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佐藤一朗「トルクアップと持久力のバランス」

Posted on: 2015.06.22
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自転車を速く走らせる要因にトルクとケイデンスというものがあります。ペダルを踏みクランクのシャフト(ボトムブラケット/B.B)を廻す力をトルクという単位で表し、それを1分間に回転させる回数をケイデンスで表します。

単純に速く走ろうと考えればトルクを高めケイデンスを上げれば、いままで以上の速さで走ることが出来るはずです。
 
※この辺のことは「パワーアップの為のトレーニング」のところで一度書いているので、まだ読まれていない方は是非目を通して見てください。
 
トルクを高める場合も、ケイデンスを上げる場合もそうですが、基本的には筋出力を高める事になります。自転車のトレーニングに付いて書かれている本やコラムではあまり触れられていないのですが、筋肉の出力を高める事と持久力を高める事はトレーニングに於いても相反する事が多く、とても難しいバランスの中でその関係は成り立っています。
 
これまで沢山の選手を見てきましたが、ジュニアの年代の選手がアンダーに上がるとき、アンダーの選手がエリートに上がるとき、そして戦うステージを国内から海外へ移すとき、このバランスが大きな”壁”となって選手の前に立ちはだかっているようです。(今回はいつもより真剣に書いています。)
 
ここで恒例となった運動生理学の講座を始めます。
(すみません難しいです。)
 
人の身体を動かす筋肉は筋繊維の束で出来ていますが、筋繊維は以下の3種類に分類されます。
 
・速筋繊維(FG繊維)  
     収縮力は強いが持久力に欠け、トレーニングによって肥大する。
     エネルギーは無酸素系(ATP-CP系/解糖系)
・速筋繊維(FOG繊維) 
     収縮力・持久力ともに中間的な位置づけ、トレーニングによって変化。
     エネルギーは無酸素系及び有酸素系
・遅筋線維(SO繊維)  
     収縮力は弱いが持久力あり、トレーニングによって酸化能力を高める。
     エネルギーは有酸素系(クエン酸回路/電子伝達系)
 
ここからは便宜上速筋繊維(FG繊維)と遅筋線維(SO繊維)の2つに絞って話を進めます。
 
筋繊維を動作させる(収縮させる)為には、神経による刺激の伝達とエネルギーが必要です。速筋繊維を動作させるエネルギーは無酸素系で、筋中にあるクレアチンリン酸を分解してATPを作り出すATP-CP系と、食事によって得られた糖分(グルコース)を酵素で分解してATPを作り出す解糖系によって生み出されます。

一方遅筋線維は、解糖系で糖分(グルコース)を分解して作られたピルビン酸や乳酸、さらには脂質を分解したものなどを酸化させATPを作り出す有酸素系(クエン酸回路/電子伝達系)によって生み出されます。
 
※この辺のことは「持久力アップの為のトレーニング」のところで一度書いているので、まだ読まれていない方は是非目を通して見てください。
 
さて、話を戻しましょう。
ここから話がさらにややこしくなるので、分かりやすくするために箇条書きにしていきます。
 
<トルク強化に関わる生理作用>
・一踏当たりのトルクを上げる為には、ペダルを踏み込む為直接的に働く筋群に加え、その動きを支える為に働くスタビリティー系の筋群の筋力を高めなくてはなりません。それはつまり速筋繊維を強化して筋繊維を肥大させると言うことです。
 
・肥大化して筋出力が上がった速筋繊維を動作させる為には、大量のグルコースを酵素分解してATPを作らなくてはならず、それは大量のピルビン酸/乳酸を生み出すことに繋がります。
 
・速筋繊維で産生されたピルビン酸/乳酸は遅筋線維に取り込まれ有酸素系のエネルギー源として使われますが、有酸素能力(酸化処理能力)が不足しているとピルビン酸/乳酸は消費しきれず筋中に残る事になります。
 
・高い筋出力を続けた場合、筋中に残るピルビン酸/乳酸は増加し、筋肉は酸性へと傾いていきます。
 
・速筋繊維を動かすエネルギーを作る解糖系の酵素は酸性に弱く、酸性に傾くほど酵素の活性が低下しエネルギーを作る事が出来なくなっていきます。
 
・速筋繊維を動かすエネルギーが作れなくなることで、急速にペダリングトルクは低下してしまいます。
  
<持久力強化に関わる生理作用>
・持久力を上げる為には、遅筋繊維でエネルギーを作る有酸素系の酸化能力を高める必要があります。
 
・有酸素系の酸化能力を高める要因は以下の4点です。
 1.肺胞でのガス交換能力
 2.酸素を運ぶ赤血球(ヘモグロビン)の量/ヘマトクリット値
 3.毛細血管(微小循環)の発達
 4.ミトコンドリアの活性
 
・諸説ありますが、僕が信頼している先生の説では肺胞のガス交換能力とミトコンドリアの酸化能力にはまだキャパシティーがあると言うことなので、有酸素系の酸化能力を決定する要因は赤血球の量/ヘマトクリット値と毛細血管の発達と言うことになります。
 
・赤血球(ヘモグロビン)を増加させるためには、持続的に酸素の不足状態を作り身体に対して刺激を入れる事が必要です。
 
・つまり長時間の乗り込みや、心拍が上昇するような高強度の負荷、酸素濃度の薄い高地でのトレーニングなどが有効と考えられます。
 
・有酸素系の酸化能力の向上により、無酸素系で生じたピルビン酸/乳酸の処理能力が高まり、筋肉のpHを上げて安定して高出力を出せることに繋がります。
 
<トルク強化及び持久力強化を行う場合の生理作用的問題点>
ここまでの事を理解して戴ければ、ステージを上げるときに”壁”など存在しないと思われるかも知れません。ただしそれは次の1行を読まなければの事です。
 
「継続的な持久系のトレーニングによって、グルコースの分解酵素の活性は低下する。」
 
この言葉の意味がわかるでしょうか?趣味程度に競技をやっている人にとってはあまり大きな意味はないかも知れませんが、必死になって競技をやっている人にとっては受け入れがたい事実だと思います。
 
トルクアップをするために筋力を高めても、それを使いこなすために必要な有酸素能力を高めるためのトレーニングに集中していると、高いトルクを発生させるはずの速筋線維はエネルギーを得にくい状態になり、出力が低下してしまうと言うことです。
 
なにが問題なのか今ひとつ分かりませんよね。

例えば、ロード選手をモデルに考えて見ましょう。高校生のレベルで戦えるパワーやスピードを1つの目標としてフィジカルを高めて行ったとします。その結果トルクと持久力を身につけ、インターハイで優勝する事が出来ました。

翌シーズン大学に進学すると、パワーもスピードもワンランク上のものが必要とされます。レースのスピードに付いていくためにトルクを高めようとすると持久力が伴わず、持久力を高めればトルクが落ちてしまいます。結局戦えるようなトルクと持久力を手にする為には2年から3年を要することになります。

3年次4年次に活躍する事が出来ますが、卒業後エリートのカテゴリーに上がってもまた同じ事を繰り返さなくてはなりません。そしていざ本場ヨーロッパで戦いたいと思ったとき、既にその目標は手の届かない所に遠ざかってしまっています。
 
今度はトラックの短距離をモデルに考えて見ましょう。

高校レベルの短距離選手の多くはダッシュ力に直接影響する主動作筋の強化を中心にトレーニングを行っています。ある程度のタイムを出すことが出来ていますが、スタビリティーと持久力が不足している選手が殆どです。

大学や競輪学校に入りさらにトルクを高めようとトレーニングしたいところですが、スタビリティーと持久力が不足している為、無理に筋力を上げようとして故障の原因となったり、回復力が低いため練習量を上げることが難しい選手も多く見られます。

その為もう一度基礎体力を上げるトレーニングから取り組まなくてはなりません。大学を卒業あるいはプロ選手となった後世界にチャレンジしようと思ったとき、ジュニア時代にはそれほど感じなかった世界との差が、大きく離れてしまっています。
 
ここに書いた事が全ての選手に当てはまる訳ではありません。現に世界で戦っている選手もいます。しかし僕の知る限り多くの選手がこのモデルに当てはまっているように感じます。ただ国内の指標で全てを測っているため気づかないのです。
 
では、どうすれば良いのでしょう。
 
世界の強豪国と言われる国での取り組みと日本の取り組みの違いは1つです。最終的な目標を何処に置くのか、その為にどんなステップで強化をしていくかです。

高校生が高校総体を最終目標にするのではなく、大学生が大学選手権を最終目標にするのではなく、世界で戦うことを最終目標としてそれぞれのカテゴリー年代で必要な強化の目的を明確にしてステップを積み上げることです。
 
今年のトラック世界選手権を終えた後ある情報を耳にしました。今チームパーシュートで世界のトップを争っているチームのギア比とケイデンスの情報です。

[55-13T(4.23)/120回転]これが1つの指標になっているそうです。時速にして66km/hを越えるスピードです。決勝のタイムが3分54秒台(4km)ですから、スタートのロスを考えればその位のスピードを持続出来なければ出せないタイムですね。

僕はこれまで日本記録を1つの指標にして大学生のトレーニングプログラムを考えていました。そしてそれを実現できる所まで来たと思っています。しかし目標とする世界はまだ遙か遠いところにあります。そこを目指すのであれば、やはりその為のステップ(階段)を作って上っていくしかありません。

55-13Tを踏めるトルク、それを生むための脚力とスタビリティー、さらにはその出力を継続できる有酸素能力。2020年東京までにそれを実現するために今から始めなくてはならないことは沢山あります。

実現できるかどうかは分かりませんが、少なくともその為に必要なステップをスタートさせなければなにも始まらないと言うことです。
 
世界を目指している選手だけでなく、これを読まれている皆さんも、いま目指している目標から逆算して到達するまでのステップを考えて見てください。そうすれば1つ1つのトレーニングの指標がきっと変わって来ると思います。
 

画像は2011年の世界選手権での一コマ。地元オランダのVOS Marianne選手が女子スクラッチで優勝を決めたときのものです。多くの観衆の声援に応えるVOS選手。こんなシーンを是非東京で見てみたいと願っています。

AUTHOR PROFILE

佐藤一朗 さとう・いちろう/自転車競技のトレーニング指導・コンディショニングを行うトレーナーズハウス代表。自らの競技経験に加え鍼灸按摩マッサージ師としての知識を生かした、運動生理学・バイオメカニクスをベースにしたトレーニング理論の研究を重ねる。現在は鹿屋体育大学自転車競技部のコーチとして指導を行うと同時に、競輪・ガールズケイリンなどの多数のプロ選手の指導も行う。中央大学卒/競輪学校63期/元日本代表 ■TRAINER'S HOUSE ■TRAINER'S HOUSE FACEBOOK

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