パリ・パラリンピック ロード最終日 個人ロードレース杉浦佳子がパラ連覇 涙の金メダル
9月7日、パリ・パラリンピック自転車競技最終日。杉浦佳子(女子C3・53歳・総合メディカル株式会社/TEAM EMMA Cycling)が個人ロードレースで金メダルを獲得。東京パラに続く個人ロード連覇を果たした。
レース後と表彰式と、涙した杉浦。涙は、喜びと、そして安堵の気持ちが溢れたものだった。照準にしていたトラック競技では、望んでいたものには手が届かなかった。
悔しさと、落胆で「みんなに合わせる顔がない」そんな風にまで思い詰めていたという。
しかし、2日前の個人ロードTTでは、落としてしまっていたコンディションの回復を実感していた。
そんな中迎えたパリ・パラリンピック最終戦、個人ロードレース。杉浦はメダル獲得を懸けたラストチャンスに臨んだ。
杉浦が出場した女子C1-3クラスは、午前9時35分、15人がスタートを切った。
コースは個人タイムトライアルと同じ、クリシー=ス=ボワの平坦基調のスピードコース。1周14.2kmを4周する56.8kmだ。
レースは序盤から杉浦を含む有力選手たちが抜け出し、6人の先頭集団を形成。周回を重ねていく。
協調し逃げ続けているようにも見えたが、集団内で杉浦は、先を考えレースを運んでいたという。
<杉浦コメント>
(コーチとの話の中で)このコースは、割とテクニカルなところがあるので、必ずコーナーあけにアタックがかかるだろうと。そこで後ろにいると前に追いつくのに脚を使う。
だから逆に自分が先頭で行って後ろに脚を使わせろ、と。後ろの選手に脚を使わせて、力をどんどん使わせて、最後に温存させないようにと走っていました。
レース終盤にかけてもこの6人の先頭集団に出入りはなく、このままフィニッシュは6人による集団スプリントかと思われた。
動きがあったのは最終周回。フィニッシュまで残り2kmほどのところにある、最後の登坂だ。登りきれば、そこからフィニッシュまでは1kmほどという勝負どころで、仕掛けたのは杉浦だった。
<杉浦コメント>
「仕掛けたのは、登りなんですけど、(コーチから)そこの登りで100%は出すなと言われていていました。
ただ、その登りのどこで駆けるかを考えた時に、最初に抑えて後半駆けようかなって思ってたんですけど、レースの序盤のうちに、そこで引き離した選手たちが追いついてきていたので、最後の1本だけ、(登り始めの)下から駆けました。
先頭集団を3人に絞りたいなって思って、付いて来てくれそうなアンナ(ベク)とクララ(ブラウン)に、「私、ペースアップするから一緒に行こう」と声をかけて。
自分としては9割くらい。全力ではないけど9割。最終スプリントの脚は残せって言われていたので、できるだけシッティングで行き最後のスプリント分の脚だけは残しました。」
杉浦のペースアップで、2人が先頭集団から脱落。勝負の行方は4人に絞られた。
4人は、杉浦佳子(日本)、フルリーナ・リグリング(27歳・スイス)、クララ・ブラウン(28歳・アメリカ)、アンナ・ベク(44歳・スウェーデン)。
リグリングは今大会トラックの3000m個人パシュートの銅メダリスト、ベクも今大会の個人ロードタイムトライアルの銅メダル、そして東京パラの個人ロード銀メダル。
ブラウンはトラックの500mTTで世界チャンピオンに輝いたこともあるスプリント力に秀でた選手だ。そこに東京パラ個人ロード金メダルの杉浦という、まさに女子C1-3クラスを代表する強豪選手たちによる、集団スプリントでのメダル争いになった。
2位に20秒以上の差をつけて逃げ切った東京パラとは全く違う状況だったが、杉浦は冷静だった。
<杉浦コメント>
「3人で行ければ、最後のストレートで後ろのばらけた選手たちに追いつかれることもないと思いました。(作戦通りに)出来ると思わなかったですけど意外と出来たっていう感じです。
結局、3人で行こうと思ったのが4人になったんですけど、4人の(最終)スプリントになって、この4人だったらどこで駆けようかと思った時に、残り180mかなって思ってたんですね。
でも、後ろをちらちら見ながら走っていたら残りまだ200mちょっとくらいの時に、チラッと駆け始めた選手が見えたので、これは先に行かなきゃな、と思って、そこで早いけど駆けました。
今までは早駆けすると大抵最後に抜かれていたので、早駆けする場合のスプリントの練習もして来ていて、300m、200m、150mと色んなパターンの練習をして来ました。
(最終スプリント中は)「絶対後ろから来る!」「絶対後ろから来る!」と思いながら走っていました。(笑)だから、「もっとあげなきゃ、もっとあげなきゃ」って。
ギアを変えるタイミングはここ、とかって、自分のケイデンスを確認しながら走り切りました。
ギアは変えました、一つ重くして、いつも変えるタイミングが早すぎたり、遅すぎたりしていたんですけど、今日は多分良かった、って(コーチからも)言われると思います。」
この大会、この日、この勝負のために積み重ね備えて来たことが発揮された瞬間だった。
最終スプリントを制し、2大会連続の金メダル獲得。苦しんだパリでの戦いの、最後の最後で掴み取った勝利に気持ちが溢れた。
<杉浦コメント>
「なんかもう本当に特別です。嬉しいのとホッとしたのと混ざってます。もう絶対獲れないって思っていたのでまだ信じられなくて。
これでみんなに合わせる顔が、というか、みんながこの日のために、この結果のために時間を割いて動いてくれたので、これで本当に喜んでもらえるかなと思いました。
トラックが終わった時に、もう日本に帰りたい、この調子じゃとてもメダルは獲れない、私、ここに居て良いんだろうかって思っていたので。
でもメダルを獲れて、(沿道に)喜んでくれているスタッフの顔が見えて、そこに(所属する)会社の人たちからもらった日の丸も見えて、ああ、良かった、みんな喜んでくれるって。
この2週間、毎日本当にきつかったです。でもとにかく行ける、行ける、気持ちを切り替える、気持ちを切り替えるって、それでまた毎日、(トレーニング)メニューを貰って、
これをしっかりやれば大丈夫って、そういう風に言われるとああ、大丈夫かなって思ってやって来た感じです。でも本当に、体調もほぼ戻って本当に良かったです。」
◾️女子C1-3 個人ロードレース (14.2km×4Laps=56.8km) 最終順位
金メダル | 杉浦佳子(日本) | 1時間38分48秒 |
銀メダル | フルリーナ・リグリング(スイス) | +0” |
銅メダル | クララ・ブラウン(アメリカ) | +0” |
<杉浦コメント>
「先のことは流石に今は全然(考えられないです)。本当に苦しすぎて、こんなに苦しい思いはちょっと。
ピークをもってくる体調管理と、メンタル維持をするのって、何度もパラリンピックやオリンピックに出ている選手って本当にすごいなって、そういう方たちを尊敬します。
今はビール飲むことしか考えてないです(笑)」
表彰式では再び涙、そして最後は晴れ晴れとした笑顔を見せた杉浦。全てに応えて、全てから解き放たれて、今、ようやくホッとした気持ちで喜びに浸れることだろう。
◾️女子C1-3 個人ロードレース 結果詳細
https://olympics.com/OG2024/pdf/PG2024/CRD/PG2024_CRD_C73R_CRDWRR——03030—–FNL-000100–.pdf
同じくこの日に行われた男子C1-3クラスの個人ロードレースには、藤田征樹(男子C3・39歳・藤建設株式会社)と川本翔大(男子C2・28歳・大和産業株式会社)が出場した。
14.2kmを5周する71kmの戦いは、フランス2人、イギリス、カナダの有力4選手が早々に抜け出し先頭集団を形成。
藤田は追走集団内に位置どり、前に食らいつこうとするも、遅れをとると単独での追走になり、巻き返しはならず。
しかし、単独になっても順位は落とさず31人中15位でフィニッシュ。川本は後方集団内での走りとなったが粘りの走りで20位。
藤田も川本も、パリでの最終戦をしっかりと完走して締めくくった。
レースは終盤、先頭集団が地元フランスのトマ・ペイロトン・ダルテとアレクサンドル・ルオテ、イギリスのフィンリー・グラハムの3人に絞られ、そこからルオテが脱落。
ペイロトン・ダルテとグラハムのスプリント勝負になり、イギリスのグラハムがこれを制した。
◾️男子C1-3 個人ロードレース (14.2km×5Laps=71km) 最終順位
金メダル | フィンリー・グラハム(イギリス) | 1時間43分19秒 |
銀メダル | トマ・ペイロトン・ダルテ(フランス) | +0” |
銅メダル | アレクサンドル・ルオテ(フランス) | +24” |
15位 | 藤田征樹(日本) | +12’54” |
20位 | 川本翔大(日本) | +14’48” |
◾️男子C1-3 個人ロードレース 結果詳細
https://olympics.com/OG2024/pdf/PG2024/CRD/PG2024_CRD_C73R_CRDMRR——03030—–FNL-000100–.pdf
<藤田コメント>
「イギリス、フランスの動きに合わせて中盤から自分から行ければと思ったんですけども、フランス勢のペースアップからのアタックでちょっと離される形になって、追走グループの後ろに入ってそこから追い上げるつもりでいたんですけど、脚が動かなかったです。それが悔やまれます。
パラリンピックは結果がすごく大事で、頑張ったからって必ず結果が伴うわけじゃないですけど、走れなかった、立つことも難しかった状態から、膝を治療して、なんとかロードに間に合わせることができて、本当に色々な方の力を借りたので本当に感謝したいですし、その中できちんとレースを走れたっていうことは自分でも良かったと思います。
(今後のことは)まずは膝を治して、今回の結果をみんなに報告をしてその上で次のことを考えたいです。
パラリンピックを目指す、パラリンピックで戦うってすごく大変なことで、周りで支えてくれている家族だったりが、選手以上に頑張って支えてくれていることもたくさんあると思うし、そういう人たちの力があって目指せるものなので簡単には決められないです。
まずは、無事に走り切れたことを、ありがとう、と一緒にきちんと伝えたいですね。」
ーパラリンピック5大会連続出場、走り続けられる理由?
「諦めないことは大事です、諦めたら終わっちゃうので。努力しても一歩前に進めるかどうかってわからない。
結果が出ないと、やって来たことが全てダメだったのかと感じてしまいますが、でも決してそうじゃないと思うし、そうしちゃいけない。
だから、やって来たことは全て必ず自分の前に進む力になるっていうことを信じてやり続けることだと思います。」
最後に、個人ロードTTではしっかり入賞も果たし、万全でない中で走り切った自分を労っても良いのでは?と尋ねると、少し考えた後、「そう思うまでには少し時間がかかると思います」と藤田。
あくまでも自分に厳しく、パラリンピック出場の重みを正面から受け止める藤田らしい返答で締めくくった。
<川本コメント>
「しっかり最後までラップされずに走れたので良かったと思います。
(最初の飛び出しは)あれは最後に爪痕を残そうって(笑)。いつもスタートダッシュをするんですけど、結構あの時間は楽しかったです。」
ーパラリンピック3大会目走り終えて
「今思えば、楽しかったですけど、メダルが獲れなかったので次は獲れるようにしっかり頑張ります。
トラックの悔しさしかないので、もう今すぐトレーニングしたいなって感じです。
次は帰国してまた10日後にスイスに、ロードの世界選手権に行きます。ロードの世界選ではまだメダルを獲ったことがないのでしっかりそっちでも頑張りたいです。」
川本の言葉にもある通り、9月21日からは早くも次の世界大会、パラロード世界選手権がスイスのチューリッヒで行われる。
日本からは川本翔大と三輪自転車・トライシクルのクラスに福井万葉(かずは)(男子MT2・23歳)が出場予定だ。
7日をもって自転車競技は全日程を終了。パリ・パラリンピックは現地8日に閉幕を迎える。
photo&text 小板橋彩子