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ツール・ド・フランス2011 現地便り1 寺尾真紀

Posted on: 2011.07.15
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6月末日、梅雨明け間近の東京をあとにして向かったのはフランス。夏の始まりとともに、待ちわびた三週間が今年もまためぐってきたのだ。ツール・ド・フランスの現地取材は昨年に続いて2回目だが、全21ステージ(休息日を含めると23日間)を取材するのは今回が初めてとなる。レースに向かうたびに感じる胸の高鳴りと共に、何だか身の引き締まるような緊張感があった。

ツール・ド・フランス2011のグラン・デパールに選ばれたのは、フランス北西部ビスケー湾に面した街、ラ・バール・ド・モン。スタート地となったヴァンデ地方は、日本人ロードレーサー新城幸也が所属するチーム・ユーロップカーの本拠地である。過去2回のツールでめざましい活躍を見せた新城選手の3年連続出場は確実視され、日本でも期待が高まったが、最終的には地元チームヴァンデU出身者のみで構成された出場メンバーが選出され、ファンや関係者を落胆させた。

今大会は2008年以来のフランス国内スタート。もうひとつ3年ぶりとなるのが、通常ステージでの開幕だ。ツールでは通例とも言える初日のプロローグ・タイムトライアルは行われない。スイス人のタイムトライアル王者、ファビアン・カンチェッラーラが初日から圧倒してマイヨジョーヌに袖を通し、その後は「逃げ→吸収→集団スプリント」という筋書きの平坦ステージが延々と続く「まどろんでいるような」ツール1週目に変化を与えよう、という主催者の思惑が働いたと思われる。

平坦ステージのゴール手前に斜度のある上り、ということで、優勝候補の筆頭にはトル・フースホフト、アレッサンドロ・ペタッキらのスプリンター、そしてアルデンヌを完全制覇し、新ベルギーチャンピオンになったばかりのフィリップ・ジルベールの名が挙げられた。この日のステージ優勝者は自動的にマイヨジョーヌを獲得することになるので、ここにかけてくる意欲は並大抵のものではないだろうが、自身のチャンスとなると一様に控えめな優勝候補たちであった。

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Photo by Yuzuru SUNADA

7月2日午前10時。プラス・ドゥ・ラ・ガールでの仮スタートの約2時間前。海辺の小さな街は、白い砂埃と、モトやバスやヘリコプターの騒音で満たされていた。エスプラナードには色とりどりのチームバスがずらりと並び、エンジンが低い唸り声を立てている。チームスタッフがバスの外で忙しく準備に立ち回るさまを、世界中から訪れたファンがカメラを手に見守る。メカニックが自転車を一台一台ラックにセットする横で、ソワニエがクーラーボックスの中を覗きこみ、補給食やドリンクの本数を確認している。最初に出発するのは、補給地点に先行して選手を待たなくてはならない彼らだ。選手たちが出走名簿にサインを始めるのはスタートの1時間前から。サインを済ませて一度チームバスに戻る選手は、早い時間からチームバスを降りてくる。逆に、トップ選手たちは出走サイン終了時間が10分を切る頃にならないと出てこないことが多い。何人かの著名選手のサインには、チームスタッフが自転車(あるいは小走り)で “同伴” する。カデル・エヴァンス、アルベルト・コンタドールなどがそうした “VIP” の典型である。マイヨ・ジョーヌを着て以来フースホフトにもしっかりとお伴がついたが、普段はそうではない。変わったところでは、今年からマーク・カヴェンディッシュにプロのボディーガードがついている。「どうして?」と聞いても、チームの返事ははっきりしない。自転車競技はファンと選手の距離が近いことが特徴。去年はエアガンで選手が撃たれる、という許しがたい事件も起きた。さまざまな発言が大きく取り上げられるカヴェンディッシュであるから、チームとしては彼の身辺の安全のために万全の体制をとった、ということなのかもしれない。

太陽を浴び、晴れやかな表情の選手たちがエスプラナードを走り抜けていく中、俯きがちに、小柄な体をいっそう小さくするように通っていったのは、昨年の覇者コンタドールだった。しかし観客の目を欺くことはできず、さざなみのようにブーイングが広がっていった。後日、チームプレゼンテーションと初日の観客の反応について尋ねると、コンタドールからは硬い笑顔が返ってきた。
「・・・・・・土地柄もあると聞いていたから、あまり気にしないようにしたんだ」
今から思うと、待ち受ける数々の試練を暗示するかのようなスタートだった。

チームバスを出た選手たちはフェンスで区切られた区画を通ってマイヨ・ジョーヌカラーのステージに上り、ここで出走のサインをする。スタート10分前ともなると、このエリアは大混乱となる。別チームの顔見知りを見つけて挨拶を交わす選手たち。ステージでは選手を紹介する大音響。大きなカメラをたすきにかけたフォトグラファーと、スタート前のコメントをとろうとするテレビクルーが小競り合いを始める。選手たちはその様子を面白そうに眺めているが、戦線が拡大して誰かが自転車にぶつかってくるとなると話は別。「ヘイ、アタンシオン!(おい、気をつけろよ!)」となる。

今回でツール15回目の出場となるスチュアート・オグレディの横に、同じオーストラリア出身、ツール初出場のマシュー・ゴスの姿があった。いつもリラックスした様子でにこやかな彼からは想像がつかないほどのこわばった表情だった。
「・・・・・・自分でも情けないくらい緊張してる。さっきからスチューイ(オグレディのこと)が笑わせようとしてくれるんだけど、何を聞いても笑えなくって」
「いつもは何聞いても笑いすぎだから、ちょうどいいよ」
オグレディのドライなコメントに、やっとゴスの白い歯がのぞいた。
「・・・・・・つまり、要するに、これがツールなんだ」

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Photo by Yuzuru SUNADA

赤いオフィシャル・カーの赤いランプが回転し、サイレンが鳴り始める。前方でレース・ディレクターの合図があり、選手たちの集団が前に進みだした。観客の声援がひときわ大きくなる。ここから、2011年のツール・ド・フランスが幕を開けるのだ。

だんだん遠ざかる選手たちの背中を見送りながら、いつもと同じ、少し心もとない気持ちになった。誰が何番で帰ってくるのか、途中で何があるのか、元気に帰ってくるのか。わたしたちが関わることができない数百キロのドラマがこれから展開する。コメントが取れたらすぐ出発し、スタートは見ない、というジャーナリストが多いが、わたしはスタートを見送るのが大好きだ。ロードレースは選手たちのもの。コース上での彼らの体験や思いをわたしたちが共有することはない。彼らを理解しきることはできない。どれだけ彼らの近くにいても、どれだけたくさんの話を聞いても、わたしたちも究極的には傍観者に過ぎない。このスポーツの美しさと過酷さに惹かれ心動かされ、少しでもその近くに身を置きたいだけ。この思いを伝えたくて、写真を撮ったり、映像を送ったり、文章を書き綴ったりしている。そのことを確認する瞬間でもある。

例年ツールの序盤にはクラッシュが多い印象があるが、この日も例外ではなかった。特に、ゴールまで残り9kmの地点でコース上に身を乗り出した観客によって引き起こされたクラッシュは実際に落車した選手に加えて全プロトンの半分以上が足止めされる大規模なものとなった。取り残された選手の中にコンタドールがいることを知ってか知らずか、ここでレディオシャックとBMCレーシングが全力で牽きはじめる。ペースアップした先頭集団で2度目のクラッシュが起きたのは、残り2km地点。ここでも多くの選手が巻き込まれたが、彼らを置き去りに、レースは最後の1kmへと突入する。最初に仕掛けたのはカンチェッラーラ。そのアタックにすかさずジルベールが応じ、残り500mで鮮やかにスイスの王者を抜き去った。今シーズン他者を寄せつけない強さを発揮してきたジルベールだが、意外なことにこれがツール初勝利である。第1ステージでの初勝利ということで、マイヨ・ジョーヌというすばらしい栄誉もついてきたというわけだ。ゴール前9kmと2km、二度のクラッシュに前途を阻まれたコンタドールはトップより1分20秒遅れでゴールした。実際にはコンタドールより後に到着したシュレク兄弟、カデル・エヴァンスらはゴール前3km以内のクラッシュということで救済措置が適用され、トップと6秒差のタイムを与えられた。

「今日は我々はたまたまラッキーだったのだと思う。ツール1週目はどんなことでも起こりうる、ということをまざまざと見せつけられたね。とにかく大幅なタイムロスをしないこと。そのためには、常にエースには『守りの選手』をつけて気を配ること。カデル(・エヴァンス)の場合はジョージ(・ヒンカピー)がそうだね。それができないチームはタイムを失うと思う」。レース後、バスの前でそうコメントしたBMCオショウィッツ監督は少し不穏な言葉を継いだ。
「・・・・・・コースも狭かったし、クラッシュがあったから、選手はナーバスになるだろう。ポジション取りも熾烈になるだろうね。クラッシュがクラッシュを呼ぶパターンだ」

実際にはそこに悪天候という要素も加わり、ツールは1週間目からサバイバルレースの様相を呈することとなる。

★現地便り2に続く

寺尾真紀(てらお・まき)/東京生まれ。在日デンマーク大使館勤務の傍ら、ツール・ド・フランス等の自転車ロードレースを取材。英オックスフォード大卒。

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