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浅田 顕「シナリオのない紙芝居」

Posted on: 2010.09.27
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 2月に南仏で始まるステージレース、エトワル・ド・べセージュやツール・メディテラニアンは野球の世界に例えると言わばオープン戦といったところ。冬の間フライドポテトを食べ続け、シーズンに向けてどうやって身体をしぼるのか想像もつかないような分厚い皮下脂肪を蓄えてスタートに現れる選手もよく目にしたものだ。そしてシーズン開幕戦は3月のパリ・ニースやティレノ・アドリアティコ。このあたりからレースも真剣勝負になってくる。4月には北のクラッシックレースとヴエルタ・エスパーニャ、5月にはジロ・デ・イタリア、そして7月のツール・ド・フランスが終わると8月には世界選手権があり、9月になると選手の勢いは一気に鈍くなりシーズンオフへと突入するものだった。

 しかしそれは1980年代までのこと。現代の選手たちはシーズンオフに暴飲暴食で太る暇もなく、ヨーロッパから離れた温かい国々で1月から超特急レースが始まる。ツアー・オブ・ダウンアンダー(オーストラリア)やツアー・オブ・カタール(カタール)など、レーススピードはこの時期にしてすでに恐ろしく速い。シーズンインが早いからシーズンオフも早く来るという訳でもなく、シーズンの締めくくりとも言われる10月のジロ・ディ・ロンバルディアまでハイレベルなレース展開が維持されるように近年のロードレースシーズンは非常に長くなっている。毎年10月に行われるジャパンカップも以前は、オフの観光気分で来日しているような選手もいたが、今はジロ・ディ・ロンバルディアで上位入賞してまだ湯気が立っているような選手も来日するようになった。こうした選手であれば間違いなく強烈な走りを見せてくれる。

 このように年々長くなるロードレースシーズンだが、今シーズンもすでに終盤へ突入している。三大ツールもすべて終わり、トップレーサーの照準は世界選手権に向いている。

vuelta_cavendish_300

 それにしても、今年のヴエルタはすごくエキサイティングなレースだった。ここ数年、世界選手権前の調整レース的な位置づけで参加している選手が計画的リタイヤをするなど、主催者やレースファンをがっかりさせる傾向も少なからず見られたシーズン最後のグランツール。しかし今年は、オーストラリア・メルボルンで行われる世界選手権の開催日が例年より1週間遅く、その分調整期間に余裕が持て、逆に最後まで走ったほうがコンディションを維持できるということもあってか、完走者は昨年の139人から156人に増えた。途中チームスカイがレースを撤退したにもかかわらずということだから、やはり完走率は高かったようだ。そして何よりも予期せぬ出来事が繰り返される展開が面白かった。

 まずはスプリント勝負。抜群のスピードとチームワークで、ナイトレースとなった第1ステージのチームタイムトライアルを制したチームHTCコロンビアのエース、マーク・カヴェンディッシュ(イギリス)が、自信満々で臨んだ第2ステージのゴールスプリント(写真)でフランセーズ・デ・ジュの巨漢ユタロビッチ(ベラルーシ)にゴール前でぶち抜かれるという波乱があった。カヴェンディッシュはしばらく自信を喪失してしまったようで、その後なかなか勝てないステージが続いた。本格的な山岳ステージに入ると、注目のリーダー争いで実力差が浮き彫りとなっていく。第10ステージでホアキン・ロドリゲス(スペイン・カチューシャ)にスプリントポイントのボーナスタイム獲得を許し、1日その座を貸したものの、第7ステージからリーダーに立ったスペインのイゴール・アントン(エウスカテル・エウスカディ)が終始優勢にレースを運ぶ。ツール・ド・フランスを制したアルベルト・コンタドールもその実力を評価するアントンは、そのまま首位で逃げ切るかとも思えたが、第14ステージゴール手前7kmでまさかの転倒。肘を骨折し、リーダージャージを着たままレースを棄権することになってしまった。レースは残酷である。この時点でリーダーはヴィンツェンツォ・ニバリ(イタリア・リクイガスドイモ)となるが、更に山岳の第16ステージではニバリも少々遅れてしまう。リーダージャージは紙芝居のごとく次々にめくられ、再びホアキン・ロドリゲスがニバリに30秒以上の差をつけリーダーに立った。しかしレースもすでに終盤、こうなるとニバリかロドリゲスかという戦いに注目が集まるが、現地の関係者の多くはロドリゲスがタイムトライアルで大きくタイムを失うと予測した。結果…リーダージャージのロドリゲスは、関係者の予想を更に大きく下回るパフォーマンスでステージトップから6分遅れ、ニバリからも4分以上の遅れとなる105位というリーダーにはあり得ない結果に終わり、優勝争いから自ら崩れ落ち、リーダージャージを簡単にニバリへと返してしまった。

vuelta_mosquera_300

 そして事実上の最後の戦いとなった第20ステージ。もはやライバルはいないと思われたニバリだったが、彼を苦しめた男がいた。それはヴエルタ上位常連ながら、これまであまり怖くなかった男、総合2位につけるエセキエル・モスケラ(スペイン・シャコベオ=写真)だ。激しい展開でニバリとモスケラの一騎打ちになった登りゴールのラスト3㎞、勾配は20%を超えるコンクリート舗装の激坂だ。モスケラは大歓声の人垣の僅かな道幅を不気味な表情と軽やかなダンシングでグイグイとニバリを引き離しにかかる。今年はすごく怖い男となったモスケラがこんな形でヴエルタを勝ってしまうのか…そう思われた。沿道の観客は先頭を走るスペイン人モスケラの姿に熱狂している。しかし、モスケラの夢はここまでだった。ニバリは自分の余力とゴールまでの距離をしっかり把握しペース配分をしていたのだろう、計ったようにゴール手前でモスケラを捉え今年のヴエルタを手中に収めた。なんという見ごたえのあるステージレースだったのだろう! 途中からチームメイトとの連携で勝ち方を思い出し自信を取り戻したカヴェンディッシュが見事ポイント賞を獲得、山岳賞は地味に賢くポイントを稼いだダヴィ・モンクティエ(フランス・コフィディス)が2年連続で手にした。

 「シナリオのあるノンフィクション」(ツール・ド・フランス)も面白かったが、「シナリオのない紙芝居」のような今年のヴエルタは本当に面白かった。当たり前のことがあまり起こらず、あり得ないことが連続して起こった。レースは意外な展開に進む方が面白いに決まっている。そして、いよいよ始まる世界選手権。オーストラリア・メルボルンのコースは、スプリンターが活躍するとの予測がなされている。もちろん、レースは予想通りになるとは限らないし、そのほうが面白い。見どころは、11周する周回コース上にある、約1kmと短いながらも勾配のある登り坂を駆け上がるスピード。勝負がかかった周回は、集団が長く伸びて登り坂とは思えないスピードで走り抜けるはずだ。そのスピードに食らいついていくことができれば、日本代表の別府史之、土井雪広、そして新城幸也の3選手は世界との差を確実に縮めることになるだろう。是非勝負に絡んで欲しいものだ。

END

浅田 顕
あさだ・あきら/ツール・ド・フランス出場をめざすプロ自転車チーム「エキップアサダ」代表。自身の豊富な海外レース経験を活かし、主にヨーロッパで活動を続けている。日本人として初めて二年連続ツール出場を果たした新城幸也も同チームの出身。

Photo: Yuzuru SUNADA

AUTHOR PROFILE

浅田 顕 あさだ・あきら/ツール・ド・フランス出場をめざすプロ自転車チーム「エキップアサダ」代表。自身の豊富な海外レース経験を活かし、主にヨーロッパで活動を続けている。日本人選手育ての親といわれ、新城・別府・宮澤等海外のプロチームで活躍する日本人選手を多く育てている。現在、自身が監督としてEQAU23を率い、次世代の若手育成にも励んでいる

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