砂田弓弦「ロードレース無線廃止裁定に思うこと」

Posted on: 2011.03.28

 UCI(国際自転車競技連合)がロードレースでの無線使用を禁止する決定を下したことに、強い反発の声が上がっています。
 昨年の世界選手権でもすでに使用が禁止されており、今年に入って上のカテゴリーのレースでは使用を認めつつも、全面禁止は時間の問題です。
 集団の後ろに監督が運転するチームのクルマが走っていますが、そこから無線機で選手に指示を送るということが、90年代に入ってから始まりました。今日ではそれが当たり前のように行われていて、どの選手も小型のトランシーバーを背中につけ、そこから伸びるイヤホンを耳に入れて走っています。

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 これとは別に、レースの中では状況を随時知らせるラジオツールと呼ばれるものがあります。取材車やチームのクルマにはこれを聞く無線機の搭載が義務づけられているのですが、この無線からは逃げた選手の名前や集団との差、さらに危険な箇所など、多くの情報が流れてきて、これを元に監督が作戦を立てて選手に知らせているのです。
 一方、外部から指示されながら走ると、選手の自主性や頭脳的な走りが阻害されるという声は以前からありました。だから、若い選手のカテゴリーではすでに禁止になっています。
 そしてこれをプロのレースにも適応しようとしているのがUCI、これに反対しているのが、大半のチームです。

 現在もさまざまな意見があります。ここで僕の個人的な意見を言わさせてもらうと、禁止に賛成です。
 「自転車競技は選手の脚と頭でやるものだから」というのが理由です。スポーツの原点に戻ることが必要だと思うのです。
 たしかに、無線が使用できないレースを集団の後ろで見ていると、これまでなかったような混乱が起きています。水の入ったボトルをチームカーから受け取るために手を上げて呼んでも、いったい誰が呼んだのか監督が分からず、また選手もチームカーが来ていることが分からないということが珍しくなくなりました。
 またチーム内の誰かがパンクしたり、力つきて遅れたりしたときには、チームメートが待つ必要があるのに、外部からの情報がないためにできなくなったりもしています。
 だけど、15年ほど前までのレースには無線はなく、みんなこうした条件の中でやりくりしながら走っていたのです。
 それから、危険箇所を選手が知りたいというのですが、それでは無線がなかったときと現在とでは、レース中の落車や事故の数が違うかというと、疑問です。

自転車競技の人気の低下
 
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 僕は若い頃、フランチェスコ・モゼールやベルナール・イノー(写真)といったスーパー・チャンピオンに憧れました。
 彼らはグランツールに優勝しましたが、パリ〜ルーベにも優勝しています。その前の世代のエディ・メルクスやフェリーチェ・ジモンディもそうです。つまり、偉大なチャンピオンは、年間を通してあらゆるタイプのレースで勝ったのです。
 ところが今はどうでしょう。コンタドールがパリ〜ルーベを走るなど、まずあり得ないことです。アームストロングはツールに7回優勝する最多記録を作りましたが、パリ〜ルーベはおそらく一度も走っていないのではないでしょうか。
 
 ベルナール・イノーは
「アームストロングはツールのチャンピオンだが、自転車競技のチャンピオンではない」とはっきり言います。
 こうした選手のスペシャリスト化が、ファンの夢を奪っているのです。
 近年のロードレースは勝利至上主義になってきていて、そこにあるのは計算づくしのレースです。僕には、無線もその一つの手段に思えるのです。
 皮肉なことに、無線廃止に反対する多くの監督も、このスペシャリスト化がロードレースの人気を低下させていることを十分に知っていて、昔のレースは良かったなどと言う人も少なくないのです。
 僕にとっての自転車競技は、もっとロマンチックなものです。若い頃に見た、フランチェスコ・モゼールやベルナール・イノーたちが、生身の身体で勝負し合っていたときのレースこそが、ロードレースの本当の魅力だと思うのです。   
 選手にとって、勝利は非常に重要なものですが、それだけがすべてとは僕は思いません。どんな勝ち方をするのか、そしてどんな姿勢で自転車競技に向かっているのか……、そうしたところにファンの心が動かされるのです。
 プロ選手はファンに夢を与えることこそが本当の仕事だと思います。今でもコッピやパンターニがヨーロッパで絶大な人気を誇るのは、成績以上の何かを残して行ったからです。

 この無線論争で、僕もことあるごとに耳を傾けているのですが、案の定、昔から長く自転車に関わってきた人ほど、廃止に賛成する傾向が強いようです。
 今、僕はトラックの世界選手権の会場にいます。目の前にバッソやシュレクらとチームメートとして走ってきた元プロ選手と、イタリアの新聞ラ・ガゼッタ・デッロ・スポルトのベテラン記者に僕が無線論議を投げかけると、元選手の方は
「禁止には反対。最低でも安全のためにラジオツールを聞かせるようにするべき」と言っているのに対し、記者は
「禁止になって5日もすれば、みんなそれに慣れる」と、意見は真っ向から対立しています……。

 それぞれの自転車競技に対する接し方が、考え方に大きく影響しているようです。

END

砂田弓弦(すなだ・ゆづる)/1961年富山市生まれ。法政大学卒業後、イタリアに渡り、フォトグラファーとなる。現在は日本とイタリアの間を頻繁に行き来しており、ミラノにオフィスを構えて、自転車競技を中心に撮影をしている。その作品はイタリア、フランス、イギリス、アメリカ、オーストラリア、日本をはじめとする多くの国のメディアに掲載されているほか、内外の広告の分野でも定評を得ている。
http://www.yuzurusunada.com

AUTHOR PROFILE

砂田弓弦 すなだ・ゆづる/1961年富山市生まれ。法政大学卒業後、イタリアに渡り、フォトグラファーとなる。現在は日本とイタリアの間を頻繁に行き来しており、ミラノにオフィスを構えて、自転車競技を中心に撮影をしている。その作品はイタリア、フランス、イギリス、アメリカ、オーストラリア、日本をはじめとする多くの国のメディアに掲載されているほか、内外の広告の分野でも定評を得ている。

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