栗村修「フルーム問題」

Posted on: 2017.12.18

今年のブエルタ・ア・エスパーニャ第18ステージ後のドーピングコントロールで採取された尿サンプルから基準値を超えるサルブタモールが検出されたクリストファー・フルーム(チームスカイ)の問題について少し触れたいと思います。

但し、現状では正式な裁定が下されたわけではなく、また、憶測、感情論などを中心にネット上で情報が錯綜しており、何が良い悪いということではなく、なるべく事実に近い情報だけを整理して書きたいと思います。

◯サルブタモールについて
喘息の発作を抑える作用のある吸入薬(スポーツ選手は吸入薬以外は使用禁止とのこと)で、一般の方も購入使用できる定番薬品として広く世にでまわっています。

WADA(世界アンチドーピング機構)が定める制限量では尿中のサルブタモールが1000ng/mlを超えないことと定められていますが、今回、フルームの尿検体から2000ng/mlが検出されたため問題となっています。

フルームがサルブタモールを治療薬としてルールのなかで使用していることはすでに何年も前から知られていますが、一方で、サルブタモールは一定のパフォーマンス向上効果を得られる可能性がある(明確に立証されているわけではない)ことから禁止薬物に指定されており、これまでも基準値を超えた選手に一定の処分が下されたり、また、TUE(禁止薬品の治療使用特例)の乱用によるスキャンダルが取り沙汰されたりもしていました。

このTUE乱用スキャンダルについては、昨年大きく報道されたウィギンズ問題(TUEを悪用してパフォーマンス向上効果のある薬品を使用していたのではないかという疑惑)が有名で、この騒動でチームスカイは一時空中分解するのではという憶測も生まれていました。

しかし、チームスカイは逆風を跳ね除けて「ツール・ド・フランス」と「ブエルタ・ア・エスパーニャ」のダブルツール制覇を達成し、スキャンダルを一旦収束させた感じになっていました。

一方、TUE使用に対する考え方はプロトン内で二分しており、今年のツール・ド・フランスに出場していたティム・ウェレンス(ロット・ソウダル)が、アレルギーの治療としてTUEを申請して禁止薬物コルチゾンを使用する選択肢があったもののこれを拒否して第15ステージでリタイアするという一件がありました。この時チームドクターが「彼はフェアなアスリートであり、彼の選択は若い世代に大きな影響を与えると思う。」とコメントしたと報道されていました。

そんな状況の中で、今回フルームの尿サンプルから治療用薬品である「サルブタモール」が基準値の倍検出されたことは、少なからず驚き(彼らが最も神経質になり注意を払っている案件なはずなので)を生み出しているわけです。c

◯今後の裁定について
サルブタモールが基準値を超えた例は過去に何度もあり、その際はその時代のルールに乗っ取って対象選手に対して処分が下されています。

但し、過去に同様の例があるものの、ルール自体が変化しているので、今回のフルームの件に対して過去の事例をそのまま当てはめるのは若干無理があります(感情論としては成立しますが…)。

フルーム自身がコメントしているように、「基準値を超えた数値が検出されたという事実」以外は、現状、フルーム側はあくまで現行のルールに従って行動をとってきたということでほぼ間違いないと思います。

また、現行のルールでは、「サルブタモールの基準値オーバーに対しては理由を説明することが許されている(検出された段階で一発アウトではない)」という項目があるので、いま現在は、フルーム側がすべての情報をUCIへ提出し、あとはUCI側の判断を待っている状況にあるわけです。

ここも重要で、例えば「サルブタモール」以外の禁止薬品(規定量が検出された段階で一発アウトの薬品)が検出された過去の事例と今回の事例をそのまま比べるのもルール上はおかしなことになってしまいます(同様に感情論としては成立しますが…)。

◯結論
フルーム側は現在のルールを100%理解しており、その中で最大限やれることをやってきた。しかし、なんらかの理由で基準値オーバーとなり、現在、ルールに乗っ取って基準値オーバーとなった理由説明(状況説明)を行っている。

最終判断(完全無罪 or 成績剥奪なし&緩和された出場停止処分 or 成績剥奪&最大限の出場停止処分など)をUCIが下すのを待っている状況。

今回、フルームの尿から基準値を超える値の「サルブタモール」が検出されたのは事実であり、これに対して一定の処分が下されるのが最もシンプルな裁定な気がします。

しかし、これは世の中に存在する数多くの刑事裁判と同様で、無罪が立証されれば当然「完全無罪」となる可能性もあるわけです。

但し、どの様な裁定が下されようとも、来年の「ツール・ド・フランス」でフルームに対し執拗なブーイングが浴びせられるのは確実でしょう。

すでに一般メディアのニュースヘッドラインには「ツール・ド・フランス王者ドーピング」の文字が踊っており、一般のひとたちは「自転車レースはドーピングだらけだね」、「フルームお前もか…」など、予想された反応のオンパレードとなっています。

一先ずUCIが結論を出すのを待つしかありませんが、一方で、フルームと自転車ロードレース界全体が、社会から一定のペナルティを受けるのは間違いなさそうです。

AUTHOR PROFILE

栗村 修 くりむら・おさむ/1971年横浜市出身。15歳から本格的にロードレースをはじめ、高校を中退し単身フランス自転車留学。帰国後シマノレーシングで契約選手となり、1998年ポーランドのプロチーム「ムロズ」と契約。2000年よりミヤタ・スバルレーシングで活躍した後、2002年より同チームで監督としてチームを率いた。2008-09年はシマノレーシングでスポーツディレクター。2010年より宇都宮ブリッツェンにて監督。2014シーズンからは、宇都宮ブリッツェンのテクニカルアドバイザーを務めた。現在は、一般財団法人日本自転車普及協会 主幹調査役につき、ツアー・オブ・ジャパン大会副ディレクターとしてレース運営の仕事に就いている。JSPORTSのロードレース解説をはじめ、競技の普及および日本人選手活躍にむけた活動も積極的に行なう。 筆者の公式ブログはこちら

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