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栗村修「新たな歴史」

Posted on: 2016.11.03
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JBCF(一般社団法人全日本実業団自転車競技連盟)が運営している国内最高レベルのロードレースシリーズ戦 『2016 Jプロツアー』 が、10月30日(日)に大分市にて開催された『おおいたサイクルロードレース』を最終戦に長かった全23戦の戦いを終えました。


photo(C):Tatsuya.Sakamoto/STUDIO NOUTIS

個人年間総合優勝(ルビーレッドジャージ)を飾ったのは、マトリックス・パワータグのホセ・ビセンテ・トリビオ選手(スペイン)。また、チーム年間総合優勝を飾ったのは、チーム右京となりました。

今季は、史上初めてJプロツアー全戦をJ SPORTSで可能な限り開催日当日にダイジェスト放送し、これまで露出面に於いて恵まれていなかった同シリーズ戦を一般の方が観れる環境が飛躍的に向上しました。

もちろん、まだまだ多くの改善点を抱えている同シリーズではありますが、それでも私が『国内レースの整備の必要性を感じ行動をはじめた15年前』に比べれば、本当に多くの面で改善が進んでいます。

なかにいるとどうしても問題点ばかりに目がいってしまい、『良くなったこと』、『改善されたこと』、というのは皆忘れがちになってしまいますが、現在のレース環境が以前に比べて別モノ(産みの苦しみで表面上劣化しているようにみえる部分も当然ありますが…)になっているのは紛れもない事実といえます。

私が『ミヤタ・スバル』の監督として実業団レースのテコ入れに力を入れはじめた当時は、国内チームの『海外シフト』が加速していた時期でもあり、『実業団レースは記録会』、『もうこのレースはなくなっても良い』といった声がリアルに飛び交っていたりもしていました…

事実、年間数レースレベルまで開催レース数が減り、また、国内有力選手の出場も極端に減った時期もありました。

それが現在は多くの外国人選手が流入し、レースのレベルは時に他のUCIアジアツアーよりも高い時すらあります。

また、自国で行き場を失った外国人選手が来日し、Jプロツアーを戦いながら日本やアジアのUCIレースを走ってポイントを獲得しつつ、息を吹き返して再び自国のチームに返り咲くというパターンも出現しています。

私はよく現在の国内ロードレース界を『サッカーJリーグ発足5~10年前の日本サッカー界に似ている』という表現を使っています。そんな中、当時のサッカー界同様に、Jプロツアーを走る助っ人外国人選手たちが新たな歴史を刻みはじめました。

年間王者に輝いたトリビオ選手が所属する『マトリックス・パワータグ』のFBに掲載された安原監督のコメントがとても印象的だったので、安原監督に了解を得た上で、以下、ご紹介したいと思います。

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『チーム結成10周年にホセがやってくれました、マトリックス初のルビーレッドジャージ、一昨年右京さんのチームやめたって聞いてダメもとでチームに誘いました。よそとも話あったけどうちに来てくれました。日本に来て4シーズン目、総合1位2回、去年は2位、うちに来て落ちたって言われたくない一心で頑張ってくれた。「毎年めちゃしんどい」って日本語で(大阪アクセント)言ってるけど、まあそやな~、毎年その年のトップの日本選手に目標にされるからなー。

去年は強敵、畑中(チーム右京)、アイラン曰く「ハタナカ、ディスイヤーベリーストロング」に、敵チームいた土井にばっちり嫌がらせされてノイローゼになってからなー。今年はその土井を味方につけかなり心強い。しかしながらやはり強敵、増田(宇都宮ブリッツェン)!ホセ曰く今Jプロツアーで「ワールドツアーでいける」って認める唯一の日本人レーサーでライバル。

後半アクシデントで離脱、ルビーレッドジャージとったけど「ちょっとハッピーじゃない」ってやはり最後まで勝っても負けても増田とやり合いたかった、そのホセが尊敬する増田はやはり最終戦ばっちり決めきたわな。うちはよそに比べて予算少ないから、月のもん、あんまり高くないのに「お金関係ないマトリックス好きだから、来年も走らせて」ってスペイン人なのに俺好みの浪花節ヤロー。来年もな一緒に暴れようぜ、ホセ・ビセンテ・トリビオ・アルコレア。監督。』

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かつて、『ブエルタ・ア・エスパーニャ』に3度出場し、『ブエルタ・ア・ポルトガル』でステージ優勝の経験もあるトリビオ選手が、一時期日本のチームですら離れていった実業団レースに活路を見出し、文句も言わずにプロとして黙々と戦う姿に『新たな文化の創造』を感じずにはいられません。

来年もまたどんなドラマが待ち受けているのか今から楽しみです。

AUTHOR PROFILE

栗村 修 くりむら・おさむ/1971年横浜市出身。15歳から本格的にロードレースをはじめ、高校を中退し単身フランス自転車留学。帰国後シマノレーシングで契約選手となり、1998年ポーランドのプロチーム「ムロズ」と契約。2000年よりミヤタ・スバルレーシングで活躍した後、2002年より同チームで監督としてチームを率いた。2008-09年はシマノレーシングでスポーツディレクター。2010年より宇都宮ブリッツェンにて監督。2014シーズンからは、宇都宮ブリッツェンのテクニカルアドバイザーを務めた。現在は、一般財団法人日本自転車普及協会 主幹調査役につき、ツアー・オブ・ジャパン大会副ディレクターとしてレース運営の仕事に就いている。JSPORTSのロードレース解説をはじめ、競技の普及および日本人選手活躍にむけた活動も積極的に行なう。 筆者の公式ブログはこちら

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