栗村修「B.LEAGUE開幕に見る自転車界の方向性」

Posted on: 2016.09.29

2016年9月22日に、日本国内の新しい男子プロバスケットボールリーグ、『ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ(JPBL/通称:B.LEAGUE)がスタートしました。

現時点では、みる人やその角度によって様々な評価があるとは思いますが、間違いなく言えることは、『他のスポーツが到達できていない水準の仕組みを手に入れた』ということです。

一般的に、あるスポーツを発展させるには、大きく分けて二つの方法が存在していると思います。

まず一つ目は、100人のひとにその方法を尋ねたならば、恐らくそのうちの99人が口にするであろう『スター選手(チーム)が生まれれば全てが変わる』という発想です。

要するに、スター選手(チーム)が生まれることでメディアの注目度などが向上し、その結果、未来の強化に繋がっていく優秀な人材の流入や、経済的な追い風も一時的に吹くだろうというものです。

近年で代表的な例は、やはり『ラグビーワールドカップ2015』で大活躍をみせたラグビー日本代表が挙げられます。また、テニスの錦織圭選手も、日本のテニス界に大きな影響をもたらしているのは間違いありません。

両者に共通していることは、『選手強化(発掘)・チーム強化』という部分にスポットを当て、一定の効果を挙げたことです。

ラグビー界は、名将、エディー・ジョーンズ日本代表ヘッドコーチがその中心的な存在となり、また、テニス界は、元ソニー・アメリカ会長の盛田正明氏が立ち上げた『盛田正明テニス・ファンド』が錦織圭選手という逸材を発掘しました。

しかし、この『プレイヤー』という存在に特化したシステムのみ(もちろんラグビー界にもテニス界にもお金を産み出すための優れたビジネスモデルは存在しています)では、あくまで『打ち上げ花火方式』 のマーケティングとなってしまい、必ず『賞味期限』がやってきてしまいます。

打ち上げた花火の効果を『回収(経済効果を産み出す)』するためのシステムを仕込まずに花火に点火しても、遠くない未来にその火は必ず消えていきます。

その点、サッカー界は、『打ち上げ花火』を放つ前に、あとあと『正の回転』をはじめるシステム(Jリーグ)をしっかりと準備し、そして、時間をかけて底辺からスポットライトを当てつつ徐々に前進を続けてきました。

『Jリーグ』発足当初は、世界のトップリーグで活躍する日本人選手は殆どおらず、また、サッカー人気の牽引役となる『サッカー日本代表』は、ワールドカップ本戦への出場経験すらない状態でした。

それでも、恐らく試合のレベル的には決して高くなかったはずの『アジア1次予選』から多くの観客がスタジアムに足を運び、テレビでも高い視聴率を獲得していました。(かつてドイツ・ブンデスリーガで活躍した奥寺康彦氏や、メキシコシティオリンピックで銅メダルを獲得した日本代表チームよりもある意味で注目度は高かった)

要するに、『打ち上げ花火』役となるプレイヤー(選手や日本代表チーム)が世界のトップクラスに達していない状態にも関わらず、マーケットを確立し、人とお金を呼び込むシステムを構築していったのです。

そしてその後、『日本代表のワールドカップ出場』や、『Jリーガーの海外チーム移籍』などが実現しはじめ、一過性ではない、文化の創造や、様々な経済効果を継続的に産み出される環境が強固に構築されていったのです。新たにスタートしたバスケットボールの『B.LEAGUE』は、まさにこの手法を採用しているといえます。

そして、『B.LEAGUE』のスタートでもう一つ注目したいのは、リーグ発足の経緯についてです。

男子バスケットボール界は、『bjリーグ』と『JBL』という二つのリーグが国内に存在する複雑な時代が長らく続いていました。これに対して『国際バスケットボール連盟(FIBA/自転車界に置き換えるとUCI)』が懸念を示し、『日本バスケットボール協会(JBA/自転車界に置き換えるとJCF)』の会員資格を停止するに至ります。

その後、FIBAは両リーグの統合を含むJBAの構造改革を進めるために、初代Jリーグチェアマンの川淵三郎氏を中心とした作業部会を発足させ、2015年4月1日に『B.LEAGUE』の基盤となるJPBLが設立されました。

内部の人間が、内部の調整に手こずり(その殆どが人間関係)、誰がみても当たり前と思える正しい方向になかなか進むことができないという状況は、どこの世界にもよくあることではあります。もちろん自転車界にもこういった部分は少なからず存在しています…

そして、一度こうなってしまうと、最後は、外部からの圧力と、外部の人間が改革を断行するというパターンに頼るしか抜け道はなくなってしまいます…

まだまだ非常に小さな国内の自転車ロードレース界ではありますが、志を持つ人たちの努力のお陰で、少しずつ正しい方向へと進みはじめています。スポーツビジネスの先輩といえる他の競技で起きている様々な状況にもアンテナを張りつつ、次の一歩を慎重に、かつ大胆に模索していきたいと思います。

AUTHOR PROFILE

栗村 修 くりむら・おさむ/1971年横浜市出身。15歳から本格的にロードレースをはじめ、高校を中退し単身フランス自転車留学。帰国後シマノレーシングで契約選手となり、1998年ポーランドのプロチーム「ムロズ」と契約。2000年よりミヤタ・スバルレーシングで活躍した後、2002年より同チームで監督としてチームを率いた。2008-09年はシマノレーシングでスポーツディレクター。2010年より宇都宮ブリッツェンにて監督。2014シーズンからは、宇都宮ブリッツェンのテクニカルアドバイザーを務めた。現在は、一般財団法人日本自転車普及協会 主幹調査役につき、ツアー・オブ・ジャパン大会副ディレクターとしてレース運営の仕事に就いている。JSPORTSのロードレース解説をはじめ、競技の普及および日本人選手活躍にむけた活動も積極的に行なう。 筆者の公式ブログはこちら

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