Photo by Yuzuru SUNADA

AUTHOR PROFILE

砂田弓弦 すなだ・ゆづる/1961年富山市生まれ。法政大学卒業後、イタリアに渡り、フォトグラファーとなる。現在は日本とイタリアの間を頻繁に行き来しており、ミラノにオフィスを構えて、自転車競技を中心に撮影をしている。その作品はイタリア、フランス、イギリス、アメリカ、オーストラリア、日本をはじめとする多くの国のメディアに掲載されているほか、内外の広告の分野でも定評を得ている。

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