佐藤一朗「トレーニングプランの作成」

Posted on: 2016.09.24

今年もシーズンのピークを過ぎ、僕の関わっている選手や幾つかのチームも来シーズンを見据えたチームビルディングとトレーニングプランの作成に入りました。今シーズンはこれまで指導にあたっていた選手やチームに加え、新たに指導するようになった選手やチームが増えた為、初めて向かえるオフシーズンを前に「今やらなければならない事」をどうやって伝えていくか試行錯誤をしています。
 
長く自転車競技に取り組まれているならもうお判りだとは思いますが、大きなイベントが一段落したこの時期こそが来シーズンに向けてのスタートになります。
 
今年は4年に1度のオリンピックイヤーでした。日本チームの成績はと言うと、全体的にやや物足らないという印象を持った方も多いと思います。確かに成績はあまり振るわなかったと思います。

でも僕的にはある程度思った通りの成績で、選手個々は精一杯健闘したのでは無いかと思います。
 
実はオリンピック前に、僕が少なからず関わっている選手に話した事があります。「得意種目でどれだけ戦えるかチャレンジして、それ以外の種目では本気で仕上げてきた世界との差を感じてきて欲しい。」言葉の使い方は多少違っていたと思いますが、そんなようなことを話しました。なぜなら世界の強豪国は4年に1度オリンピックの時だけ本気のピーキングを行ってくるので、それを肌で感じて欲しかったからです。
 
※ここからの話は僕の主観が入った憶測の範囲を超えない話であることを予めお断りしておきます。
 
僕が本格的に自転車競技の指導に関わるようになって今回のリオ・オリンピックは三大会目のオリンピックでした。この十数年間は国際大会のデータを出来るだけ集め、機会があれば取材に赴き見て聞いて集めてきたデータからある程度見えてくることがあります。それは当たり前の事ですが世界のトラック競技は全てオリンピックを基準に4年周期で動いていると言う事です。
 
今年の8月オリンピックが終わりました。恐らく16-17シーズンのワールドカップや世界選手権には、今回のオリンピックで活躍した強豪国の選手は殆ど出てこないでしょう。参加してくるのは次代を背負う若手の選手達です。

そして2年目以降になると16-17シーズンに活躍した若手にトップチームの選手が合流し新しいナショナルチームが編成されていきます。
オリンピックの出場権争いの始まる3年目のシーズンに入ってもハッキリとしたメンバー編成は行われず、新旧知り混じって代表争いを繰り広げて行くと思われます。

そしてオリンピックを直前に控えた4年目のシーズンに入り最終的なメンバーが確定する。そんなスケジュールだと思います。もちろん絶対的な競技力を持った選手がいればその選手は早々に決定するのだと思いますが、そうで無い場合最終決定はギリギリまで縺れ込む事でしょう。
 
では何故1年目にトップ選手が出場してこないのでしょう。それほどオリンピックに出場した事が身体の負担になるのでしょうか?もちろんそれも少なからずあると思います。オリンピックは4年に1度のビッグイベントです。通常では行わないギリギリのピーキングをしてくるでしょうから、その反動は心身共に大きな物があると思います。
 
しかしもっと大きな理由があると僕は考えています。

ジュニアやアンダーの年代であれば身体の新陳代謝も早く、1年サイクルで強化プランを進めていくことが出来ると思いますが、エリート世代に入るとなかなかそうはいきません。時間をかけて作り上げてきた身体は怪我や故障を治すにも、筋バランスを改善するにもそれ相当の時間がかかります。
 
そう言った問題が何も無かったとしても、やはりさらなるパワーアップを目指すのであれば一時的にバランスを崩してでもトレーニングをやり直す必要があるでしょう。

では、そう言ったトレーニングはいつ行えば良いのでしょう。それを行えるのはオリンピックから一番遠い時期、つまりオリンピックが終わった直後のシーズンと言う事になります。
 
オリンピックを目指したナショナルチームレベルの強化とは規模もスパンも違うかも知れませんが、国内で主に活動するチームであっても目標とするイベントを設定し、それに向け逆算して強化プランやトレーニングスケジュールを検討出来るのはピークシーズンが終わった今の時期が最善なのです。
 
実際にトレーニングプランを作成しようと思った場合、まずやらなければならないのは目標の設定です。
 
僕は選手の指導に当たるとき良くたとえ話をします。「コーチ(coach)の語源はハンガリーのコチ(Kocs)という町で作られた四輪馬車/コーチ(Kocsi)から来るもので、乗客を目的地に運ぶ馬車になぞらえ、目標達成のために導く指導者をコーチ(coach)と呼ぶようになった。」

そんな昔話から始まり「今の時代で言うなら”カーナビ”の様な存在だね。目的地を決めてくれればそこに向けて最短のルート、最善のルートを探すのが僕の仕事。でも運転するのは君(選手)だからアクセルを踏まなきゃ目的地にはたどり着けないけどね。」と。
 
どれだけ優れたコーチ/指導者がいても、目標が設定されていなければ何も出来ません。しかもその目標はコーチ/指導者が押しつける目標では無く、選手が自ら求める目標です。

実はコーチングをする際ここが一番難しい所です。ある程度志の高い選手であれば自らの夢や目標を既に持っていて、その実現のためには厳しいトレーニングにも立ち向かっていくことが出来ますが、そうで無い選手にとっては目標では無く課題となって負担にしかならないからです。
 
目標の設定は大きく分けて2つ作成しましょう。1つは将来の目標(夢)。そしてもう1つは、その為になし得なければならない来シーズンの目標です。

出来れば今シーズンを振り返って将来の目標(夢)に向かって近づけたのかどうか、それを踏まえて来シーズンの目標を立てられればベストです。
 
選手の目標が設定されればここからが指導者/コーチの仕事です。ここからは分かりやすいように箇条書きにしましょう。
 
①目標達成の為に必要な条件を調べる。
 e.g. インターハイの1000mT.Tで優勝する。
 条件1)県選手権で優勝しなくては出場出来ない。
     今年の優勝タイムは1’07″95。
 条件2)今年のインターハイ優勝タイムは1’05″197。
 
②選手自身の現在の状況(競技力)を出来るだけ詳しく調べる。
 e.g. 1000mT.Tの記録を計る。
   ラップデータや動作解析から
   現在のウィークポイントを割り出す。
 
③現在の状況(競技力)を向上させるためのトレーニングプランを作成。
 e.g. フィジカル的要素
  (筋力の強化・筋バランスの改善・持久力の強化)
   技術的要素
  (自転車のセッティング・ポジショニング・走行技術)
   メンタル的要素
 
④目標達成の為のスケジュール作成
 e.g. 目標とする大会等から逆算して
   細かい目標設定や課題の作成。
 
⑤スケジュールの進捗に併せて②③を定期的にチェックし必要に応じて再度スケジュールし直す。
 
⑥シーズンの終了を待って目標の達成度合いや内容をチェックし翌シーズンの目標設定を行う。
 
こうして改めて書いてみると、分かっているようで分かっていなかったことがあったり、今まで当たり前のようにやっていたことが、流れの中でどんな意味があることだったのか気がついたりはしないでしょうか?
 
恐らくこれを読まれている殆どの選手や指導者の方は、今シーズンの終盤を向かえていると思います。今シーズンを振り返りつつ、今の競技力を正確に把握するためにも残りの時間を有効に使い、来シーズンのスタートに向け準備を始めてみてください。


画像は今年のインターカレッジで優勝したチームスプリント。

予選で記録した45秒966は学連新記録。一昨年同じ会場で行われたときの優勝記録が47秒747。2年で1秒781短縮出来たことになる。来シーズンもう1秒短縮するためのトレーニングプログラムを考えなくてはならない。でなければ4年後の表彰台には届かない。今年の優勝タイムは42秒440。その目標は限りなく遠くとも道は繋がっているはずだ。

AUTHOR PROFILE

佐藤一朗 さとう・いちろう/自転車競技のトレーニング指導・コンディショニングを行うTrainer’s House代表。運動生理学・バイオメカニクスをベースにしたトレーニング理論の構築を行うと同時にトレーニングの標準化を目指す。これまでの研究の成果を基に日本代表ジュニアトラックチームを始め数々の高校・大学チームでの指導経験を持ち、現在はトレーニング理論の普及にも力を注いでいる。中央大学卒/日本競輪学校63期/元日本代表ジュニアトラックヘッドコーチ                                       ▶筆者の運営するトレーニング情報発信ブログ    ▶筆者の運営するオンラインセミナーの情報

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