福島晋一「本当のモノ(ひと)づくりとは」

Posted on: 2014.03.03

本当は幸也の家にく予定が幸也がタイに行ってしまった。「にいちゃん、すいません!」と言う幸也に「いいよ、いいよ、気にするな」トレーニングが大事だから絶対タイに行ったほうがいい。

「でも、チケット高かったんじゃ?」

「気にするな気にするな」

で、幸也がいないが ナント空港に降り立った自分はノルマンディーに電車で向かい、その足で今まで選手がお世話になっていたバイユーのジハーさんの家に向かった。

ちょうど、学生のバカンスが始まったばかりで電車の中は若い女の子が沢山。女の子ばかり見てるって?いや、本当に女の子ばかりで不思議と男が少なかった。で、6時間ほどの小旅行の後、バイユーに到着。今までの選手の思い出話を聞きながら夜は更けていった。翌日、家の裏に停めてあった自分の車「ルノー21」と再会。

エンジンは一発でかかった。

ジハーさんがバッテリーを換えてくれていたのだ。そして、保険をかけに街の保険屋を回るが、どこの保険屋も取り合ってくれない。ある保険屋に入っていたが、車を使わないので保険を止めていたのだが、2年間保険を止めた事があだになって、入れないのだ。結局、親切な保険屋のおねぇさんがインターネットで他の保険屋を見つけて手続きをしてくれた。1日がかりで保険をかけて、翌日いざ出発。

ジハーさんがルーアンまで一緒に同行してくれた。さて、懐かしのオマールに「ルノー21」で向かう。この車に乗った人の数を思い浮かべながら。ウィンドーウォっシャー液が壊れていたが、しつこくこねていたら出るようになった。

コツは知っている。

ウォっシャー液が出るだけで幸せな気分になれる。素晴らしい。

エルベ、フランク、農家に電撃訪問。みな、快く受け入れてくれたが、モニックだけは自分がまっすぐ農家に行かなかったのを知って「もう来なくていい」と電話を切った。そのモニック宅で昼食を頂き、「ルノー21」に今までの荷物を満載してマルセイユに向かったのが夜の19時。

パリを無事抜けて雨の中、走れど走れど着かず。朝の4時にリオンの手前で眠気を感じパーキングエリアに入った。荷物の中に3枚の毛布と枕があったので、できるだけシートをフラットにして寝ようとしたら人の影が。気にせず寝たが10分後にまた影が。近くに若い男がペットボトルの水を飲んでいる。

周囲に車はない。人もいない小雨が降るパーキングエリアで黙ってこっちみている。すぐにエンジンをかけて、次のパーキングエリアに行き、トラックのわきでぐっすり寝た。

翌日、13時にマルセイユに着くとそのままレースに向かう選手を迎えに行って一日中、21は大活躍。

この時代のフランス車は本当に長持ちする。重くて燃費もそんなに良くはないががっしりしている。今日は家を整理して車を洗った。苔は意外とあっさりと取れた。

これから、どこを直そうか?
楽しみが増えた。

フレームもそうだが、古い自転車は長持ちする。最近の教育は、教育する人間が強くなるだけで、教育される人間はあまり強くなっていないと感じる。丈夫なものを作りたいものだ。

シーズン前に故障している君のことだよ!

AUTHOR PROFILE

福島 晋一 ふくしま しんいち/岡山県出身 1971年生まれ。20歳からロードレースを初め、22歳でオランダに単身自転車武者修行。卒業後、ブリヂストンアンカーに所属し2003年全日本チャンピオンを獲得。2004年ツアー・オブ・ジャパン個人総合優勝、2010年ツールドおきなわ個人総合優勝。2003年から始めたチーム「ボンシャンス」代表に就任。2013年シーズンを最後に引退。JOCのスポーツ指導者育成制度でフランスのコンチネンタルチーム「ラ・ポム・マルセイユ」の監督として2年間の研修を経て、現在はアジアのロードレース普及を目指しアジアサイクリングアカデミーを主宰している。 アジアサイクリングアカデミー筆者の公式ブログはこちら

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