福島晋一「交渉」

Posted on: 2015.06.11

強くなったら、マークされるのは当然のことだ。強い選手はそれでも勝から強い選手なのである。100匹の金魚の糞をひきつれて勝てる選手はそういない。

スタート前に「いや、先週は風邪をひいて1ミリも乗っていない」とかいいながら勝つ選手もいる。その手を使える回数も限られているし、第一信用を失う。

調子が本当によくない時、ステージレースで毎日遅れて完走しながらコンディションを上げて、1日に集中してステージ優勝するのは、自分はマイルランドのマッキャン選手から学んだ。

毎日、おとなしくしていた往年の選手が序盤から逃げたときは要注意だ。「相当狙っている」し、そういう選手は手ぶらでは帰らない。

香港のワンカンポ選手がツールドコリアでステージ優勝する2日前に彼は自分に言った。

「君たちは序盤から逃げて勝つけど、僕は終盤まで待たないと勝てない」

そういった彼が序盤にアタックした時に信じられなくて、反応するタイミングを失った。すぐ後ろにいたにもかかわらず…後で、梅丹チームで総力をかけて追ったが、ぎりぎり逃げ切られてしまった。

別に彼が自分をだますつもりで言ったとは思えない。違う方法にチャレンジしただけだろう。強い選手はただでは捕まらない運もある。

自分も同じ手を使って、ツールド台湾でステージ優勝した。リーダーチームのキャプテン、イラン人のソフラビ選手は総合で遅れる自分を捕まえには来なかった。代わりにNIPPOに追われたがあの日は本当に調子よかった。

前日に都貴選手を連れだして飲んだ、水餃子にビールが良かった。(都貴選手の名誉のためにいうと飲んだのは自分だけで彼は水餃子だけ。)

ツールドブルネイで総合優勝した時は最終日の朝、イランの監督に「俺もお前たちをつぶさないから、俺がいった時はリーダーに追わせてくれ」と話を付けた。

それまで、リーダーのマレーシアナショナルチームは、ボロボロでもイラン人が自分をマークして行かせてくれなかったので、マレーシアチームがリーダーを守っていたからだ。

そして、イラン人のスプリンターと逃げた。彼はステージ優勝して、自分は総合優勝した。

まだ、学生だった頃、ブリヂストンの三谷寛志さんに「口をつかえ!」と教わったことがある。

一緒に逃げていて、使えない選手でも話しかけられると、情がわいて 切り捨てにくくなる。その発展形で自分は利害関係を考えて今まで成績を残してきた。

もちろん、そんなことをしなくても勝てる幸也のような選手はいる。ただ、自分にとってはそういう部分も自転車の人間臭い面白い部分だと思っている。

どこの世界にも結果を出すためにはやり方というものがある。お互い、認め合う仲間というものはいいものだ。

AUTHOR PROFILE

福島 晋一 ふくしま しんいち/岡山県出身 1971年生まれ。20歳からロードレースを初め、22歳でオランダに単身自転車武者修行。卒業後、ブリヂストンアンカーに所属し2003年全日本チャンピオンを獲得。2004年ツアー・オブ・ジャパン個人総合優勝、2010年ツールドおきなわ個人総合優勝。2003年から始めたチーム「ボンシャンス」代表に就任。2013年シーズンを最後に引退。JOCのスポーツ指導者育成制度でフランスのコンチネンタルチーム「ラ・ポム・マルセイユ」の監督として2年間の研修を経て、現在はアジアのロードレース普及を目指しアジアサイクリングアカデミーを主宰している。 アジアサイクリングアカデミー筆者の公式ブログはこちら

福島 晋一の新着コラム

NEW ENTRY