浅田 顕「ロードレースはシナリオのあるノンフィクションドラマ」

Posted on: 2010.08.02

 私はそれほど多くの映画を観るわけではないが、気に入らない映画は最初の10分でリタイヤしてしまい、逆に気に入った映画は10回以上見ることもある。私は好きなものにはとことん拘る性格であることと、大変ものわかりが悪く、物事を理解する時間が人一倍かかるのも理由の一つ。10回も見て何を楽しむかというと、最初の2~3回はストーリーを覚えながらクライマックスシーンやメリハリを味わう。そうすると作者の伝えたいことが徐々に分かってくる。その後は音楽や演出を中心に味わいながら、セリフも追い出す。そうなると次の場面やセリフも予知しているので、気に入った曲を聞くような感覚で酔いしれる事ができる。そうなってくると、今度は気に入ったシーンをピックアップして見出す。俳優の演技の成熟度や巧妙なカメラワークなどに頷いていることもしばしば。俳優はクセがあればあるほどいい。

 ロードレースはノンフィクションドラマだ。プロロードレースには強者だけが立てる強者中心のシナリオがあり、身の程を知った各チームがそれぞれの思惑を持ってレースに参加する。見る側の最大の関心はレースのゴールシーンなど決定的瞬間にあることは確かだが、ステージレースになると、ステージ優勝、個人総合成績、山岳賞、ポイント賞、チーム総合成績、敢闘賞・・・とシンプルではない。一般参加型のイベントであれば、表彰も各クラスで10位くらいまで増やせば参加者にも喜ばれるし、オールスター家族対抗歌合戦(古い例で申し訳ありませんが・・・)のように、ハッスル賞とかアットホーム賞とか、それぞれの持ち味を賞に当て付けるのも良いかと思うが、プロレースの表彰には違う目的がある。まず各賞を狙うスペシャリストの出番をつくるという意味がある。彼らにはドラマの「俳優」としての大きな役割があるからだ。山に来れば「待ってました!」と風車の弥七の如く、山岳スペシャリストのリシャール・ビランクが期待を裏切らず何処からともなく登場し空に向かって投げキッスをすることでファンは大喜びし、ゴールスプリントでは剣の達人助さんの如く、チポッリーニが出てきて豪脚でライバルを切り倒しステージ優勝、レースアナウンサーを絶叫させるわけだ。

 展開はなおシンプルではない。もともと他人の力を利用して走るのがロードレースだが、ステージレースでは各チームの力関係、ターゲット、利害関係がレースを面白くさせる。「山岳賞を取りにゆく奴を利用しよう」とか、「今日はリーダーチームに逆らわずおとなしくしていよう」とか、彼らの動きはまるで人間社会の縮図のようで、いわゆるドロドロの方が面白い。その中で展開も気になり出し見る側の要求も高まるのは当然のこと。ドラマもストーリーが気になりだすと次も見たくなる。そんな複雑な展開や駆け引きが繰り返される中、綿密なシナリオと実力をもって最後に笑うのは、結局元祖イエロージャージの黄門様であることは言うまでもない。(ちなみに水戸黄門は小学生の時に夕方4時からの再放送を視ていたくらいで、10回観直すには至らず)

 またレースはどうだったのか? 検証も楽しいもので、ハイライトでレースを見なおしたり、展開の説明や選手のコメント、記者の分析をインターネットや新聞で読むことはレースに対する興味を更に高めることになり、自分なりに結論づけることで自転車仲間との飲みの席も盛り上がるだろう。

 プロロードレースはシナリオのあるノンフィクションドラマ。世界最高峰の選手たちがそれぞれの思惑と筋書きをもって臨むが、チーム間の思惑の不一致やアクシデントによって話はそう簡単には進まない。しかしあっと驚く展開も、誰かのシナリオ通りなのかもしれない。だからレースは面白い。今年のツールは、コンタドールの描くアドリブが要所に使われたシナリオにより完結された。

END

浅田 顕
あさだ・あきら/ツール・ド・フランス出場をめざすプロ自転車チーム「エキップアサダ」代表。自身の豊富な海外レース経験を活かし、主にヨーロッパで活動を続けている。日本人として初めて二年連続ツール出場を果たした新城幸也も同チームの出身。

AUTHOR PROFILE

浅田 顕 あさだ・あきら/ツール・ド・フランス出場をめざすプロ自転車チーム「エキップアサダ」代表。自身の豊富な海外レース経験を活かし、主にヨーロッパで活動を続けている。日本人選手育ての親といわれ、新城・別府・宮澤等海外のプロチームで活躍する日本人選手を多く育てている。現在、自身が監督としてEQAU23を率い、次世代の若手育成にも励んでいる

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