砂田弓弦「日本人選手ツール出場に思うこと」
ジロ期間中、ジョルジョ・アルバーニの自宅を訪れました。アルバーニは選手として9回、監督として17回(エディ・メルクスをも率いた!)、オーガナイザーの一員として26回、合わせて52回もジロを経験している、いわば自転車界の御大です。
御年80歳で、さすがに今は隠居生活を送っていますが、それでも彼の発言には耳を傾けるものがあります。
「ニバリは良い選手だけど、ツールへの出場はまだ早すぎるよ」と言います。
ご存知ニバリはイタリアの将来を担うと見られている選手で、1984年生まれの25歳です。去年はジロで11位、ツールで20位という成績を納めました。
僕自身、ニバリのツール参加は妥当なものと考えていただけに、昔から若い選手を育てるのが好きだったというアルバーニの視点に、ちょっと考えさせられました。
自転車界が大きく変わったのは1990年前後のことです。それまで自転車選手は時間をかけてゆっくり育てて行くもので、ワインに例えられたりもしました。
ところがこの頃からワールドカップが始まって選手にポイントが与えられるようになったことも加わって、それまでの常識が通用しなくなってきたのです。
スポンサーからの圧力も強まり、若い選手たちにもそれなりの成績が求められるようになりました。その結果、レースは高速化して面白くはなりましたが、選手寿命は短くなり、入れ替わりが激しくなったのです。新人プロの数も増えましたが、プロのレベルに達しないような若者が多くなったのも事実です。
先日、新城幸也のツール出場が報じられたとき、うれしさ6割、不安4割の感情を覚えました。今年初めて本格的なプロの世界に入ったのだから、最初はブエルタが理想的ではないかと思っていたからです。新城の年齢は前出のニバリと同じですが、新城はプロ1年目。まだ経験がありません。もしアルバーニだったら、ブエルタだってまだ早いと一喝したかもしれません。今、世界のトップクラスの実力を持つバッソも、プロ1年目のジロは監督の命令で強制的にリタイアさせられています。
古くからのこうした考えが、結果を持って否定されたことだってあります。たとえばプロ1年目、弱冠22歳のジモンディは1965年のツールに初出場して、いきなり優勝しました。こんなに古い例を持ち出さなくても、現在注目されているスウェーデンのロヴクヴィストは弱冠20歳でツールに初出場し、以降毎年連続で走っています。彼もニバリや新城と同じ1984年生まれですが、今年のジロで大きな注目を集めたことは記憶に新しいところです。
僕の持っている不安が杞憂に終わることを祈っています。実際のところ、ツールでは良い走りをする姿を撮りたいし、将来は大物になって欲しい。
僕はこれまでヨーロッパでプロになったすべての日本人選手の走りを現地で見て来ましたが、新城はこれまででいちばん走る選手です。日本の貴重な財産だと思っています。
一つだけ、老婆心から言わせてもらうと、今年多少ハードになる分、オフには十分休むべきだということです。帰国すれば、雑誌やイベントなんかの誘いが山のように来るでしょう。だけどそんなものは断って彼女(いるのかどうか知りませんが)と海にでも行ってリラックスし、来シーズンに備えることです。
これまで若くして活躍した選手も見て来ましたが、使われ過ぎでダメになった選手をそれ以上に見て来ましたから。
END
砂田弓弦(すなだ・ゆづる)/1961年富山市生まれ。法政大学卒業後、イタリアに渡り、フォトグラファーとなる。現在は日本とイタリアの間を頻繁に行き来しており、ミラノにオフィスを構えて、自転車競技を中心に撮影をしている。その作品はイタリア、フランス、イギリス、アメリカ、オーストラリア、日本をはじめとする多くの国のメディアに掲載されているほか、内外の広告の分野でも定評を得ている。
http://www.yuzurusunada.com