佐藤一朗「トレーニングメニューはジグソーパズルの如く」

Posted on: 2016.05.02

シーズンが始まってからと言うものの、合宿や日帰りでのトレーニング指導、大会帯同と例年に無く忙しく過ごさせて戴いています。

巷ではゴールデンウィークに入ったらしく全国の行楽地は観光客で賑わっているようですが、僕はと言えば当然のことのように明日から1週間鹿児島の合宿に行って参ります。
  

これまでトレーニングについて沢山のコラムを書かせて頂きましたが、そのどれもが理論的な事ばかりでした。しかし恐らく沢山の人が悩むのは(欲しがっている)のは、そう言ったトレーニングの裏側ではなく、もっと表面的なトレーニングメニューの具体的なサンプルでは無いかと思います。
 
以前、日本体育協会の公認コーチ講習の講師をさせて頂いた時もそうでしたが、運動生理学に基づいたトレーニングの効果や目的よりも、どんなトレーニングをしているのかを説明しているときの方が興味深く話を聞いて頂けました。
 
そう言った具体的なトレーニングメニューのお話しするのは理論的な事をお話しするよりも簡単な事なので話す方としても楽なのですが、これまでは意図的にお話ししないようにしていました。

何故なら、選手の競技力や改善点の違いによってトレーニングメニューは違いますし、かける運動強度や負荷を間違えればトレーニング効果が得られないだけでなく故障の原因になる事もあるからです。
 
とはいえ、このところバンクで会う方々が一様にトレーニングメニューについて質問にこられるので、珍しくトレーニングメニューについてお話ししたいと思います。(概要だけですが。。。)
  
トレーニングメニューを考える時、一番大切なことは「トレーニングの目的をハッキリさせる事」です。※ここからは僕の主観が多く入っているので参考程度にご覧下さい。
 
●トルク系トレーニング
単純にペダルにかけるトルク(力)を大きくするために必要なトレーニングを行います。ダンシングポジションやシッティングポジションで狙った負荷が掛かるようにギアレシオを上げたり、バンクのカントを利用したトレーニングを行います。
 
●パワー系トレーニング
パワーはトルク╳ケイデンスで算出されることから、ある程度の負荷をかけた状態で一定以上の距離をスピードを上げて走るようなトレーニングを行います。多くの場合単走で行うより複数名で走った方が効果を得やすいので、チームパーシュートやチームスプリントの様な形態のトレーニングが多くなります。
 
●エンデュランス系トレーニング
パワー系トレーニングに比べ負荷(ギア)を落としトラックとしては長い距離のトレーニングを行います。心拍に負荷をかけるようにインターバル形式で負荷の上げ下げを行う工夫をするとより効果的になると思います。
 
●技術系トレーニング
トルク系・パワー系・エンデュランス系のトレーニングは筋力や心肺機能の強化を目的に行いますが、技術系トレーニングでは身体の使い方や、筋バランスの適正化を目的に行います。その為負荷は比較的軽めで、タイム等の客観的指標よりも感覚的なものを重視して行います。そのため画像や動画などを利用して選手の感覚と実際の動きを比較して修正したりもします。
 
●競技系トレーニング
どれだけフィジカルの強化や技術の強化を行ってもレース形態になると人と競い合う為、身体の動きよりも廻りに意識が集中してしまう事が多く見られます。そこでトレーニングの終盤に実際の競技に即したトレーニングを行い、狙ったトレーニングが出来ているかどうかを確認します。
 
ざっとトレーニングの目的を説明しましたが、例によってまた分かりにくい話になってしまいましたね。ホント自分で書いていても思います。書いて一段落したところで見直すのですが、「分かりやすく」と思って書けば書くほど「めんどくさい」話になってしまうのが僕の悪い癖です。
 
さて話を戻しましょう。いま説明したトレーニングの目的をベースにして、いよいよメニューの組立に入ります。
 
まず基本的に考えるのは半日単位のトレーニングです。多くの場合その日の午前中にフィジカルを強化する為の基礎トレーニングを行います。学生の場合まだまだ発展途上のところが多いので、1つの目的に絞ったトレーニングを行わせる事は少なく、トルク系・パワー系・技術系をバランス良く組み合わせていきます。そして午後にはその日一番の目的となるトレーニングを形を変えながら行います。
 
サンプルとして今回の合宿初日午前に行う予定のメニューを紹介しましょう。
 
<午前>目的 : トラック基礎トレーニング
 
・周回練習 30周(ウォーミングアップ)
 
 Rest 15分
 
・30-50-80m ダッシュインターバル 2セット
 Interval between sets 5分
 
 Rest 15分
 
・ダッシュインターバル100m╳3
 
 Rest 15分
 
・フライング1000m(trio/半周-半周-1周半)╳3
 Interval between sets 15分
 
・リカバリー周回20周 40秒/周 
 
僕がトレーニング指導を行うときの最もベーシックなパターンです。まずしっかりとアップを行い、次にトルク系、技術系と続き最後にパワー系を行って仕上げます。それぞれのトレーニングに付いては以前お話ししているので大丈夫かとは思いますが、詳しくは過去ログをご覧頂ければと思います。
 
ウォーミングアップの後、もっとも筋肉がフレッシュな段階で最大のトルクを必要とするメニューを行い筋肉と神経に刺激を入れます。続いて身体の基本的な動作を確認するため比較的軽めのギアでのダッシュを繰り返し、最後にトルクとケイデンスをmaxまで引き上げるメニューで追い込んでいきます。
 
1つ1つのメニューは先ほども言ったようにトルクアップが目的であったり、身体の使い方が目的であったりとそれぞれの目的があるのですが、こうやって3つのメニューを組み立てると身体(筋肉や心肺)に与える刺激の順番によっては1+1+1が3ではなく、4にも5にもトレーニング効果を与える事が出来る相乗効果が生まれてきます。
 
しかしここで注意しなくてはならないのは、組み合わせによって相乗効果があると言う事は逆の場合もあると言う事です。仮にここで紹介したメニューの順番で得られる効果を10だとした場合、順番を全く逆にしたらどうでしょう?これは憶測でしかありませんが、恐らく半減すると言っても間違ってはいないでしょう。
 
なぜそんなことが起こるのか?殆どの人は理解に苦しむと思いますが、僕がこれまで「分かりにくい」話を延々としてきた理由がここにあるのです。
 
トレーニングは全て身体に対して何らかの刺激を与えるために行います。その結果身体に表れた変化がトレーニングの効果として競技成績に反映されるのですが、必要とする刺激の種類を間違えればいつまで経っても競技成績は良くなりません。
 
トレーニングメニューを組み立てると言う事は、それぞれのトレーニングの目的と効果をしっかりと理解し、それぞれの相乗効果まで考えて組み立てて行かなくてはなりません。それは常に全体の完成図をイメージしながら1つ1つのピースを組み立てて行くジグソーパズルの様なものです。
 
さて、やっと組上げた1週間分のトレーニングメニューを携えて明日から今シーズン初の鹿児島へ行って来たいと思います。

AUTHOR PROFILE

佐藤一朗 さとう・いちろう/自転車競技のトレーニング指導・コンディショニングを行うTrainer’s House代表。運動生理学・バイオメカニクスをベースにしたトレーニング理論の構築を行うと同時にトレーニングの標準化を目指す。これまでの研究の成果を基に日本代表ジュニアトラックチームを始め数々の高校・大学チームでの指導経験を持ち、現在はトレーニング理論の普及にも力を注いでいる。中央大学卒/日本競輪学校63期/元日本代表ジュニアトラックヘッドコーチ                                       ▶筆者の運営するトレーニング情報発信ブログ    ▶筆者の運営するオンラインセミナーの情報

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