ツール・ド・フランス2011 現地便り3 寺尾真紀

Posted on: 2011.07.29

スタート1時間前。頭上に輝いていた太陽をかき消し、黒い雲が覆った。チームカーの屋根にスペアバイクをセッティングしていたスタッフたちが不穏な雷鳴に耳を澄ます。一瞬おいて、大粒の雹が空から叩きつけてきた。サインインに向かおうとしていた選手たちはチームバスに戻っていき、逃げ場所のないファンや取材陣はチームバスの庇の下に緊急避難。スタートまでに雨は上がったが、それでも第3ステージ以来雨が落ちなかった日がないという今年のツールだ。
序盤の逃げが吸収された直後のカウンターアタックには、アグレッシブな走りが身上のヴォクレールとジルベールも参加し、追うスプリンター・チームを疲弊させた。
「自分はミスをした。向こう(グライペル)はパーフェクトなスプリントだった」
前輪差でアンドレ・グライペルに敗北したカヴェンディッシュはそれだけ口にしてチームバスへ戻っていった。カヴェンディッシュとは違うチームへと移籍することで念願のツール・ド・フランス出場の夢を叶え、更にステージ優勝の夢も叶えたグライペルは、何度も何度も小さなため息をつき、勝利の喜びを少しずつ実感しているようだった。

明け方に聞こえ始めた雨音は、朝になっても続いていた。名前こそ違う町になっているが、昨日のゴール地、カルモーとほぼ同地点のスタート。諦め顔のメカニックがバイクチェーンにせっせとグリースを塗っている。
「今ごろバスの中ではマッサーが選手にオイルを塗っているよ」
そのグリースの効き目もオイルの効き目も切れたであろうレース終盤、ゴール地のラヴォールではバケツをひっくり返したような土砂降りになった。最後まで逃げ続けていたラルス・ボームが残り3kmを過ぎたところで捕まると、スプリンターチームのトレインにGCチームのトレインも加わり、猛スピードでスプリント・フィニッシュへ向かう展開になった。スプリントでミスをすると悔しさに眠れなくなる、と言っていたカヴェンディッシュ。おそらく昨夜眠れぬ夜を過ごしたであろう(そして同室のアイゼルに迷惑をかけたであろう)彼が、前日の雪辱を果たし、
第5、第7ステージに続く今シーズン3勝目を挙げ、グリーンジャージにも袖を通した。

フランス革命記念日は、今ツール初の超級(HC)山頂ゴール。ゴールのリュザ・ルディダン、ツールマレー峠の前には、アスパン峠の代わりにウルケット・ダンシザンが初登場した。
「ピレネーでどんな驚きがあるかって? 100年近くピレネーに来ていて、また使われたことのない山がある、ということが驚きじゃない?」
チームバスから出てきたエヴァンスはプレスの質問を飄々と切り返すと、厳重にガードされながらサインインに向かった。
レースでは路肩を彩るバスクカラーのオレンジに励まされ、サミュエル・サンチェスが新人ヴァネンデールを抑えきった。人数が絞られたメイン集団からはフランク・シュレクが抜け出し、更にエヴァンス、アンディ、バッソからも遅れたコンタドールは更に大きなタイム差に苦しむことになった。ピレネーでは必ずマイヨ・ジョーヌを失ってしまう、と言っていたヴォクレールは最後までメイン集団についていくことができ、「魔法のジャージ」がくれる力に驚かされたという。

さんさんと輝く太陽からスタートした翌日はもう一枚の「魔法のジャージ」が力を与えてくれた。ブレークに勝機が見えたこのステージでは、熾烈なアタック合戦から10人が抜け出した。アルカンシェルを身につけたフースホフトがオービスク峠の麓でアタック。しかし、ジェレミー・ロワとモンクティエは世界チャンピオンを追い落とし、先を急ぐ。山頂に到達した時点でトップのロワをモンクティエが55秒差、フースホフトが2分5秒差で追う展開だった。
「アタックしたのは、自分のペースで登りたかったから。オービスクで2分差だったら追いつけると思っていたけれど、無線が聞こえなくて時間差がわからなかった。だから先を急ぐしかなかったのが良かったかも」
家で帰りを待っている幼い娘のことを考えて無茶はしなかった、とコメントした彼だが、ダウンヒルでマークしたスピードは111km/hに達した。
下りでモンクティエに追いつき、残り3kmでアタック。800m先のロワを追い抜き、そのままゴールを目指した。自身のツール9勝の中で「最も美しい勝利」を得たフースホフトと、破れた夢の悲しみで胸をいっぱいにしてゴールに辿り着いたロワを、ルルドの大観衆は同じ暖かさで迎え入れた。

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Photo by Yuzuru SUNADA

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