砂田弓弦「報道する側の心得」

Posted on: 2010.08.01

 僕は野球も相撲もまったく興味がありません。テレビで観たり、あるいは新聞を広げて読んだりしたことは、これまでほとんどありません。
 それでも、かつて王や長嶋といったスーパースターがいたこと、あるいは大鵬という横綱が昔いて、今は朝青龍が強いことくらいは知っています。

 興味がなくても日本にいれば、これくらいは頭に入ってしまうものです。日本では野球も相撲も庶民に人気があるからでしょう。そして共に日本人の精神性、あるいは国の歴史、文化などにも関わっているはずです。
 それでは仮に、外国の記者がこの2つのスポーツを取材に来たとするならば、野球場に行ったり、あるいは蔵前国技館に行くだけで良いでしょうか? 良い取材をしたいなら、たとえば残業で遅くなって家でビールを飲みながらナイターを観るお父さんの姿だとか、テレビでの相撲中継を横目に見ながら客の対応をする八百屋の親父なんかの取材を加えると、きっとより良いものになると思います。僕らが小さいとき「子供が好きなものは巨人・大鵬・卵焼き」といううまい言葉がありましたが、それくらいは手帳に書き留めて帰国してもらいたいものです。
 ヨーロッパで自転車競技の取材を日本人がするということは、この逆のことです。ヨーロッパの自転車競技は歴史があり、そして大衆の人気を得ています。
 やはり、そこにある歴史だとか文化をある程度は勉強してから行くべきです。まあ行って体験し、それから勉強するという順番でもいいですが、少なくともそうした相手先の文化を尊重する気持ちを持っていても損はありません。

 たとえば、日本では一部の若者の間だけで話題になるF1も、イタリアではれっきとした文化です。その辺で朝からワインを飲んでいる年金生活のおじいさんたちが、「今年のフェラーリは」「マクラーレンは・・・」などと議論していても驚いてはいけません。
 かつて日本にF1ブームと呼ばれた時期がありました。そして当時現場に行っていた人に聞いて知ったのですが、会場に来て選手やスタッフにちゃんと質問できる日本人はほとんどいなかったそうです。まして歴史的なことを知っている人がはたして何人いたのか・・・という印象もその話を聞いて持ちました。F1ブームが終わったのも、当然の結末だった気がします。

 今年、新城や別府といった活きのいい選手が出て来て、日本でもちょっと芽生えたという気がしました。
 でも軽そうな女の子が「すごい!」「がんばりました!」みたいな報道(?)をやっているのを見ると、将来を案じてしまいます。
 こんなときこそ、たとえば約100年前に始まったツールがこんな流れで今まで続いているとか、これまでこんな選手が出て、中には社会現象まで起こした選手がいるとか、そんなことを日本にも知らせる良いチャンスなのですが。
 ちなみに20世紀から21世紀に代わるとき、フランスの新聞社がとった「20世紀最高のスポーツ選手は誰?」というアンケートで、自転車選手がベストテンに数人入っていました。こういう国に「外人が野球や相撲の取材に行く」のですから、半端は通用しません。

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END

砂田弓弦(すなだ・ゆづる)/1961年富山市生まれ。法政大学卒業後、イタリアに渡り、フォトグラファーとなる。現在は日本とイタリアの間を頻繁に行き来しており、ミラノにオフィスを構えて、自転車競技を中心に撮影をしている。その作品はイタリア、フランス、イギリス、アメリカ、オーストラリア、日本をはじめとする多くの国のメディアに掲載されているほか、内外の広告の分野でも定評を得ている。
http://www.yuzurusunada.com

AUTHOR PROFILE

砂田弓弦 すなだ・ゆづる/1961年富山市生まれ。法政大学卒業後、イタリアに渡り、フォトグラファーとなる。現在は日本とイタリアの間を頻繁に行き来しており、ミラノにオフィスを構えて、自転車競技を中心に撮影をしている。その作品はイタリア、フランス、イギリス、アメリカ、オーストラリア、日本をはじめとする多くの国のメディアに掲載されているほか、内外の広告の分野でも定評を得ている。

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