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砂田弓弦「追い抜き競技から見える特殊事情」

Posted on: 2010.08.01
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 バンクーバー五輪に向け、アルペンスキーの注目も高まっていますが、種目は回転、大回転、スーパー大回転、滑降などが行われます。
 回転と滑降の間に位置する大回転は技術とスピードの両方の要素を備えており、選手として身につけるべき基本部分を多く含んでいると昔から言われています。トラック競技で言えば、さしずめ追い抜き競技に当たるのではないでしょうか。
 この追い抜き競技には1人で走る個人追い抜きと、4人で走る(女子は3人)団体追い抜きがあり、いずれも距離は4km(女子は3km)で、中距離種目に位置づけられています。この種目をこなすことによって、長距離種目であるマジソンやポイント、スクラッチ、さらにはロードでも活躍できることは明白で、もっとも応用幅の広い能力を身につけることができると思います。現にロードの男子エリートでは、オーストラリアは強豪国に数えられていますが、その多くは追い抜き競技の経験者です。
 ところが日本国内のトラックレース、とりわけこの追い抜き競技を見るにつけ、20年以上前のタイムとあまり変わっていないことにショックを受けることが多々あります。
 日本記録は、男子プロが4分31秒、男子シニアが4分36秒で、これらの記録を昨年の世界選手権予選に当てはめてみると、20人中15から18位くらいです。
 一方、男子団体追い抜きの日本記録は4分18秒で、昨年の世界選の最下位のチームからさらに5秒遅れです。また日本記録を作ったチームのタイムをもってしても、世界選手権・個人追い抜きの表彰台に立てません。

 日本の場合、高校や大学の自転車部に入って競技を始める例が少なくありませんが、指導者に世界に通用するトレーニング方法が伝わっていないことに大きな原因があるのではないかと思います。いや、ワールドカップや世界選手権で、日本の競輪選手たちが予選を通過するのも難しくなっている状況を見ると、競輪選手を含め、日本でトラックレースを走る選手たち全体に、最新のトレーニング方法が行き渡っていないのではないでしょうか。

 昨年の12月、都内でフランスのベルナール・イノーと数日間いっしょに過ごす機会がありました。イノーは70年代から80年代にかけて活躍した選手で、ツール・ド・フランス5勝、ジロ・デ・イタリア3勝、ブエルタ・ア・エスパーニャ2勝、さらに世界選や数々のクラシックレースで多くの勝利を挙げました。100年以上続いている自転車競技の中で、数えるほどしか存在しないスーパースターの一人です。
 質問やインタビューを受けると、たとえイノーでも紋切り型の答えになりがちですが、今回はわずか数日間だったにせよ、プライベートな時間もいっしょだったこともあり、本物のイノーに接することができました。
 なかでも、「もし自転車競技の学校を作るならば、BMXからMTB、トラックなどすべての種目を体験させ、あらゆることに対処できる身体を作りあげる」と言ったのは印象的でした。
 さらにトラックでは、
「バランスのとれた走行感覚を身につけさせるために、逆回りの走行もやらせるべき」だと言っていました。
 イノーは自転車競技の世界に入る前には、陸上競技のクロスカントリーでフランスのトップクラスでした。また17歳で自転車を始めてからも、冬場はシクロクロスを行っていましたから、説得力がありました。

 私はトレーニングの専門家ではないので、日本の選手たちのことを、どうこう言える立場ではありません。
 ただ、たとえば高校の自転車部の先生が、海外のロードレースに日本代表の生徒を連れて行ったときに、クルマからボトルも渡せない、渡したことがないという話を聞いただけでも、世界の自転車競技と、日本の自転車競技があまりに違いすぎているのではと思うのです。
 クラブ主導であるヨーロッパとは違い、日本は学校が主体です。教師の本来の仕事は勉強を教えることであり、スポーツの専門家ではありませんから、部活の先生を批判する気持ちはありませんし、同情すらしてしまいます。日本のスポーツの制度自体に大きな矛盾点があるのです。
 しかし、今ある学校主導の体制を変えるのは簡単ではありませんから、まずは指導者に世界で行われている自転車競技、そしてそのトレーニング方法を知ってもらうことがなにより重要だと思います。

 昨年、別府と新城がツール・ド・フランスに出場して立派な走りを見せました。彼らの活躍もあって、一般の人々の自転車への感心が高まる一方、日本国内の選手の強化は、前出の追い抜き競技の例を出すまでもなくお粗末なのが現状です。自転車熱が高まる一方で、国内の選手の強化が進まないというこの空洞化は、他国にはみられないほど特殊で不安定なものです。本来は比例の関係にあるべきものですから。事実、別府と新城も経歴の面から見れば純粋な国産とは言えず、フランス製の日本車です。
 イノーの自転車学校の話は些細な例です。しかし今、日本の選手や指導者がやってきたこと、そして今やっていることが果たしてベストなのかどうかを検証するならば、改善の余地がまだまだあるのではないかということです。

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END

砂田弓弦(すなだ・ゆづる)/1961年富山市生まれ。法政大学卒業後、イタリアに渡り、フォトグラファーとなる。現在は日本とイタリアの間を頻繁に行き来しており、ミラノにオフィスを構えて、自転車競技を中心に撮影をしている。その作品はイタリア、フランス、イギリス、アメリカ、オーストラリア、日本をはじめとする多くの国のメディアに掲載されているほか、内外の広告の分野でも定評を得ている。
http://www.yuzurusunada.com

AUTHOR PROFILE

砂田弓弦 すなだ・ゆづる/1961年富山市生まれ。法政大学卒業後、イタリアに渡り、フォトグラファーとなる。現在は日本とイタリアの間を頻繁に行き来しており、ミラノにオフィスを構えて、自転車競技を中心に撮影をしている。その作品はイタリア、フランス、イギリス、アメリカ、オーストラリア、日本をはじめとする多くの国のメディアに掲載されているほか、内外の広告の分野でも定評を得ている。

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